第250話 玉砕
「待ってろ! すぐに回復を……」
「「ガアァーー!!」」
マルコを庇って魔獣の攻撃を受けてしまったパルトネル。
結果的にマルコを守れたことを確認して安堵したからか、血を吐いてから脈が弱くなっていく。
危険な状態に陥っていく自分の従魔に、マルコは慌てて回復薬を取り出そうとする。
しかし、マルコの殺害を指示されている魔獣の2体は、マルコのことを殺すために襲い掛かる。
「「「「「ハッ!!」」」」」
「「ッ!!」」
パルトネルを回復させようと処置をしているマルコへ、魔獣の2体が迫るのをベルナルドたち王国兵は何もしないわけがない。
迫り来る魔獣へ向けて、大量の魔導士による強力な魔法が放たれる。
多くの人間の魔力を集めて放たれたその魔法は、先程マルコが放ったのと同程度の威力が込められている。
先程食らって痛い目に遭ったことを覚えているからか、その魔法を躱すためにマルコへの接近を止めて後方へ飛び退いた。
「マルコ様!! 今のうちに……」
折角の強力な魔法も不発に終わってしまった。
しかし、狙いは魔獣をマルコへ近付けないこと。
たったそれだけのために、大量の魔導士が魔力切れ寸前になってしまった。
指示を出したベルナルドは、それをもったいないことをしたとは思わない。
これでマルコが魔獣たちの攻撃を受けずに済んだのだから。
そして、その結果を受けて、ベルナルドは気を失っているパルトネルと共にマルコ引くように言う。
「しかし、それではお前たちが……」
助けられたことは感謝する。
しかし、このまま魔獣を放置しては完全に王国の敗退が決定してしまう。
それに、自分が逃げてしまえば、自分勝手に飛び出した自分の代わりにベルナルドたちが危険にさらされてしまう。
「王を守るのが我らの役目です! それに、ここで散れるのなら本望です!」
「駄目だ!!」
ティノを倒す程の魔獣を相手にしては、とてもここにいる人間だけで倒せるとは思わない。
恐らく、王国の全てをかけてようやく倒せるレベルの化け物だ。
そして、あの魔獣を倒せようと、多くの帝国兵が残っている。
完全に敗戦濃厚の状態だが、ベルナルドはマルコが生き残ればそれで構わない。
マルコが生き残れば、いつかは帝国を抑えることができるかもしれない。
その思いから、ここで死を迎えることを覚悟して、ベルナルドは多くの部下と共に魔獣へ挑もうとしたが、マルコはそれを良しとしない。
自分の全力の魔法を受けてもたいした怪我をしないような魔獣を相手にすれば、ベルナルドたちは助からない。
王の立場として、1人逃げることなんてできるはずがない。
「……失礼!!」
「がっ!? ……な、何を……?」
逃げようとしないマルコと、今ここで討論している暇はない。
素直に逃げないというなら無理やりにでも避難してもらうしかない。
魔力が大幅に減り、たいして抵抗できないマルコに対し、ベルナルドは土魔法により手足を拘束する。
「ヤコボ!!」
「……了解!!」
王であるマルコにこんなことをすれば、不敬と言われるのは分かり切っているが、どうせここで散らせる命だ。
不敬と言われようと、マルコを救えればたいしたことではない。
手足を拘束されて何も出来なくなったマルコをヤコボの隊に任せて、ベルナルドは魔獣たちへと目を向けた。
その顔は、これから死ぬかもしれないというのに僅かに笑みを浮かべていた。
そのベルナルドの表情を見て、ヤコボは何を思っているのかを理解する。
マルコの父親であるフランコ。
幼少期に彼に命を救われ、ベルナルドは懸命に訓練に励み強くなった。
しかし、その恩人であるフランコと妻のアイーダを救うことができなかった。
しかも、その2人の赤ん坊であるマルコまでもを救えなかったと分かったあの時、自分の無力さにベルナルドは自害することも考えた。
アドリアーノに誘われ、ルディチ家の復讐に助力をしていたが、心の中ではポッカリと穴が開いている気分だった。
それがティノによってマルコは救われていたということを知って、完全に自分の考えは決定した。
いつでもマルコのために命を捨てる覚悟を持って生きるということを。
「お前ら全力を尽くしてマルコ様の避難を成功させろ!!」
「「「「「おぉ!!」」」」」
彼についている部下たちも、ベルナルドの覚悟は知っている。
ベルナルドの強さに憧れた部下たちは、彼と同じ考えを持って生きて行くことを決意した者たちだ。
マルコのために散ることができるということを理解したからか、ベルナルドの表情は生き生きしているようにすら思える。
「魔法を放ちまくれ!!」
「「グウゥーー!!」」
ベルナルドの指示を受けた部下たちも、その指示に従い後のことなど考えないで全力を尽くす。
玉砕覚悟の集中攻撃に、魔獣たちも無闇に攻め込むことができない。
「おのれ!! そんな奴らは構わずマルコを狙え!!」
「「ガウッ!!」」
ベルナルドたちの奮闘により、マルコとパルトネルを連れたヤコボたちが防壁内へと避難しようとしていた。
それを見た将軍たちは、ベルナルドたちの相手よりマルコを仕留めるように魔獣たちへ指示を出す。
その命令を受けた魔獣たちは、飛んで来る魔法を受けながらもマルコの方へと向かおうと走り出す。
魔法が当たり、さすがの魔獣たちも顔を歪める。
しかし、それも僅かに数秒。
その痛みもお構いなしというように、どんどんマルコとの距離を縮めていった。
「行かせるか!!」
「「っ!!」」
このままではマルコの方に行かれてしまうと判断したベルナルドが2人の魔獣の前に現れ、持っている大剣で斬りかかった。
流石に剣による攻撃をまともに受ければ大怪我をしてしまう。
そう判断した魔獣たちは、後方へ飛んでベルナルドの攻撃を躱した。
そして、後退した魔獣へ向かって間髪入れずに魔法が襲来する。
「「ぐっ!!」」
一発一発の魔法は受けても大怪我を負う程ではない。
しかし、全弾に込められている魔力はかなりのもの。
足の止まった所で受けた一発から、何発もの魔力弾が次々当たり、魔獣をその場に釘付けにすることに成功した。
その間に、マルコを連れたヤコボは防壁内へと戻ることに成功した。
「申し訳ありません! マルコ様……」
「……いや、仕方ないことだ……」
防壁内へ入り、ヤコボはマルコの拘束を解いてすぐさま謝罪の言葉と共に頭を深く下げた。
ベルナルドたちを置いて来てしまったことは悔しいが、戻ってしまったのならもう切り替えるしかない。
「マルコ様!!」
「っ!? パルトネル!!」
ここまで連れてくる間に、ヤコボの部下たちは薬による回復を試みていた。
しかし、いくら飲ませたり掛けたりしても、パルトネルが目を覚まさない。
傷は治っていると思われるのに、呼吸をしていない。
「パルトネル……」
パルトネルに近寄り、マルコは名前を呼ぶが反応しない。
脈を計るが、全く感じられない。
それが分かってマルコは理解した。
子供の時から一緒に過ごしてきたパルトネルは、もう2度と目を覚ますことは無いのだと……。
恐らく、パルトネルがマルコを助けられたと確認した時にはもう助からなかったのだろう。
大好きだった従魔の死に、マルコは自然と涙があふれてきた。
「「「「「ぐあっ!!」」」」」
「っ!! みんな……」
パルトネルの死は悲しいが、今は泣いてばかりいられない。
外から仲間の悲鳴のような物が聞こえて来たことで我に返ったマルコは、すぐさま防壁の上へと足を運んだ。
そして、外の光景を見てマルコは力が抜ける。
自分を守るために魔獣の相手を買って出た多くの兵たちが、全力を尽くしたのも虚しく倒れ伏していた。
人としての形が残っているのはまだ良い方かもしれない。
魔獣の強力な攻撃を食らい、四肢が吹き飛んでいる者が大多数だ。
「くそっ!!」
「駄目です!! 今また出て行ったら、彼らはただの無駄死にです!!」
あまりの惨状に言葉が出ず、今も一人が殺されそうになっている。
それを、ただ黙って見ていることが我慢できず、マルコはまたも飛び出そうとする。
しかし、それをヤコボが止めに入る。
ヤコボ自身、仲間が死んでいっているのを助けに行きたい。
しかし、ベルナルドに頼まれた以上、マルコのことを守らなくてはならない。
そのため、マルコ同様に飛び出したい気持ちを必死に抑えている。
「マルコ様は仲間があの化け物を倒すのを信じて待つしかないのです!」
「クッ……」
魔力をほとんど使った上に従魔を失った今のマルコでは、死にに行くようなものだ。
そのため、マルコはヤコボの言う通り信じて待つしかなくなった。
「グル……」「ガァ……」
「おのれ、化け物め……」
これまで必死に戦ってきたベルナルドたちだが、もう残りは少なくなってしまった。
兵たちによる魔法攻撃を受けて更に傷を負ってはいるが、それもたいしたことではないように魔獣たちは動き回っている。
逆に傷だらけのベルナルドは、片膝をついて恨み節のように呟いた。
「逃げろ!! ベルナルド!!」
ほとんどの兵を倒し、動ける残りはベルナルド一人になった。
メインディッシュは残しておいたと言うかのように、傷だらけで動けないベルナルドへ目を向けた魔獣たちは、ゆっくりとそちらの方へ歩き出した。
もう戦う力も味方もいない。
無理とは分かっていても、マルコはベルナルドへ逃げるように叫ぶ。
「ここまでか……」
全力を尽くし限界以上の力を出したが、魔獣の片方だけも倒せなかった。
魔力も底を付き、これ以上戦えないと分かっているベルナルドは諦めた。
しかし、マルコは防壁内に戻すことには成功した。
後はヤコボに任せるしかない。
恩人の子であるマルコを救えただけで満足したベルナルドは、迫り来る魔獣によって死を与えられるのを待つことしかなかった。
「「ガアァーー!!」」
ベルナルドの前に立った魔獣たちが自分を殺そうと拳を振り上げたのを確認したベルナルドは、目を瞑ってそれが振り下ろされるのを目を瞑って待つ。
その時、
「王のくせに勝手に動くなんて、あいつは相変わらずバカなガキだな……」
「っ!!」
死を待つベルナルドは、幻聴が聞こえた。
そして、瞑っていた目を開くと、ちょうど俯いていた所の地面が隆起してきた。
“ドガッ!!”
「ガッ!!」「ゲッ!!」
その隆起した地面から何かが飛び出したと思ったら、そのまま魔獣の2人を殴り飛ばした。
「お前…………」
「…………ティノ様!!」
「何とか間に合ったな……」
思わず呟いたベルナルドや、認識する時間を僅かに空けて名を叫んだマルコと同様に、この場にいた人間全てが驚いた。
何故なら、地面から飛び出してきたのはティノだったからだ。
バラバラになったと思っていたのに、生きていただけでも驚きだが、
その出現したティノには、なくなっていたはずの右腕が付いていた。




