第255話 別れの言葉
「奴の魔力はもうない。殺せ!」
「ワラワラ集まりやがって……」
魔力が切れたのを見越して帝国の兵は、仲間を押し退けるようにティノへ攻撃をしてくる。
奪った剣で斬っても斬っても、欲にくらんだ者たちは止まらない。
大量の魔力を使用した反動で、疲労感が重くのしかかっているティノには剣技だけで対処するのも辛くなってきた。
「ガァッ!!」
「お前もかよ!?」
生き残った魔獣も、まだ倒しきれていない。
帝国兵共々ティノを倒そうと、拳を振り回してくる。
魔獣の方も魔力が尽きているのに、しぶといことこの上ない。
「まずはお前だ!!」
一撃の恐ろしさを考えると、魔獣を始末するの方が得策。
ティノは帝国兵から少し離れて、魔獣が来るのを待ち受けた。
「グルァ!!」
「そんな体にされて可哀想な気もしないでもないが……」
予想通り、魔力の尽きた魔獣は何の工夫もなくティノへ襲い掛かってきた。
そんな魔獣を見ながら、ティノは小さく呟き始める。
“ズバッ!!”
「どうせ元に戻れないのだから、この場で死んでくれ」
「……グ、グルァ……」
迫り来る魔獣と交差するように通り過ぎたティノの剣には、赤い血が滴る。
軽く振ってその血を落とすと、魔獣は右腹から左肩まで斬り裂かれ、血しぶきを上げて崩れ落ちて動かなくなった。
帝国によって奴隷にされ、最期は人の形を成していない。
何の罪もない少年がこんな形で人生を終わらせるなんて、とてもではないが許しがたい。
「今だ! やっちまえ!」
魔獣の死体を見て不憫に思っていたティノだが、それも少しの時間しかできなかった。
そんな時間を取っている間もなく、帝国兵が雪崩かかって来たのだ。
「チッ!『……まだか?』」
帝国兵が迫る中、ティノはあることを待っていた。
しかし、まだ時間がかかるような気配に舌打ちしつつ、これまで通り帝国兵たちをを相手にすることを続けた。
「魔導士部隊用意はできたか!?」
「「「「「はい!」」」」」
メテオストライクによる暴風により、防壁内にいたにもかかわらず多くの怪我人が出た。
風によって飛んできた石などによって、どこかを切ったり、骨にヒビが入ったりなどした者ばかりで、重い怪我を負った者がいなかったのが幸いだ。
怪我人は治療に向かい、残った者たちで立てた策を実行することになった。
ルディチ王国の国王マルコは、育ての親であるティノのことを心配しつつも、兵たちへ指示を飛ばす。
マルコの指示によって、王国の防壁の上には魔導士部隊が集まっていた。
「魔法陣は頭に入っているか!?」
「「「「「はい!」」」」」
これから始める王国の反撃。
一気に敵兵を減らすには、先程帝国がティノ1人を倒すために放ったのと同じことをやり返すだけだ。
集団の魔力を集結した大規模魔法。
ティノの存在により、多くの敵兵がこの防壁のことに注意が向いていない今がチャンス。
この機を利用し、魔導士たちを使い切るつもりで事に当たるつもりだ。
ティノが待っていたのはこれだ。
魔獣や帝国兵と戦いながらも、王国側の動きを感じていた。
これから行うであろう攻撃が決まれば、ようやく数の上では五分に持って行けるかもしれない。
「マルコ様! もうすぐ発射することができます!」
王国軍の隊長のベルナルドも何としてもこの攻撃が成功する所を目にしたいと、完治していない状態のまま防壁に上がってきた。
この結果が勝敗を左右する。
後は魔法を放つ位置とタイミングをマルコに委ねるだけだ。
「よし!! ティノ様が離れた瞬間に容赦なく放つぞ!!」
「「「「「ハイッ!!」」」」」
ティノを倒せと、帝国兵は1ヵ所へと集まっていっている。
そここそが敵兵を討つ最大の成果を果たす位置。
しかし、それではティノまで巻き添いになってしまう。
ティノが離れるタイミングを見計らい、帝国軍に大打撃を加える。
それを成功させて勝利する。
マルコはそのチャンスを見逃すまいと、全神経を集中する。
【マルコ!!】
「っ!?」
全神経を集中していたからか、マルコはティノが一瞬こっちを見たような気がした。
そして、自分を呼んだ気がして反射的に耳に手を当てる。
しかし、空耳だったようで、続く声は聞こえてこない。
「…………ティノ……様?」
集中を切らしてはいけないと、ティノへの視線は外していない。
魔力が切れても帝国兵を減らしていく剣技には恐れ入る。
しかし、いくらティノでも魔力無しで無傷でいることはできない。
細かいながらもジワジワ攻撃を受けて行っている。
それを見ていると、先程の声も幻聴だったのか疑わしく思えてきた。
【やれっ!!】
「っ!?」
心が乱れるのを抑えてティノを追い続けていると、また聞こえて来た。
今度は確実にティノの声だと理解する。
そして、その内容に一気に顔を青くした。
短い言葉ながらも、今の状況でティノとマルコの関係ならすぐに理解できる。
つまりは、自分ごと帝国兵を蹴散らせということだ。
「いやっ……」
「マルコ様……?」
恐らくは搾りかすのような魔力を使っての念話だろう。
帝国兵に群がられたティノが、魔力無しで脱出するのは恐らく不可能。
そのことは頭で分かっていても、マルコはどこか納得できていなかった。
生まれてすぐに殺されかけた所を救ってもらい、何の見返りもなく多くの知識と戦う術を教えてくれたティノ。
国王になってからも、密かに動いてくれていたのはアドリアーノの態度から察していた。
感謝してもしきれない存在のティノを、王国の勝利のためとは言え巻き添いにする事などできない。
ティノの念話はマルコにしか届いておらず、側にいるベルナルドはマルコの様子の変化を不思議に思い始める。
【やれっ!!】
「……………………」
マルコが体中に冷たい汗を流し躊躇っていると、更に強い口調でティノの念話が届いてきた。
その念話が届き、マルコは拳を強く握りしめた。
そして、これまでのティノとの思い出が頭を駆け巡り、無言で大粒の涙を流し始めた。
「…………マルコ様?」
そんなマルコの様子に、ベルナルドは心配の声をあげる。
何があったのかは分からないが、どこか体調が悪いのではないかと思えてきた。
「クッ!!」
ベルナルドの思いなど知る由もなく、マルコは涙を拭いて目付きが変わった。
「魔導士部隊!! 放て!!」
「「「「「ハッ!!」」」」」
マルコの指示を受け、魔導士部隊は大規模魔法を発動させた。
それにより、ティノを中心とした大多数の帝国兵が集まっている場所へ巨大な魔法陣が出現した。
「マルコ様……」
「ティノ様から念話が届いた。自分ごとやれという内容だった……」
魔法陣が出現してしまったら、転移のできないティノですらもう逃げようもない。
マルコが育ての親のティノを慕っていたのは、ベルナルドも分かっている。
ベルナルドには念話は聞こえていなかったが、先程までのマルコの様子がおかしかったのはそれによるものだと理解した。
しかし、ティノの指示でも2人の関係上マルコが受け入れるとは思わなかった。
「ティノ様は最初から仰っていた……何があっても勝利を目指せと……」
今日の戦いに出る時、ティノはマルコに言っていた。
そのことはこれのことだと理解したマルコは、そのときした返事のように受け入れるしかなかった。
「王国が勝つためには帝国の兵を減らすことだ!! 俺は国王として国民を守るためにティノ様を犠牲にしても勝たなければならない!!」
戦場に広がった大規模な魔法陣がどんどんと光を増していく。
発動寸前の状況で、マルコは自分を鼓舞するように決意を叫び始める。
まるで、ティノへ王としての姿を見せるように……。
【よくやった!】
「っ!!」
魔法陣の光が一気に膨れ上がった瞬間、マルコに念話が届く。
子供の時、マルコが成果を1つ上げるたびに、ティノは頭を撫でて褒めてくれた。
その時よく言ってくれた言葉が届いた瞬間、マルコは自然と滂沱の涙を流すことになった。
“カッ!!”
一瞬視界を失うような光が起きた後、魔法陣は大爆発を起こした。
巨大な爆炎と共に魔法陣内にいた者は一瞬にして消え去ったのだった。




