6-2 温泉街ユートポーラ 甘味の力
ユウキさんとの取引が終わり、俺は午後に控えていた約束の準備へと向かう事にした。
どうせならとユウキさんもとお誘いしたのだが、商人の気質なのかしっかりと業務を終えなくてはという事でお断りされてしまった。
「さて、隼人には許可を取ったし、皆さん準備はいいですか?」
「「「「「はーい!」」」」」
目の前にはこのお屋敷で働くメイドさん。
中には私服の人もいるのだが、多分今日はお休みだったのだろう。
お休みでも来るのだから、甘味恐るべしである。
「その前に、フリードにお礼を言いましょう」
「「「「「フリード様! ありがとうございます!」」」」」
「いえいえ。お礼はお客様に言ってください。それと、許可してくれた隼人様にも感謝を」
「「「「「はい! ありがとうございます!」」」」」
「いえいえ。それでは、皆さんどうぞ。お好きなのをお好きなだけ食べちゃってくださいな」
「「「「「わああああ!!」」」」」
メイドさんたちがそれぞれが、目をつけていたプリンを食べようと一目散に駆け出した。
小匙を持ち、待ちきれない様子でプリンを掬い上げ、目を瞑って堪能している姿は作り手として嬉しいものだ。
が、沢山あるのでそんなに慌てなくても大丈夫だと思うよ。
「皆おいしそうに食べるなあ」
「甘味は滅多に味わえませんしね。それに、貴族ですら食べた事の無い甘味を味わう機会ですし、それはもう皆楽しみにしておられましたよ」
「そいつは嬉しい限りだな。っと、ほい。フリードの分」
「私は……」
「まあまあ食べてみ? 俺の自信作」
「緑色なのですか?」
「そそ。さっきアマツクニの人から買い取った物を使って作ったプリンなんだけど、これならフリードも大丈夫だと思って」
さっき味見したけど、絶品であった。
ほろ苦く、だが甘さを失わない。
そしてなによりも、上に乗せた餡との相性も絶妙なのである。
「抹茶プリンって言ってな。後で隼人にも持っていくから、先に味見ってことで」
「そうですか……。かしこまりました。喜んで味見役を仰せつかります」
いや、まあそんな仰々しくする必要はないんだけどな。
クリスには作り方を教えてあるし、隼人やフリードが気に入るようならこれから出てくる事も多いだろうし。
「ほお……。ほんのり苦いのですね」
「だな。上に乗ってる黒いのと一緒に食べるとまた美味いぞ」
こちらもユウキから買い取った粒餡である。
やはり抹茶プリンならカラメルソースより餡子だよな。
「おお……! 私にはこちらの方が合っているようです。とても美味しいですね」
よし。
甘味が苦手でも、これならば、と思ったんだが正解だったみたいだな。
やはり抹茶味は偉大である。
「ああ、それとだけど今回はフリードへのお返しじゃなくて、フリードを借りた事によって業務が増えたメイドさんたちへのお返しだから。フリードにはまた別で何か用意するよ」
「いえいえそんな……」
「遠慮すんなって。感謝してるんだから、フリードには直接返したいしな」
やはりフリードの為に何かしたいと思ってしまうからな。
本当、フリードが手伝ってくれなかったら間に合わなかったわけだし……。
俺のこの溢れんばかりの感謝の気持ちを、しっかりと返したいんだ。
「……かしこまりました。それでは何かお願いしたいことが出来ましたら……」
「おう! 出来る事は限られてるが、出来る事ならなんでもいいからな!」
察しが良くて助かるね。
さすがは凄腕執事。人の機微には敏感だ。
「ああ! フリード様おいしそうなの食べてる!」
「緑色? それもプリンなのですか?」
目ざといメイドさんたちはフリードの持っているプリンにも興味が湧いているらしい。
俺はフリードと目を合わせると微笑みながら息を零し、メイドさんたちにも抹茶プリンを振舞うことにした。
はぁー……圧巻である。
あれほど用意したプリンが全て平らげられていた。
焼きプリンに、プリン・ア・ラ・モード。そしてプリンパフェに当然バケツプリンまで用意したのだが、それも全てである。
テーブルの上に並ぶ空の皿はどれも一欠片も無いほどに綺麗に食べつくされていた。
最後のほうは名残惜しそうにしていたのだが、クリスに作り方は教えてあるのでまた食べられる機会はあるだろうと伝えると、皆晴れやかな顔になっていた。
お礼を言って業務に戻っていくメイドさんたちが、洗い物をすると言ってくれたのだが、片づけまで含めてのお礼であるので丁重にお断りをした。
そして今、俺は一人で自分用の抹茶プリンを食べて一息ついているところである。
ああ、ほろ苦い抹茶と、餡子の甘さ。
そしてプリン特有のつるんとした食感と喉越しが、抹茶による後味のよさを強調している。
これは隼人も満足するだろう。
クリスに作り方は教えてあるし、隼人も抹茶は買っていたのでいつでも食べられるはずだ。
……もういっそ商品化してしまおうか。
ただ元々お菓子は原価が高い上に抹茶と餡子はさらに値が張るからな……。
なかなか手が出ない貴族御用達のお菓子になるのは、正直面倒が増えそうだから却下だな。
それに収益だけで見ればアクセサリの方が高いので無理をする必要は無いし、まあ機会があればその時だけ販売を考えてもいいかもしれない。
カランっと食べ終えた抹茶プリンに小匙を入れて、さあ片付けるかと立ち上がるとノックの音が聞こえた。
「は――」
「入るぞー。ん? 甘い匂いじゃな!」
返事をする前に入ってきたのはアイリスとアヤメさん。
「ああ、今メイドさんたちにプリンを振舞っていたからな」
「プリン……というと、この前いただいた物ですか?」
「そうそう。新作とか色々な。……えっと、食べるか?」
「い、いえ。私は別に……」
いやいや。
空になった皿を数秒見つめていたのを俺は見逃してませんよ?
空間魔法を発動して何もないところに腕を突っ込み俺はプリンを二つ取り出す。
本当はメイドさんたちへの置き土産用なんだが、またあとで作ればいいしな。
「そのスキル……空間魔法ですか?」
「ああ。お察しの通り、空間魔法だぞ」
最早あの試合の時点でばれているだろうと思ったからな。
知識豊富なアヤメさんならば、知っているとは思った。
「やはりか……。大変だったのだぞ。魔術師ギルドがお主のところに勧誘という名の強襲をかけようとしていたりな」
「……まじ?」
「うむ。ああ、だが心配は無いぞ。お主の権利について、わらわが勝ち取ったからな」
「……いや、それ心配ないのか?」
というか勝手に人の権利を決めるんじゃねえ……。
「権利を勝ち取ったと言っても特段締め付ける気もない。まあ、わらわが所望した時にアイスを出してくれればそれでよいぞ」
結構な軽口で言ってくれてはいるが、苦笑いしているアヤメさんの表情を見るにかなり大変だったのだろうな。
そりゃそうか。空間魔法だもんな……。
「今ご所望ってことだな」
「よくわかっておるな」
「はいよ。それじゃあ盛り付けるから、二人で先にプリンでも食べていてくれ」
「うむ! プリンも美味しかったからな! じゃがアイスの前には霞むというものじゃ!」
本当、どれだけアイスが好きなんだよ。
まあでも、苦労をかけたみたいだし今日は大人しく給仕をしよう。
ちょうど新作もあるしな。
「ほあぁ本当、美味しいですね……。あの子達にも食べさせてあげたいですが……」
「ん、ならお土産持って行くか?」
どうせあとで作るのなら、大した手間にもならないしな。
それにここであの子達の好感度を上げておけば、夢のもふもふパラダイスも遠くないかもしれないし。
「良いのですか?」
「ああ。ただし、一人一つだぞ」
「ええ、それで構いません。ありがとうございます」
おおう。
普通に笑顔でお礼を言われると照れるな。
あの子達のためならば際限なく用意してあげたくなってしまうのだが、それだとメイドさんたちへのお礼の意味がなくなってしまうからな。
「さて、それじゃあこれで完成っと」
「おお! 二つ! 二つ載っておる!」
「ああ、アイリスはバニルアイスが好きみたいだしな。それとこっちはカスタードのアイスな。それと……」
取り出したのはカラメルソース。
カスタードのアイスにかけてプリン風にしていただくといった感じである。
アイスが好きなアイリスと、プリンが好きなアヤメへぴったりの一品だろうと考えたのだ。
「ほあ……幸せえ……」
「そうか? そいつは良かった」
対面にすわり、頬杖をついて観察しているが本当食べてる姿は子供らしくて可愛いんだよなあ。
アヤメさんも平静を保とうとしてはいるが、口の端が緩んでいるのは隠せていないし。
菓子作り……本格的に極めてみようかと思えるほどに、こちらとしても楽しい光景であった。
「……なんですか?」
「いや、楽しい光景だなって」
「……あまり人の食べているところをじろじろ見るのは感心しませんよ」
「いいだろ? これが楽しみで作ってるようなもんなんだから」
「そうじゃぞアヤメ。人の目など気にするな! 今は目の前の至宝に集中するのじゃ!」
アイリスは一心不乱に食べてるし。
あーあー。ほっぺにカラメルソースがついてるよ。
「貴方は食べないのですか?」
「俺は別のを食べたからな。流石にこれ以上甘い物は食べたくない……」
「なぬ!? 別のじゃと!? わらわそれ気にな――」
「アイリス様、お口元が……」
「んんー! わらわそれ気になるー!」
食べ終わって匙を置いたアイリスは、アヤメさんに口を拭われながらも好奇心を抑えられないようだ。
好きな甘味の前とはいえ、アイリス少し幼児化してません?
「……はいはい。それじゃあ本題が終わったら出してやるよ」
「……ん。なんじゃ。気がついておったか」
「まあ、何の理由もなくお前が来るとは思えないしな」
「アイスを食べになら来るぞ?」
「……それもそうだな。じゃあアイスを食べに来ただけなのか?」
「いや。お主の不安を取り除きに来た」
「不安って言うと……公爵か。さっきの話で、俺をアイリスの庇護下に置いたから問題ないってことか?」
「んんー。短期的にはそれで問題ないがな。まあ長期的にも問題はなくなったということじゃ」
「長期的……根本的な原因の解決ってことか?」
「まあそうじゃな。詳しくは言えぬが」
根本、それは公爵と言う存在の事だろう。
その解決となると……。
そうか。あの男が決起したのか。
正直、問題が残らないのであればどんな内容だろうと興味は無いんだが……。
それに、助かるには助かるが、あいつ……奥さんをどうする気だ。
「ともかく、お主は何も心配せんでいい。今までどおりの生活を送ってくれて構わぬぞ」
「……わかった。一応、ありがとうって伝えておいてくれ」
「……ああ。了解した。では別の甘味じゃ!」
一瞬で空気を変えたのは、アイリスの気遣いだろう。
俺としては特段思うことはない。
およそ俺の関係外の出来事だ。
……だが、残されるであろうサラさんのことだけがどうしても気になってしまっていた。
「……心配いりませんよ」
「え?」
「アイリス様が、全て解決してくれますから。貴方は余計な事を考える必要はありません」
俺の心中を察したのか、アヤメさんがフォローを入れてくれる。
「うむ。おぬしはちと優しすぎるからな。それも含めて安心してよいぞ」
「そうか……ああ、わかった。アイリスも色々とありがとうな」
「うむ! お主がいなくなっては美味いアイスも食えぬからな!」
はは、結局アイスか。
まあそれでもいいけどな。
さて、それじゃあ俺の取っておきを出そうか。
食べ過ぎて腹を壊しても、知らないからな。