5-21 (仮) 王都一武術大会チーム戦 - 三人の決意 -
5章何話で終わるんだろ。
第4医務室と書かれた札が垂れ下がった扉の前にたどり着くと、案内してくれた人が横に避けて入るように促してくれる。
俺は頭を少し下げて案内してくれた男に礼を言うと内心慌てながら扉を開けて名前を叫んでしまった。
「アイナ! ソルテ! レンゲ!」
「なによ……うるさいわね……」
「主君、病室では静かにだぞ」
「そうっすよー」
あ、あれ?
ベッドで横になり包帯で巻かれてはいるものの平気そうだぞ。
「えっと……傷の具合とか……」
「大丈夫よ。こんなのクエストに行ったらしょっちゅう受ける傷だから」
「そうなの……か? ポーションは飲んだのか?」
傷が残るようなら隼人に頼んで霊薬を貰ってくるぞ?
それか材料を集めてきてもらうが……。
「ああ、しっかり飲んだから安心してくれ」
「後遺症とか残らないか?」
「大丈夫っすよ。流石にまだ痛みはあるっすけど、全然平気っす」
「本当か? 無理してないか?」
「疑り深いわねえ。今すぐ飛び起きてあげようか?」
「いやいやいや。わかったよ……」
そうか……平気なのか……。
「良かったあ……」
はぁ、と一息つくと気が抜けて椅子に座り込んでしまう。
「なに? 心配してたの?」
「当たり前だろ……」
「そう、そっか。ありがと。でも、大丈夫だから」
「はぁー……。あ、薬出しとくな」
万能薬(劣)が確かあったよな。
回復ポーションよりも効果が高いし、これがあれば大丈夫だろう。
「あー……ううん、薬はもういいの」
「うむ。今日の痛みを覚えておこうと思ってな」
「いやでも、ちゃんと治した方がいいぞ……?」
「わかってるっすよ。ただ、まだ少しだけこのままでって事っすよ」
うーん……俺としては痛いなら早く治るほうが絶対いいと思うんだが……。
「まあ置いておくから使いたくなったら使ってくれよ」
「ああ、そうさせてもらうよ」
「本当、心配性なんだから……」
ソルテが呟いた後、少しの沈黙が訪れる。
「……ごめんね。負けちゃって」
この空気が嫌で、俺が口を開こうとしたらソルテが先に口火を切った。
「あー……気にすんなよ。格好良かったぞ」
「うん……でもさ、せっかく大金を賭けてくれたのに……」
「だから、試合前にも言ったろ? 気負わなくていいって」
「いや、それでも謝罪させて欲しい。すまなかった……」
三人が皆頭を下げて謝意を示すと、こちらとしては居た堪れない。
「まあなんだ。三人には普段材料収集でもお世話になってるしな。だから本当に気にしなくてもいいぞ。また沢山材料を集めてきてくれよな!」
どうにか頭を起こして欲しくて、無理矢理明るくの話を振ろうとしてしまう。
「それもそうね。あんた普段からもっと私達を労いなさいよね!」
「ソ、ソルテ!?」
「あーあ。疲れちゃった。ね、私たち寝るから試合、見てきていいわよ」
「いやでも……」
「あんたにそこにいられたら寝られないでしょ。こっちは疲れてるのよ」
「わ、わかったよ……」
ソルテの剣幕に押されて退場を余儀なくされたんだがシロは動かなかった。
「主、先に行ってていいよ」
「いや、えっと。あー……わかった」
俺は部屋を出て少しだけ歩き壁に背をつける。
盗み聞きをするためじゃない。
あくまでも、シロを待っているだけだ。
「……なに? 笑いに来たの?」
「違う」
「じゃあなによ……」
「シロに聞きたい事があるかと思って?」
「ッ……!」
「あってた?」
声は小さいながらも、周りが静かな事もあって意識すればしっかりと中の会話が聞こえてくる。
「……あんたなら、あいつが言っていた意味わかるんでしょ?」
「戦いの質?」
「そうよ! あいつらからは少しだけだけどあんたみたいな感じがした! 格上って事だと思ったけどあの言い方は違うのよね?」
「違う」
淡々とシロは質問に答えていく。
アイナ達は俺がいたときのような少し明るい空気ではなく、声音も低くなっているように思えた。
「それはなんなんすか? 何が違うっていうんすか?」
「……シロは、あんまり世の中を知らない。だからこれから話すのはあくまでもシロの個人的な見解。それでも聞く?」
「いいわよ。言ってみなさいよ!」
「わかった……まず第一に対人戦闘の経験が少なすぎる」
「それは……。流石に今回の戦いで気づいたわよ」
「っすね。まあ納得はしたっす」
「ん。これはシロが相手をするから別にいい」
「あ、そう……ありがとう」
「ん」
「第一ってことはまだあるのだろう?」
「第二に冒険者っていう職の弊害」
「冒険者だからダメって言うんすか?」
レンゲが少し苛立ったような声色に変わっている。
「冒険者はそもそもどうしてランク分けされてるの?」
「それは適切なレベルで無理のないよう管理する為に――」
「そう。レベルに見合った敵を用意されているだけ。あくまでも死なないように、調整されてる」
「……私たちは格上相手の戦闘も少なかったって言いたいの?」
「それはうちらが雑魚狩りしかしてこなかったって言うんすか?」
「私たちだってクエスト中に予期せぬ強敵に出会ったり、緊急招集で大型の強大な魔物の討伐をした事くらいはあるぞ」
「んー……少し違う。単刀直入に言えば、生ぬるい」
ダンッ! っと机を叩く音が聞こえる。
「言ってくれるじゃない。私たちの今までが生ぬるい戦いだったって言いたいわけ!?」
「兵士は、無茶な戦場でも駆りだされる。死ぬと分かっていても逃げ出す事は出来ない。根幹で既に戦いに対しての思いが違う」
「冒険者だって逃げ出すことが出来ない強敵にたまたま出会う場合もあるっすよ!」
「出会ったの? 本当に、死にかけた?」
「それは……じゃあシロはどうなんすか!? シロは兵士の経験でもあるって言うんっすか?」
「ないよ」
「じゃあ――」
「でも、死にかけた事ならあるよ。何回も。……シロは、小さい頃からエルデュークの森で育ったから」
「なっ!? 嘘でしょ……?」
「本当。毎日、死ぬ思いしかしてなかった」
エルデュークの森がなんなのかわからないが、危険な場所であることは間違いないだろう。
シロが必死になるほどって……まだそんな小さい時になんでそんな……。
「殺して、喰らって、奪って、利用して、毎日食うか食われるかだった。それが日常だと思ってた」
「喰らってって……あんた……」
「魔物を食べないと、あそこじゃ生きられない」
「火はどうしたんすか……?」
「火なんてない。ただ肉を食べるだけ」
「それは……」
壮絶だな……。
シロの過去にそんな事があるなんてまるで知らなかった。
「だから、本質的に三人とは戦う事に対しての思いが違う」
「じゃあ、どうしろっていうのよ!」
「知らない。最初に言ったけどあくまでもこれはシロが思ったこと。正しいかは別」
「投げやりすぎじゃないっすか?」
「別に。三人がどうするのかをシロが決めるわけにもいかないから」
「それはそうだが……」
「それに……主は今の三人でもきっと受け入れてくれる。問題があるのは、三人の心の方」
「「「……」」」
「じゃ、行く。シロの試合、見れるなら見た方がいい。かも?」
シロが扉を開けて出て来ると、扉を閉めて俺の前に来た。
「俺がいるの気づいてたか?」
「んーん。でも、分かってた」
「……ちょっと厳しくないか?」
「あそこまで言わないと、きっと三人は踏み出せない」
「そうか……」
俺は、三人が好意を持ってくれている事には気づいているし、あえて壁を作っている事も分かっている。
『犯罪奴隷』という部分に引っかからないのかと言われれば引っかかりはするが、そんな小さな事を気にする俺じゃない。
好きだと言われれば受け入れるし、抱いてくれと言われれば喜んで抱こう。
だけど、今の三人は俺以上に現状を気にしてしまっている。
犯罪奴隷という立場が三人の後ろ髪を引いているように思える。
多分、このまま俺が三人に手を出そうとすれば受け入れてくれるとは思う。
だがそれは、罪の意識が数%でも含まれてしまうだろう。
それがわかっているからこそ、俺は手を出さない。
余計に傷を広げ、思い悩ませてしまうだろうから。
でも、三人なら乗り越えるだろう。
どんな方法かはわからないが、大丈夫だと信じている。
「ごめんな。シロに辛い役をさせて」
「別にいい。それよりも、はあ……。シロより先に三人が抱かれてしまう」
「自分で発破かけておいて良く言うよ」
「ウェンディだけじゃ主の相手はもたないから仕方ない……」
「……えっとシロさん? それはどういう……」
「17回……」
「よし、屋台行くぞシロ! 決勝よりも屋台だ!」
「ん……。沢山食べる。少し、疲れた……」
「お疲れさん。だっこするか?」
「ん……お願い」
―紅い戦線SIDE―
「はぁ……なんかもう、全部お見通しって感じね……」
「強さも不思議だったっすけど、納得はいったっす」
「だな……まさかだった」
シロにそんな過去があるなんて思わなかった。
いつも主様にべたべたしていて、わがまま放題好き放題で、食べる事ばかりのシロ。
それなのに、私たちよりもずっと強いシロ。
そうだよね。
あれだけ強いんだもん、それなりの理由があるよね。
「私さ……弱いってのがこんなに悔しいだなんて思わなかった……」
「っすね……。はは」
「どうしたレンゲ」
「今思えば、こんなにはっきり負けたのって初めてっすね」
「そう……だな。こんなにズタボロになったのも初めてだな」
シロが言っていたとおりなのだろう。
私たちは、私たちの中では必死に戦ってきたつもりだったけど、上には上がいて、その人たちから見たら私たちの戦いは生ぬるいものだったのだろう。
エルデュークの森は、Aランク冒険者でも滅多に立ち入らない死の森だ。
そこで文字通り必死に生きぬいてきたシロ。
多分、脅威の上に脅威が重なって心休まる日などなかったのだろう。
だからこそ、主様の温かい何かに惹かれているのだと思う。
「はあ……」
「珍しく凹んでるっすね」
「そうでもないぞ。ソルテは最近主君を想ってよくため息をついているからな」
「なっ……! そんな事……あるけど……」
まあ、最近ため息なんて主様を思いながら以外は無いわよ。
ええそうですよ。
大好きなんだもん仕方ないじゃない!
だから、
「私さ、パーティ解消だけは絶対にしないから」
「っすね。まあ、シロの言うとおりアンバランスなんすけど」
「ああ……。ではどうする? 追加で誰か入れるか?」
「……言われっぱなしもむかつくわよね」
「ならこのまま強くなってみせるか?」
「うへえ。なかなか茨の道を突き進むっすね」
この三人だからこそ、私たちは強くなれたんだ。
だから、この三人でなければいけない。
「ねえ、私さ一つだけ思いついたことがあるんだけど……」
「奇遇だな。私もだ」
「っすね。まあ多分一緒だと思うっすよ」
私たちが共通で思いつくとしたら、あそこしかないよね。
だから、少しの間だけど、悲しい思いをしないといけなくなるけど、頑張らないとだよね。
「でもその前に傷を癒して、シロの試合は見ないとね」
「なんだかんだ言われても見るんすね」
「シロがわざわざ言うくらいだから、見た方がいいのだろうさ」
「違うわよ! シロが無様に負けたら笑うためよ!」
当たり前でしょ!
あれだけ啖呵を切ったのだから、どれだけやれるのかシロの本気を見せてもらおうじゃない。




