第256話 葛藤
「おのれ!! 王国め!!」
王国最大戦力となるティノと共に、大量の帝国兵が消え去った。
帝国がティノ1人を倒すために魔導士たちを使い切ったというのに失敗し、王国は逆に大量の兵を消し去ることに成功したことになる。
多くの魔導士たちを犠牲にしたというのに、真逆の成果になってしまった。
この結果に、これまで余裕の態度を崩さなかった皇帝のヴィーゴは、怒りで打ち震えた。
「い、いかがなさいますか?」
「一時撤退させろ!!」
「はっ!」
これだけの兵がやられては戦いどころの話ではない。
一旦下がって隊列を組み直す必要が出てきた。
右腕であるダルマツィオの問いに対し、ヴィーゴは怒りの表情で撤退を指示する。
その指示を受け、帝国は一旦撤退を開始した。
「マルコ様! 帝国が撤退しております!」
「あぁ……」
帝国が撤退を開始したのを、王国の兵は嬉々として報告してくる。
強力な魔獣が出現した時には敗北が頭にチラついたというのに、先程の大規模魔法で一気に形勢が五分にまで持ってこれた。
兵たちが喜ぶ中マルコは、最後は自分の決断とは言えティノを犠牲にしたことへの後悔が尽きなかった。
「追いますか!?」
逃げる兵を追えば、更に数を減らせるかもしれない。
そのため、軍隊長のベルナルドは撤退する帝国兵を追うかマルコに尋ねる。
「いや、こっちも兵の疲労が大きい。それよりも明日以降のことを考えるぞ!」
撤退しても、この戦いは帝国にとっても負ける訳にはいかない。
生き残った兵を編成して、すぐにでもまた攻めて来るはずだ。
撤退している今追えばたしかに敵の数を減らせるかもしれないが、こちらも多くの兵が死傷している。
敵もそうだが、魔導士が使えないのも痛い。
大規模魔法のために枯渇するまで魔力を放出してしまったため、魔導士たちは1、2日は戦い関わることはできないだろう。
魔導士たちだけでなく、他の兵たちも怪我と疲労で動きが鈍い。
いま無茶をさせてこっちの数を減らすわけにもいかない。
そのため、マルコは深追いをしないことを決定した。
「……了解しました!」
無茶をしてでも追うという選択もあり得ると思うのだが、マルコには何か考えがあるように思える。
そのため、ベルナルドも兵たちのことを考えてマルコの指示に従うことにした。
「軽傷の者は治療後警戒を続けろ!! 重傷者の手当てを!!」
「「「「「はっ!!」」」」」
これまでの戦いで無傷の者などほぼいない。
みんな少なからず怪我を負っている。
しかし、一応帝国が何か仕掛けてくるかもしれないため、警戒を解く訳にはいかない。
軽傷者に警戒を任せ、他は重傷者の治療に当たることにした。
「マルコ……」
「ロメオか……」
夜になり、マルコは防壁の上に登り、黙ったまま巨大なクレーターのある場所へ目を向けていた。
1人でこんな所にいて不用心だが、帝国も夜襲をかける余裕もないだろう。
ティノなら何か脱出方法があるかもしれないという思いもあるが、いくらティノでもあの状態から逃げ出せるはとは思えない。
多くの帝国兵と共に、大規模爆炎魔法で跡形もなく消えてしまった可能性が高い。
ティノ自身からの指示があり、勝利を得るために覚悟したとは言っても、やはり尊敬する育ての親ごと吹き飛ばしてしまったことが良かったのかと頭の中で渦巻いていた。
そんなマルコの所へ、生まれたばかりの息子を守るために傷を負わせてしまった親友のロメオが、若干ふらつくような足取りで近寄ってきた。
どうやら意識を取り戻したようだ。
「……大丈夫なのか?」
「何とかな……」
ティノの輸血技術によって命を取り留めたといっても、マルコの攻撃で大量出血する大怪我を負ったことに変わりはない。
意識を取り戻したばかりなのに歩き回るなんて、無茶も良いところだ。
輸血したからと言っても、まだ貧血気味で顔色も良くないではないか。
言葉とは裏腹に大丈夫そうには思えない。
「それより……聞いたぞ。先生のこと……」
「……そうか?」
ティノに戦闘技術や学問を教わったのはマルコだけではない。
ロメオもティノから多くのことを師事した。
親代わりのマルコと比べるのもどうかと思えるが、ティノを失ったと知った時の喪失感は同じだと思っている。
恐らく落ち込んでいると思い、マルコのことを探していたのだ。
「そうか、先生が……」
「あぁ……」
大きなクレーターを2人で眺めつつ、マルコはティノの最期のことをロメオへ話した。
残り僅かな魔力を使っての念話による指示。
それを実行することが、王国の勝利する確率を上げる手段だった。
「最期までマルコのために戦ったんだな……」
「何であそこまで……」
昔からティノはマルコのために動き回っていた。
隣国の貴族の子とは聞いていたが、まさか友人のマルコが1国の王になるとは夢にも思わなかった。
その下準備もティノによるものだ。
最期は命を差し出してまでマルコのために戦ったことに、親の鏡という思いもあるが疑問も浮かんで来る。
所詮マルコは拾った子供。
ティノとは血のつながりはないはず。
いくら育ての親と言っても、命を懸ける必要は無かったはずだ。
「なぁ、ロメオ……」
「何だ?」
「ティノ様は逃れる方法があったのかな?」
考え出すと色々なことが頭に浮かんで来る。
懐かしいティノとの思い出だ。
自然と涙があふれてきたマルコは、答えは分かっていてもロメオに確認をしたくなった。
「魔力が無ければいくら何でも無理だろ……」
マルコの心情を察してか、ここで変な慰めをするべきではないと判断したロメオは、自分の考えを述べていく。
ティノが転移できるといっても、魔力があってのことだ。
それがなければ、大規模魔法から逃れられるとは思えない。
「……俺は間違ったのかな?」
ティノならもしかしたらという思いもあったが、ロメオの言うことが尤もだ。
そうなると、王国の勝利のために大規模魔法を放ったのは間違いだったのではないかと思えてくる。
「先生が出した指示だ。間違ってないんじゃないか?」
「そうかな……?」
マルコがティノを使って最初からそうするように考えていたのなら、いくら仕える身とは言っても、友としてぶん殴っていたかもしれない。
しかし、ティノが望んだことを実行したのだから文句なんてつけようがない。
だからロメオはマルコを攻めるつもりはない。
「「よくやった!」って言ってくれたんだろ?」
「あぁ……」
「じゃあ、このまま進むしかない」
最期にティノが念話で言った言葉。
それが示していることなのだとロメオは思う。
マルコが王として完全に独り立ちできたのだと、ティノはきっと笑みを浮かべていたはずだ。
独り立ちしたのだから、このまま進むしかない。
「そうだな……」
ロメオに言われて、マルコとしてもなんとなく胸のつかえがとれたような気がしてきた。
ようやく5分だが、ティノはまだもう1つ置き土産をしていっている。
恐らくヴィーゴはまだそれに気づいていない。
「悲しむのはひとまず今日だけだ。今後はこれまでの鬱憤を帝国に返す!!」
兵数が5分なら、後は兵同士の勝負になる。
帝国兵も強いが、ティノの置き土産を知ればそれもすぐに何とかできる。
ここからは王国の反撃だ。
「よし! じゃあ、俺も参戦するぞ!」
「バカ言うな! 休んでいろ! 王命だ!」
「ぐっ! 分かったよ……」
休んでいたために、自分はこの戦いで何もしていない。
そのため、ここからの反撃に参戦しようと思っていたロメオだが、マルコの冷静なツッコミで何も言えなくなってしまった。
「ティノ様……必ず勝ちます!」
話を終えてロメオと共に防壁から下りる前、マルコは最後にもう一度クレーターを眺め、誓うように呟いてから階段を下りて行ったのだった。




