第259話 王国の勝利
「追えっ!! ヴィーゴを生きて帝国領へ逃がすな!!」
「「「「「ハッ!!」」」」」
夜襲に成功したことで、完全に王国の勝利は確定した。
しかし、この戦いに勝利できたとしても、皇帝であるヴィーゴに帝国領内に逃げ帰られれば、また王国へ攻め入ってくるかもしれない。
そうならないためにも、何としても殺さないとならない。
マルコの言葉に、王国兵たちは懸命に馬を走らせていた。
「現在奴は少数の兵と共に南へ向かっております!!」
「よしっ!! このまま進めば、元ミョーワの連中が待ち受けているはずだ!!」
フクロウ型の魔物を従魔としている者が、マルコへと報告してくる。
闇夜に隠れてこのまま逃げ切れるとヴィーゴは思っているだろうが、マルコは夜襲を決行する時にこうなる可能性も考慮し、ちゃんと追走するための準備はしていたのだ。
それに、ヴィーゴたちが逃げる方角は決まっている。
ある渓谷を通るしか安全に逃げることなんてできない。
しかし、その場所こそが元ミョーワの連中が帝国の奴隷を解放した場所だ。
このまま進めば、ヴィーゴは自分たちが無理やり奴隷にした者たちに襲われることになるだろう。
「挟み撃ちにして仕留めるんだ!!」
「「「「「おうっ!!」」」」」
自分の手で仕留めたいところだが、それはたいしたことではない。
夜襲で将軍たちも仕留め、後はヴィーゴさえ殺せば帝国を崩壊させることも難しくないだろう。
ヴィーゴの死という確実な結果が、帝国で恐怖に震えている市民の反乱の決起に変えられる。
挟み撃ちにして確実に仕留めるため、マルコたちはヴィーゴをそのまま南へと向かわせることにした。
「待て!!」
「ヴィーゴ様……?」
南の渓谷を抜ければ、後は西へのどのルートを通っても逃げることができる。
帝国領へはまだまだ遠いが、どうにか逃げ切れるはずだ。
しかし、渓谷へ近付いている所で、ヴィーゴは馬の足を止める。
ダルマツィオをはじめとする部下たちには理解ができない。
「奴隷兵がこないのは、もしかしたら何者かがこの先の渓谷で待ち伏せていたのではないか?」
「っ!? た、たしかに……、この先の渓谷は王国の王都に行く時一本道。そこを封じれば奴隷輸送の襲撃も可能かもしれないですね」
ヴィーゴの予想に、ダルマツィオはすぐに同意を示す。
渓谷を抜けてからならどのルートを使っても逃げることはできるだろう。
しかし、この先の渓谷さえ封じてしまえば、逃げることなどできずに袋の鼠にできるというものだ。
「そうなると……西の山越えしかなくなりますが、そこは魔物の蔓延る危険地帯。この人数では危険すぎるのではないでしょうか?」
「生き残るには向かうしかない!! 行くぞ!!」
「「「「「ハッ!!」」」」」
何万といた帝国兵も、残りは4桁に届くか分からないような人数だ。
この人数で危険な地と有名な山越えを行おうなんて危険すぎるのは分かっているが、このまま渓谷へ向かって挟み撃ちにされたら完全に詰む。
それなら魔物を相手にして突き進む方がまだマシだ。
生き残るにはそれしか選択肢がなく、ヴィーゴたちは西の山越えを決行することにした。
「奴ら急遽西へと向かい始めました!!」
「チッ!! ヴィーゴの奴挟み撃ちを察知したか!?」
奴隷が来ないということには流石に気付いているだろう。
そのため、もしかしたら渓谷を使った挟み撃ちに気が付いたかもしれない。
だが、ヴィーゴたちは偵察のフクロウに気付いていないらしく、行動が筒抜けだ。
「元ミョーワの連中にも伝えてやってくれ! もしも協力をしてくれると言ってきたら了承しろ!」
「ハッ!! かしこまりました!!」
この先の渓谷に潜んでいるであろう元ミョーワの人間も、これまでの恨みからヴィーゴの首が欲しくて仕方がないだろう。
このまま追いかけるにしても、協力をしてもらえるならマルコたちにとってもありがたい。
数は揃えてきてはいるが、それでも西の山は危険で有名な地のため、仲間は1人でも多い方がヴィーゴを捕えることができるはず。
多少の期待と共に、マルコは兵の一人を元ミョーワの連中の所へ報告に行かせることにした。
「いたぞ!! 追え!!」
「くそっ!! 王国の奴ら追いついてきやがった!!」
山へ逃げ込み、朝を迎えてもヴィーゴたちは逃げ続けた。
しかし、その頃には王国兵に姿を確認され、追い込まれて行く一方だった。
「っ!! マルコ!!」
「ここまでだヴィーゴ!! 諦めてこの場で死ね!!」
王国兵や突如現れた魔物によってヴィーゴの側近はほとんどいなくなり、ダルマツィオを含めた百人程度まで減っていた。
ヴィーゴの逃走も草原が広がった所に付くとお終いとになった。
マルコたちによって、逃げ付いた草原を包囲されていた。
更なる山の奥地へ向かう道は残されているが、その道は必ず人が死ぬと有名な所だ。
「こうなったら……!! っ!! 子供!?」
死を覚悟して、ヴィーゴは残された道へと逃げることを考えた。
しかし、その道から一人の少年が歩いてくるのを発見した。
「このガキの命が惜しかったら、そこから一歩も動くな!!」
「おのれ!! 何故こんな所に子供が……」
天の恵みと判断したヴィーゴは、すぐさまその少年を羽交い絞めにしてナイフを突きつけた。
こんなことをしたところで自分ごと殺されてしまうかもしれないが、相手は甘ちゃんのマルコ。
罪なき子供を見捨てるほど非情になれるとは思えない。
少しでも時間を稼げれば何とかなると、ヴィーゴは少年を人質に取って逃走を計ろうとしたのだ。
「マルコ!!」
「っ!?」
こんな場所に出現した少年に驚いていると、人質の少年が普通にマルコに話しかけてきた。
「こいつらがマルコの敵か?」
「あぁ……」
王である自分に普通に話しかけてくる人質の少年。
なんとなく見たことあるような気もしないでもなく、マルコは普通に反応してしまう。
「そうか……」
「おいガキ!! 何を……」
人質にされておかしくなったようだが、無駄口を叩かれるのは面倒だ。
そのため、黙らせるために首に突き付けたナイフをさらに近付けたのだが、マルコとの会話の後に自分へ向けた眼に戦慄した。
そして、自分がその少年を人質にしたのが間違いだったとすぐに気付くことになった。
「フェ、フェン……リル?」
人質だった少年の姿が変化し、いつの間にか巨大な青白い毛並みの狼へと変貌を遂げていた。
その姿に驚きつつ呟いた言葉を最後に、ヴィーゴはこの世から去ることになった。
「ふん!! こんな奴のせいで父ちゃんが死ぬなんて……」
突如現れたフェンリルが放った魔法によって、ヴィーゴをはじめとした帝国の人間全ての首が斬り飛ばされた。
たった一瞬の出来事で済んでしまい、そのフェンリルはつまらなそうに鼻を鳴らした。
「フェンリル……君は以前会った……」
「こいつらの首が必要だったんだろ? さっさと持って帰れ!」
「あ、あぁ……」
以前攻め込んで来たヴィーゴの兄と戦った時、マルコたちはフェンリルに遭遇した。
しかし、その時は近くといっても隣の山だったはず。
この山もフェンリルの縄張りだということなのだろうか。
突然の再会にマルコは懐かしさを感じていたが、フェンリルの方はそうでもないように冷たくあしらった。
大きさからいってあの時懐いてきた子狼のはずだが、今はそうでもないようだ。
一応敵でもないようなので、マルコは部下に指示してヴィーゴをはじめとする帝国兵の遺体を持って王都への帰還を計ることにした。
「フェンリル! 助かった。ありがとう!」
「さっさと帰れ! 父ちゃんが何があってもマルコに手を出すなと言っていた。同じ育ての親を持つ身だからって……」
「……そうか、お前もティノ様に育てられたのか……」
ヴィーゴの殺害に協力してくれたことにフェンリルへ礼を言うため、マルコは最後まで残った。
そして、フェンリルが不機嫌な態度をしている理由を知ることになった。
このフェンリルもどうやらティノに育てられたようだ。
フェンリルを人間が育てるなんてありえないことだが、ティノならあり得ないことではないとすぐに納得した。
「父ちゃんが命を懸けてお前を守ったんだ。さっさとこの大陸を静かにしてくれ」
「あぁ、分かってる!」
同じ育ての親を持つ、いわば兄弟のようなもの。
ティノが指示したこととは言っても、マルコが指示を出して殺したも同然だ。
このフェンリルがマルコを不機嫌に思うのも分からなくない。
「フェンリル! お前名前はあるのか?」
「……ミルコだ。父ちゃんが付けてくれた名前だ」
「そうか……。じゃあな! ミルコ!」
マルコは、フェンリルに名前があるのかふと気になった。
どうしてかといえば、ティノがよく懐いてきた動物に名前を付けたりしていたからかもしれない。
案の定、名前を付けていたようだ。
しかも、自分と似たような名前を付けていることでこのフェンリルの言っていることが本当だとすんなりと入って来た。
もっと話していたいところだが、ミルコは自分を良く思っていないだろう。
そのため、ミルコに頭を下げたマルコは、背を向けて山を下りて行った。
最後は予想外なことになったが、ともかくルディチ王国側の逆転勝利に終わり、兵たちは王都へ凱旋帰還することになったのだった。




