5-33 (仮) 王都一武術大会個人戦 - 真相 -
リングから降りて出入り口に向かうと、すれ違いざまにアイリスが現れた。
アイリスはにやりと笑い、話しかけてくる。
「間に合ったようじゃな」
「ああ、何とか本当、ぎりぎりだったけどな。アイリスも連絡してくれてありがとうな」
「うむ。じゃが、良い働きであった。感謝する。その褒美に、尻拭いをしてやろう」
そいつはありがたい。
正直結構な騒動を引き起こしてそうで、まともに顔を上げられないんだ。
アイリスはそのままリングへと向かい、アヤメの手を借りてリングへと登った。
そして副隊長からアクセサリーを借りて、未だにがやがやとしている観客に向かって叫ぶ。
「さて、皆の衆。御機嫌様じゃな。此度の事に皆が驚いているのは分かる。賭けに影響があるのかという疑念もな。じゃがコールは遅くなったが、雌雄は決しておったので賭けは宣言どおり騎士団長の勝ちじゃろう。あとは主従愛が見せたまさに奇跡だろう」
アイリスが語りかけるように言葉を続けた。
「あまりに迫真めいた息を飲む様な見事な戦闘、そして『悪鬼羅刹』と謳われた騎士団長に対して、自身の奴隷を守る為に駆けつけた主人の愛。吟遊詩人の歌に出てくるような美しい光景であったとは思わぬか? わらわは、大変満足なのだがお主達はどうであろうか?」
がやがやとしていた観客は徐々に声を潜めてアイリスの言葉に耳を傾けているようだった。
「思うところもあるだろう。だが、ここは勇敢なる主人とシロ選手、そして勝利した我らが誇り高き騎士団長に惜しみない拍手を送ろうではないか」
アイリスが微笑んで国王に一礼をすると、なんと国王が小さく拍手を始めた。
すると、ソレを見た家臣たちが続け、更には少しずつ伝染していくように拍手の音が大きくなっていく。
「……皆と心を共にできた事を、わらわは感謝する」
その言葉のあと、大喝采が生まれた。
正直、かなり恥ずかしいが顔を上げて胸を張り、シロを抱き俺はリングを後にした。
「あー……恥ずかしかった」
元々あんな大舞台に上がる機会も、上がる予定もなかったので余計である。
どれだけ大きくても会社の会議で前に出て話すくらいだったんだぞ。
「んふふ。愛だって」
「はぁ……。小さいのにずっしりくる愛だな」
「むう、シロは軽いはず」
シロを抱えなおして後ろを振り向く。
「どうした? 浮かない顔して」
「……腑に落ちんことが多すぎる」
「そう怖い顔するなよ。ちゃんと話すからさ」
サラを支えながらもこちらを睨みつけてくるアーノルドの顔が怖い。
まあでももう全部解決させたわけだし、アーノルドに殺されるって事は無いだろうさ。
とりあえず、人目のつかない聞き耳の立てられないところに行きますかね。
「イツキさん!」
「おう、隼人」
「何をしたのかは後で聞きます。ひとまず、お疲れ様でした!」
パチンっと隼人と手を合わせて労いを受ける。
シロを抱えたままなので、掌を向けるだけの不恰好な姿なんだが、今は気にすることもないか。
「ああ、ありがとう。隼人もこの後の試合、頑張ってな」
「はい!」
鼻息を荒くしてやる気に満ち溢れている様子の隼人を見送る。
隼人はアーノルドを一瞥もせずにリングへと向かっていった。
「……随分と、嫌われたものだな」
「まあ当然だろ。あんた、無茶苦茶すぎだ」
「そうだな……」
なんかしらの理由があるのだろうと察する事は出来るが、何も関係のないはずの俺らが巻き込まれたのだという結果は何も変わらない。
その後、暫くお互い無言のまま歩いて控え室の前に辿り着き、扉を開けようとしたときだった。
「ご主人様!」
「ウェンディ? それとアイナ達もか」
ウェンディが駆け出してきて俺に抱きつくと、後ろからゆっくり三人も近づいてくる。
「もう、もう信じていましたけど無茶しすぎです! もし斬られたらどうするつもりだったのですか!」
「あー……まあ腕一本くらいならいいかなー……って」
「馬鹿なこと言わないでください! 心臓が止まるかと思ったのですからね……」
おおう、激オコである。
でも腕一本で済むなら安いものだろう。
最悪、最悪の話だが霊薬で治るのだし、シロが死んでしまったら治すこともできないのだから。
そしてターゲットはシロに変わる。
「シロもシロです! 貴方はご主人様の奴隷なのですよ! 何を勝手なことをしているのですか! 貴方の命も、その身体もご主人様の物なのですよ!」
「ご、ごめんなさい……」
「謝ってすむ問題じゃ……うう、私は何も……できなかったのですし……、……でも、本当に良かったです……」
突然泣き出してしまったウェンディにあたふたする俺とシロ。
うん、ごめん。ごめんなさい!
任せろ! とか言っておいてあんなにぎりぎりじゃだめだよね!
心配させたよね!
「落ち着きなさいよウェンディ……」
「そうだぞ。皆、無事に済んだのだ」
「そうっすよ。説教は後っす。その前に主には説明してもらうっすよ」
「ああ、皆も一緒に来てくれ」
全員で控え室に入り、簡易な椅子に座ってアーノルドを正面に据えた。
まず何から話そうか。
とりあえずアーノルドが聞きたい事を全部話すか。
「さて、何から聞きたい?」
「何故サラがここにいる」
「俺が頼んだから」
サラさんの家に行き、事情を説明した。
当然最初は怪しまれたのだが、ギルドカードを使ってアイリスに誤解を解いてもらったのだ。
「サラは病気で寝込んでいたはずだ」
「それはもう治したぞ」
だからこそ、いまここにいるわけで。
「どうやって……」
「どうって……霊薬で?」
「何処で手に入れたのだ!」
「俺流れ人だからさ、女神様からサービスで数本貰ってたんだよね」
勿論嘘だ。
だけど、流れ人の詳細なんて誰も知らないのだから裏の取りようはないはずである。
そしてシロに使った薬だが。
あれも霊薬だ。
正直、此処が一番の問題ではあったのだ。
奥さんに出会ったとき、どうするべきかもの凄く悩んだ。
悩んでいたらアイリスから連絡が飛んでくるしで、とりあえず隼人に貰った魔法の袋の中身を急いで確認した。
隼人に貰った魔法袋には足りないイグドラシルの花と種が入っていて、そして俺が何時の日か月光草を加工した月光石を使って作ったのが、シロに使った霊薬。というわけだ。
「だが、どうやってサラのところまで行き、サラを連れて戻ってきたのだ」
「それはいえないな。奥の手の種明かしをする馬鹿はいないだろう」
転移については教えられるわけもない。
俺の逃げる最終手段の、種明かしをするわけがない。
まあ、あの会場の中なら誰かしら気づいたかもしれないけど。
気づかれたところで命を狙われるって事も無いだろう。
……魔術師ギルドに狙われる可能性はあるけども。
「……目的はなんだ」
「勿論、あんたを止めるためだ。むしろあんたに聞きたいんだが。何の為にシロと殺し合いをしたんだ」
一番の謎だ。
戦いたいだけならまだ武人だからと、なんとなくわかる。
だが、命をかけた殺し合いをする理由が全く分からない。
しかも、今はあの時に感じた狂っている様子など、見受けられないのだ。
むかつくが、病気であった奥さんを支える旦那にしか見えない。
「……妻の為だ」
「はぁ? 意味がわからん」
どうしてそうなる。
奥さんの為にシロと、死闘をしなくてはいけない理由がわからなさすぎる。
「わしの妻は病に掛かった。それこそ、おぬしが知っている通り霊薬でしか治せぬ病にな」
俺が転移した時、サラさんベッドの上で身体を起こして読書をしていた。
だが顔色が悪く、すぐに何かの病気なのだと気がつく事は出来た。
「ヘドロネズミの唾液からしかうつらない病でな。発症後すぐに薬を飲めば治るのだが、田舎に戻っている時に掛かったらしいのだ……。だが、ヘドロネズミは北部でしか目撃例のない魔獣だ」
サラさんが痛々しく微笑んで、『霊薬でしか治らないそうなのです……。夫が、奔走しているそうですが……多分難しいのでしょうね……』とは教えてもらっていた。
「ちょっと待て。奥さんがいたのは南だぞ」
「ああ……。だからこそすぐに薬は手に入らなかった。その後……謀られたのだと気づいたよ」
「謀られたって……誰にだよ。それはわかっているのか?」
「勿論すぐにわかった。わしが霊薬を手に入れようと、必死になっているのを悉く邪魔した男だからな」
騎士団長の邪魔って……、そんな事が出来るのはかなり偉い奴だろう。
それこそ王族とか……。
頭に浮かんだのはオークションで霊薬を買い集めていたあの男。
「……何もしなかったのか?」
「できんさ。相手は公爵家。王族である。容易に相手には出来ぬ……。そして、奴の手で副団長も奴の息のかかった若い男に変えられた。これからの未来をとか御託を並べられて無理矢理な」
「だから、自暴自棄になっていたのか?」
「自暴自棄になどなっておらぬ。わしは妻と国の両方の為に動いておっただけだ」
「もう一度言うけど……意味がわからん」
どうしてそれが、シロと死闘をしたかった理由になるんだと、焦れてくる。
だが、とりあえず文句を言うなら話の全容を聞こうと思う。
「妻の為に霊薬を手に入れるのに奴は条件を出した。騎士団長を辞める際にその若い奴を指名しろと。理由は簡単だ。騎士団を私物化して傀儡としたかったのだろう。わしは辞める事自体は、やぶさかではなかった。年もあるが、迷惑をかけた妻とこれから余生を暮らすのも悪くないとな。だが――」
アーノルドの顔は怒りに満ちていた。
その表情からどれほど強い思いを抱いているのかが伝わってくる。
「奴に騎士団を、国の一角を任せるわけにいかんのだ! 奴に騎士団の実権を握らせれば間違いなくこの国は疲弊し、衰退する。奴の栄華だけを残し、奴が死ぬまでこの国が栄える事は無いだろう!」
ダンっと机を叩き、声を荒げるアーノルド。
悪いんだが俺が……ウェンディが怖がるからやめてくれ。
「期日は迫っていた。この大会が終わればわしは辞任を表明し、奴の手駒である若い副団長に譲らねば妻が死ぬ。だが、妻と引き換えに王国を滅ぼすわけにもいかなかった……だから、シロ殿に本気の試合を申し込んだ。わしを殺してもらい、指名をせずに済ます為にな」
「殺してもらう……?」
いや、ちょっと待て。
殺されかけたのはシロの方なんだが。
「ん、だから最後手を抜いた?」
「……うむ。あくまでも死闘の結果であり……そう思わせねば、ならなかった。自害などすれば……妻も殺されていただろう……」
うーん……。
いや、そんな危ない奴なら死闘の末に死んだとしても腹いせに殺されるんじゃなかろうか。
「ええ……でも手を抜いているようには見えなかったっすよ?」
「そうだな……騎士団長の表情は、その、戦闘を楽しんでいるように思えたのだが……」
「確かに、最期の戦いだと思うと血が沸いてしまった。しかも滅んだはずの懐かしき黒猫族の技を使う者だったのでつい、な……」
ついじゃねえ!
阿呆か! これだから戦闘狂は!
まだ妻の為なら分からなくもない。
男として愛した女の為に――なんてのは、わからなくもないからな!
だが、そんな自己都合に巻き込まれるこっちのことも考えて欲しい。
仮に、死闘の上だったからといえど国の騎士団長を殺した。
そんな結果が残っていたら、俺達は表を歩けない。
たとえ、正当性があろうとも国の基盤を揺るがす結果を招いたのだから、下手すれば適当な罪を擦り付けられた上で犯罪者にさせられるようなこともあったかもしれないのだ。
さすがのアイリスも、自分の立場を揺るがしてまでは助けてくれないだろう……。
それに俺が奥さんを助けずに、あんたが死んだら、奥さんをどう助けることに繋がるというのだろうか。
「ちょっと待て。まだ疑問が残る。お前が死んだところで奥さんは助からないだろう」
「わしの財産を元副団長に預けてある、そやつが霊薬を買う手立てになっていた。事が過ぎ、落ち着いたらすぐにとな」
「……その男信頼できるのか?」
「この全容を知っているのはその男だけだ。わしが死ねば実力的にも奴が次の騎士団長に納まるであろう。信頼に足る、まさしく次代の騎士団長に相応しい男だ。問題はなかろう……」
んんー……まあ。
俺がわかるわけもないが、よく人に全財産を預けられるな。
いや、でも俺も隼人になら預けられる。
その元副団長は俺にとっての隼人のような存在なの……か?
「だが、おぬしのおかげで妻は治った。これからは信頼できる者に預けるとしよう……。それと、やつはわしが殺す……それがせめてもの、わしが出来る償いだ」
「出来るのか? ビビッてた癖に」
「後手に回っただけだ。もし次手出ししようものならば……汚名を被ってでもわしが奴を殺す」
あー……なるほど。
もはや立場を捨てる覚悟も決まっている感じで……。
ちょっと困ったな。
まさかそんな裏ボス的な、黒幕的な奴がいるとは思わなかった。
「んー……奥さんどうしましょうか?」
「ええ、どうしましょう……?」
「どうした?」
「いやな、あんた約束しただろ? シロと戦うなら財産の半分を俺にくれるって」
「そういえばそうだな……ああ、勿論渡そう」
「うん。まあ勿論戴くんだけど、残りの半分の金で奥さんに霊薬を売ったんだよね……」
初めは奥さんとともにこちらに出向いてアーノルドを説得。
奥さんにはアーノルドから貰う報酬をそのままお支払いしますね、とする予定であった。
やはり男の暴走を止めるのは愛した女……。という単純でありながらも、古来から続く男にとって最も有効な方法。
狂気を感じていた時も、奥さんを労わる言動があったのを思い出したので、上手くいけば……とは思えども、策とも言えぬ策ではあった。
なりふり構っていられる状況でもなく、1%でも可能性があるのなら行うべきだと思ったのだ。
だが、霊薬を作る事ができ、更には奥さんも治しつつ、シロが傷ついていても治してあげられるとわかり、新たなヒラメキが生まれた。
霊薬代として、もう半分の財産をいただく事で、文なしになれば真面目に働かざるを得なくなり、俺達に現を抜かしている暇はなくなるんじゃないか?と。
最初の頃の自身の経験を生かして! って感じで考えたんだけどさ、うん。浅はかだった。
このまま騎士団長がその黒幕を殺したりしたら、アーノルドは死罪、さらには奥さんも文無しのままだし……。
どうしよう、奥さんにご足労戴いたんだし、半分は返した方がいいのかな?
ちなみにアーノルドは一度相場の数倍で霊薬を競り落としたのだが、途中で黒幕的な奴らの手に渡ってしまったらしいので金額としては全部で4億ノール。半分ならば2億ノールなのだが。
「……だが、殺さねばお主にも危害があるかもしれぬ」
「あー…………」
そうなんだよな。
要は俺、その公爵の妨害をしているわけだし。
顔もばれているもんな。
ああああ! もう!
この爺さん本当に迷惑しかかけないな!
「はぁぁぁぁ……半分でいい。……その代わりなにかありそうならその男の事をきっちり頼む。が、暫くは様子見で騎士団長の仕事を全うしろ」
「それで、良いのか……?」
「良かねえよ……。正直公爵なんざ相手にしたくもない。だけど、せっかく助かった奥さんに、もう少し労いをしてやれよ。あんたがすぐ死んだら、あんまりだろう」
「……すまぬ」
「だけど、釘を刺すなりはして欲しいぞ。もし仮に俺らに手を出すようであれば、あんたに頼まざるをえないかもしれん。それがいつになるのかはわかんないけど……詫びる気があるなら、その覚悟くらいはしておいてくれ」
「ああ……。わかっている。すまなかった……」
負の連鎖ってか……。
隼人の友人兼、アイリスの友人である俺に直接的に手を出しては来ない……とは、思いたいという願望なんだろうな。
警戒は緩めない方がいいだろう。
今回の奥さんの事もあるので、一先ず、レインリヒにも相談してから、万能薬は大量に作って皆に渡しておこう。
「次の試合、出るのか?」
「ああ……。出なければ不自然さが増すからな」
「わかった。ま、俺は隼人の応援をするがな」
まだ準決勝を勝ったわけでは無いが、まあ隼人ならば勝ち進むだろう。
去年の雪辱、それとこの爺さんが痛い目を見るところを是非見せて欲しい。
それくらいは、あってもいいと思う。
― アーノルドSide ―
彼らが部屋を出た後も控え室にわしとサラは残っていた。
当然、この後も試合があるからというわけではない。
特に何かを話すわけでもなく、手をぎゅっと握り締めているだけ。
それだけで、十分であった。
「なあ。サラ……」
「はい……」
「すまぬ。また、迷惑をかけると思う」
「……あなたの妻になった日から、覚悟はしております」
そっと握る手に力をこめる。
思えば、夫らしいことはなに一つしてやれなかった。
騎士団長の妻ともなれば気苦労も多く、迷惑ばかりかけていた。
「すまなかった。……これからはアイリス様を頼れ」
「……はい」
良い奴等であった。
迷惑をかけておきながらいうのもなんだが、お人よしで、人情味に厚い男だ。
非情になりきれない、甘い男。
芯のない、軽い男に見えたが、大切な者の為には何が何でもという気概のある男。
そして、英雄たる隼人の理解者であり、あのアイリス様を呼び捨てにする男。
どんな経緯があったかはわからぬが、素性の知れぬ男を近づけることの無いアイリス様が心をお許しになったのだ。
それだけで、あの男を信じるに値すると判断できる。
だからこそ、わしは償わねばならん。
たとえ、国王を裏切ることになっても、わしは奴を討たねばならん。
国王選定の時、アイリス様のお命を狙った者が、誰かは言うまでもない。
だがそれでも、今なお王族として、公爵として好き放題をしておきながら、王はその全てに見ない振りをしてきた。
現国王は家族愛が強すぎるのだ。
兄との決別以来、家族とは仲良くあるべしという一種の暗示にでもかかったかのように、親族の振る舞いに目を瞑り、許し、諭すのみとしてきた。
民にも優しく、善政を敷く良き王でありながら、致命的なまでの欠点であった。
何度進言しても、証拠を巧妙に隠す公爵の悪事を信じるまでに値せずと却下されてきた。
……これが、わしの最後の国に尽くす行為となるだろう。
未来の王国に繁栄を齎し、この身体を持って国の病を道連れとするとしよう。
「アーノルド様! そろそろ試合が始まります! ご準備を!」
伝令役を務める兵士が、扉越しに声をかけてきた。
決勝戦か……。
先ほどの戦いが、わしの最後だと思ったのだがな……。
「……わしの最後の戦い。傍で見ていてくれ」
「……この瞳に、あなたの雄姿を、誇りある姿を焼き付けます」
良い妻だ。
わしには勿体無いほどの、良い妻であった。
決勝に勝ち上がったのは、やはり隼人であった。
シロと共に観客席で観戦をし始めた俺に、膝に乗ったアイリスが語りかける。
「……おぬしも大変じゃな」
「そう思うなら、助けてくれ……」
「ならば、わらわと婚約するか? 結婚の際にはわらわが市井に落ちるといえば、王族から穢れた血が消えると奴は手を出さぬかも知れぬぞ」
「奴ってお前……」
「ああ、真相は知らぬぞ。だが、聡明なわらわなら気がつくわ。……こんなあほな真似。奴しかおらぬ」
アイリスが唇を強く噛む。
どうやらアイリスにとっても公爵は憎い相手のように見える。
「まあ、安心せい。なにかあれば知らせてやる。幸いにもわらわの側近は情報収集に長けているからな」
「なら、頼りにさせてもらう。報酬はアイスでいいんだろ?」
「よくわかっておるな」
アイリスがニカっと笑う。
ほんと、今回はなにかとアイリスに感謝だな。
次会う時にアイスの種類を増やしておくか。
決勝戦の結果は、去年の雪辱を果たした隼人の勝ち。
俺からしたら壮絶な戦いだったのだが、シロの戦いを見ていた武人達からは、シロとの戦いの方が激しかったという。
あれよりもかよ……と思いつつ、シロの頭を撫でて改めて労う。
今日は帰ったら隼人の祝勝会を兼ねて、シロの好きな物をたくさん作ろう。
クリスもきっと、気合を入れて料理を作るだろうしな。
『今回は、シロさんとの戦闘で疲弊していたのでしょう。だから次は、お互いが万全の時に再戦しましょう』
『……年寄りを労わってはくれんのか?』
『……僕は、もっと強くなりたい。貴方を圧倒できるほど強く』
『どうしてそこまで、強くなる必要がある。お主に敵う者など、この国にはおらんだろう』
『僕は、大切な人たちを守る為に強くならなきゃいけないんです。……守りたい人も、前よりずっと、増えましたから』
『そうか……』
『王都一武術大会! 優勝は我らが英雄隼人卿だああああああああああ!!!!』
『『『『『うおおおおおおおおおお!!!』』』』』
こうして、無事とは言わないが王都一武術大会は終わりを迎えた。
その後、大会終了後に予期せぬ問題が起こった。
街を歩けば『主従の禁断の愛』だの、『年齢の壁も超えた愛』だのと揶揄されるようになったのだ。
アイリスのおかげであの騒動を好意的に見られるようになったのは助かったのだが、こう、背中がむずがゆくなるような好奇の目に晒される羽目になったのだ。
その好奇の目にシロは嬉しそうにしているし、ウェンディは羨ましそうにしているし……。
だがまあ、シロの笑顔をまた見ることが出来て、欠ける事なく明日を迎えられるのなら良いかと思い込むことにする。
しかし、王都だけではなくアインズヘイルに戻っても続くとはこの時は考えもしなかった。
……吟遊詩人、仕事が早すぎるのではないだろうか。
かなり急ぎ足で無理矢理感はあれど、とりあえず終了!
5-22で5章をきって、6章を初めても良かったのですが、2章続けて大会編はだれる……と思って辞めました。
一応このままでも軽めの話を作れる流れにはしましたが、修正するかはしっかりと考えて決めたいと思います。