第252話 同士討ち
「ガアァーー!!」
「おっと!」
これまで同様に、魔獣と化した奴隷の片方が力任せに拳を振るってきた。
魔力によって身体強化された拳は、簡単に人を殺せる威力をしている。
体が元に戻ったティノでも、直撃すれば大きなダメージを負ってしまうかもしれない。
そのため、ティノは後方に飛んで迫り来る拳を躱す。
「グルァー!!」
「危なっ!!」
躱したティノへもう片方の魔獣が接近する。
これまた危険な拳をティノへと放ってくる。
先程の攻撃を躱すために飛び、着地をした瞬間を狙っていたかのような一撃だ。
その攻撃を受けまいと、ティノは風の魔法を使って着地地点をずらし、攻撃をギリギリ躱すことに成功した。
「グゥ……」「グル……」
「思ったより頭を使っているな……」
連携の攻撃を躱されて、2体の魔従は悔しそうに唸り声を上げる。
魔獣に変化させられて、考え無しに力任せの攻撃をすることしかできないと思っていたが、思っていたよりも理性は残っているのだろうか。
「しかし……、やっぱり元に戻った方が動きやすいな」
片腕がなくなり、魔力操作もあまりしっくり来ていなかった。
たったそれだけで、この2体の魔獣には痛手を負わされた。
しかし、さっきの攻防のやり取りを考えると、思った通りの魔力操作ができるようになった。
「これなら何とかなりそうだ……」
「「ガアァーー!!」」
ティノの勝てると言いたげな独り言が聞こえたのか、魔獣の2体は二手に分かれてティノへと迫る。
先程の攻撃を躱されたことで、ティノが危険だと判断したのか、直線的に攻めるのは良くないと思ったのだろうか。
片方がティノの視野範囲ギリギリを動き、もう片方が死角へと入るように移動している。
「ガアァー……」
「んっ?」
視野に入っている方が、ティノに接近してくる。
そちらに警戒をしていると、その魔獣は途中で停止して左へと飛んだ。
「だろうな……」
「「っ!?」」
左へ飛んだ魔獣へティノが視線を送った瞬間、背後からもう片方の魔獣が殴りかかって来ていた。
完全にティノの死角からの攻撃であり、2体の魔獣は勝利を確信した。
しかし、ティノはその攻撃を難なく躱す。
予定通りの死角からの攻撃を躱され、2体の魔獣は驚きで目を見開く。
『魔力探知のことを知らないのか?』
驚いている魔獣に、ティノは違和感を感じる。
身体強化をおこなって戦っているのに、魔力を探知する方法を知らないかのような作戦だ。
『そう言えば、子供だったっけ……』
その答えはすぐに思い至った。
魔獣の製造方法は成人前の子供が条件になっている。
つまり、魔獣へ変化しても、中身は戦闘方法をちゃんと教わっていない子供のままなのだろう。
魔力を操作する技術は練習していても、探知のことが分からないのはそう言うことだろう。
「ガアァーー!!」
「ほらほらこっちだ!!」
とんでもなく速い移動速度にも何とか対応できている。
魔獣たちの攻撃が繰り返される中、ティノはある方向に向かって2体の魔獣を誘導し始めた。
「なっ!?」「バカ!!」「こっちに来るな!!」
“ドンッ!!”
ティノが誘導したのは帝国の兵たち作っている列だ。
魔獣たちに任せて自分たちは見ているだけのつもりだったのだろうが、高みの見物とは良い身分だ。
しかし、その余裕をかましていた帝国兵の所に、ティノを追いかけてきた魔獣が迫り来る。
そして、ティノと魔獣の接近に帝国兵が戸惑う中、ティノに放った攻撃が地面に衝突し、大爆発を巻き起こした。
「ハハ……、思った通り動いてくれるとはありがたい。帝国兵は減らさないとな……」
魔獣が地面を殴っただけで、帝国兵の数人が一気に戦闘不能に陥った。
衝撃の近くにいた者は命すら失ったことだろう。
その結果を見て、ティノは楽しそうに笑みを浮かべる。
まさかこんなに上手く乗ってくれると思ってもいなかったからだ。
「おっと!」
“ボンッ!!”
「ギャッ!」「ぐあっ!」「うあっ!」
片方が躱されればもう片方が攻める。
他の帝国兵たちの方へ逃れたティノを追って、もう片方が攻撃を放つ。
それもティノは躱し、またも数人の帝国兵が吹き飛んだ。
「この化け物っ!!」
「グッ! グルル……」
仲間の兵をやられて怒りを覚えた一人が、魔獣の片方に向かって火球の魔法を放つ。
背中に直撃した魔獣は、火球の攻撃が痛かったのかその兵士のことを睨みつける。
「なっ……なん……」
「ガアッ!!」
“ボンッ!!”
「ぐあっ!!」
睨みつけられた兵士は、奴隷であるはずの魔獣が敵対心を持っていることに違和感を覚える。
そして、魔獣に対して腰が引けながらも、また魔法を放とうと手を向ける。
しかし、自分への攻撃に反応した魔獣は、もう一度火球が放たれる前にその兵士を消し飛ばした。
「ひ、ひぃ……」
「グルァ!!」
「ペギャッ!!」
目の前で仲間が無残な姿へと変えられ、恐慌状態に陥った兵が同じく魔獣へ魔法を放とうとする。
しかし、そんなことはさせまいと、もう一体の魔獣がその兵士を殴り飛ばした。
そこからは次々と連鎖していく。
自分に魔獣が攻撃してくるのではないかと疑心暗鬼に陥った兵が、魔獣を止めようと攻撃しようとして魔獣たちにやられる。
「な、何をしているんだ!?」
「馬鹿どもが!!」
「貴様らはティノの相手だけしていればいいのだ!!」
急に帝国兵に襲い掛かった魔獣に、後方で待機していた将軍たちは焦りの声をあげる。
現在早々に倒すべきはティノ。
魔獣が存在しているのは、そのティノへの対抗手段としての役割以外に他ならない。
強力な隷属を強制するために付けた奴隷紋は、本来ヴィーゴの指示以外を受け付けない。
将軍たちの指示に従うように言われているだけで、仲間の帝国兵に対して攻撃をしてはいけないなどと言う条件は課せられていない。
そのため、邪魔をしてくる帝国兵すら敵と判断したのだろう。
それも将軍たちによって止められた。
「グルㇽ……」「ガアァ……」
「チッ! もうちょい減らしてほしかったな……」
将軍たちの指示を受け、魔獣たちはようやく帝国兵への攻撃を止めた。
数が自慢の帝国兵を、あの魔獣たちが勝手に始末してくれればこれほど楽なことは無い。
上手いこと魔獣が暴れ回るように仕向けたというのに、将軍の指示で止められてしまったことにティノは残念そうに舌打ちする。
「ガアァーー!!」
「っと! このっ!!」
「グッ!!」
帝国兵への攻撃を止め、改めてティノを視界に入れた魔獣は、すぐさま地を蹴りティノへと迫る。
地を蹴った衝撃でもう数人の帝国兵が怪我を負ったが、魔獣は気にすることはない。
そんな魔獣に対し、ティノも自ら距離を詰める。
そして、そんなティノに魔獣は蹴りを放ち迎え撃った。
その蹴りをギリギリで躱し、ティノはカウンターで殴りつけた。
「魔獣化して防御力まで上がってんな……」
ナックルダスターを付けた拳が魔獣の腹に直撃するが、魔獣は少し表情を歪めただけでたいしてダメージを受けていないようだ。
『違うな。俺の魔力が減ってんのか……』
その結果に、ティノは内心納得した。
体の方は元に戻って思った通りに動かせる。
しかし、片手の時と両手に戻す時に魔力をかなり使ったことで、魔力はかなり減っている。
そのせいで、身体強化に使う魔力をセーブしている状況だ。
なので、思ったよりもダメージが与えられていないのだろう。
『それに引きかえ……』
「ガアッ!!」
「っ!!」
まだまだ帝国兵が残っていることを考えると、魔力をセーブしながら戦わなければならないティノとは違い、段々と魔獣の攻撃は鋭くなってきている。
それを肌で感じたティノは、殴った方とは違う魔獣の攻撃を躱す。
しかし、その攻撃を完全に躱すことはできず、僅かに服にカスって破けた。
「……皮肉にも、俺の足が馴染んできているってのか?」
どうやらこの考えが正解らしい。
ヴィーゴに斬られたティノの足が移植されて、それほどの時間が経過していない。
歩行できるだけでもたいしたものだが、魔獣化してティノの足が馴染んできているのかもしれない。
自分の足でありながら厄介なことになってきたことに、ティノはどうしたものかと考えを巡らせることになった。




