第249話 犠牲
「おさがり下さい!! マルコ様!!」
「マルコだ!!」「バカな……!?」
2体の魔獣の前に立ちはだかったのはマルコだった。
まさかの総大将の出現に、王国兵たちだけでなく敵である帝国兵たちまでもが慌てふためいている。
それもそのはず、もしもの時は最悪マルコだけでも逃がすために王国の兵たちは戦っているのにもかかわらず、その守るべき存在の人物が何故魔獣たちの前に立ちはだかっているのかが分からないからだ。
「殺れ!! 奴を殺れば我々の勝利だ!!」
「「「「「おぉーー!!」」」」」
この戦争における最高の賞金首が現れたことで、帝国の兵たちは目の色が変わった。
誰も彼もが目を血走らせ、魔獣たちの横を通り過ぎてマルコを殺そうと我先に走り走り寄っていく。
大勢の帝国兵が迫り来る中、マルコは冷静に魔力を練り魔獣たちのことを睨みつける。
「はっ!!」
「「「「「なっ!?」」」」」
練り上げた魔力によって、マルコのすぐ側で魔法陣が発動する。
その魔法陣から飛び出してきた生物に、走り寄って来る帝国兵たちは足を止めて急ブレーキをかける。
「ガアァー!!」
魔法陣から出てきたのは白狼。
危険な種類の魔物で、1頭でも数十人の集団で当たらないと倒せないほどだ。
「白狼ごときに怯えるな!! マルコ共々殺してしまえ!!」
「「「「「お、おぉっ!!」」」」」
普通の大きさよりもでかい体をしているが、所詮は白狼。
驚いて足を止めた帝国兵たちは、止めた足をまたも動かしてまたもマルコの首を獲ろうと接近を計り出した
「パルトネル!!」
「ガアァ!!【任せろ!!】」
帝国兵が接近して来るが、マルコは全く眼中にない。
マルコの従魔であるパルトネルに向かって、帝国兵の始末を頼んだ。
念話で了承の言葉を飛ばしたパルトネルは、口先に溜めた魔力を炎に変えて迫り来る帝国兵に向かって放射した。
「ぐあぁーっ!!」「あ、熱い!!」
パルトネルの魔法により、迫って来ていた帝国兵たちに火が燃え移り、阿鼻叫喚の地獄絵図へと変化した。
近くに迫っていた者程その被害は酷く、ほとんどの者が炭化して物言わぬ骸と化した。
その姿を見た者たちは、自分も同じようになりたくないと、折角の賞金首を目の前にしても動くこと躊躇いその場で立ち尽くすことしかできなかった。
「くそっ!! 白狼のくせになんて火力の魔法を……!!」
普通の白狼でも魔法を放ってくる事はあるが、パルトネルほどの威力で使って来るようなのは見たことがなかったからか、後方で眺めていた将軍の一人がイラ立つように言葉を吐き捨てる。
あんな火力の魔法を見せられては、兵が二の足を踏むのも仕方がない。
しかし、何を血迷ったのか、折角マルコが出てきているのだ。
何としても殺して、さっさとこの戦争を終わらせたい。
「おいっ、化け物! 奴を殺せ!!」
「「ガアァ……」」
兵士たちではどうにもならないと感じ取った将軍たちは、魔獣の2体を動かすことに決めた。
この魔獣たちも、ティノの肉体を利用して強化されていると言ってもどれだけもつか分からない。
もしも一般的な人造魔獣のように1日程度しかもたないとしたら、出来る限り使ってしまおうと考えた。
そのため、兵士たちを巻き込まないように動かないでいた魔獣たちを、またも動かすことに決めた。
「マルコ様!! お戻りください!! そいつらはティノ殿でも勝てなかった相手ですぞ!!」
「分かっている!! でも、一回だけなら……」
いきなりいなくなったと思ったら、いきなり敵の前に出て行ってしまったマルコに対し、ベルナルドが戻るように言って来る。
総大将が危険な最前線に出て行くなんて、無謀もいいところだ。
何としても防壁内に戻そうと、マルコを引き戻すために隊を率いて門から飛び出してきた。
そんなベルナルドの言葉に、マルコは何か自信ありげに返答する。
ベルナルドが言うように、ステータスが落ちていたとは言ってもティノが殺られた相手だ。
防壁に当たって巻き上がっていた煙が治まった場所には、共倒れした奴隷とティノの物らしき2体分の肉片が散らばっている。
恐らく魔獣の強力な攻撃で吹き飛んでしまったのだろう。
育ての親であり、尊敬する師匠の無残な姿に何もしないでいると戦う気力が完全に折れてしまう。
それに、ティノの遺体を手に入れられて、目の前の2体の魔獣のような危険な生物を作らせるわけにはいかないし、この魔獣を何としても倒さないとその時点で王国はきっと敗北する。
ならばと、マルコは賭けに出た。
「パルトネル!!」
「ガアッ!!」
「「っ!?」」
将軍の命令を受けた魔獣たちが動き出そうとした瞬間、マルコはパルトネルに声をかける。
詳細な指示を受けたわけでもないのに、パルトネルは分かっているかのように魔法を放つ。
高火力の巨大火球が飛んできたため、2体の魔獣はお互い別方向へ飛ぶことで回避する。
「ガッ!?」
二手に分かれた魔獣の片方に、身体強化したマルコは接近して剣を振る。
剣片手に迫ってきたマルコに驚きつつも、魔獣はその攻撃をバックステップで躱す。
躱した魔獣がもう片方の魔獣のことを確認すると、そっちにはパルトネルが迫り攻撃をしていた。
「ハァッ!!」
「っ!!」
一瞬視線を反らした間に、マルコはまたも魔獣へ接近する。
その攻撃も魔獣は躱す。
だが、躱されても躱されても、マルコは追いかけ続けて攻撃をする手を止めない。
マルコの全速力ともいえる移動と剣の速度に、隙がなかなか見つけられないのか、魔獣もなかなか反撃することができない。
それはパルトネルを相手している方の魔獣も同じで、枯渇を気にしていないかのように連発する魔法に回避一辺倒になっている。
「っ!!」「っ!!」
「ここだ!!」
マルコを相手にしていた魔獣と、パルトネルを相手にしていた魔獣が同じ方向に回避しぶつかり合う。
全部の攻撃を回避されながら、マルコとパルトネルはこの瞬間ができるのを待っていた。
思わぬ仲間同士での衝突で、2体の魔獣は動きが一瞬だけ止まった所を見逃さず、マルコは全力の魔力を込めた魔力弾を放出した。
“ドーーーンッ!!”
マルコの全力の魔力弾は魔獣たちに直撃した。
しかも、ちょうど帝国兵たちが作っている列の方向に飛んで行き、ついでに帝国兵も大量に巻き込んで大爆発を起こした。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
「ハッハッハッ……」
魔力の枯渇寸前まで込めた攻撃に、マルコは大量の汗と共に息切れしてふらつく。
何とか倒れないように立っているマルコの側に、同じく息を切らしたパルトネルが近付いていく。
「「グウゥ……!!」」
「っ!?」
突風が起きて、爆発して巻き上がった土煙が突然消え去る。
何が起きたのかとマルコが思っていると、消え去った土煙の場所には、マルコの攻撃が直撃した魔獣たちがいた。
どうやら、2体が高速で手を振っただけで土煙を消し去ったようだ。
「そんな……、全力の一撃が……」
生きていたことにも驚きだが、その姿を見たマルコは力が抜けて片膝をついて座ってしまった。
攻撃が直撃したにもかかわらず、魔獣たちは数か所から血を流しているだけでたいした怪我をしていなかった。
ティノと共に死んだ、手を移植した者とは違い魔法の技術がいまいちではあったが、身体強化についてはとんでもないらしく、防御力までもがとんでもなく上昇しているようだ。
まさかの結果に、マルコは賭けに負けたことを悟り呆けてしまう。
「お逃げください!! マルコ様!!」
「「ガアァーー!!」」
魔力が底をつき、立ち上がることも困難になったマルコに、多少痛い思いをさせられた魔獣たちは怒りと共に地を蹴った。
マルコを助けたくても、さっきまでの戦いに巻き込まれないように近付けないでいたベルナルドたちは距離が遠い。
せいぜい声をかけることしかできない。
そんな声が聞こえて来た時には、もう魔獣たちは目前まで近付いていた。
“バッ!!”
「っ!? パルトネル!!」
魔力もなく、立つことも出来ない。
せいぜい気を失わないように耐えることしかできないマルコが、魔獣たちの攻撃を受けてしまいそうになるなる寸前、マルコの前にパルトネルが立ち塞がった。
“ゴッ!!”
「マルコ様!!」
「ッ!!」「がっ!!」
辛うじて間に合ったパルトネルによって、マルコは攻撃を食らうことは無かった。
その代わり、攻撃を受けたパルトネルが吹き飛ばされ、その背後にいたマルコも巻き込まれるように飛ばされて行った。
運が良かった事に、飛ばされた方向がベルナルドたち王国兵たちがいた所だった。
ベルナルドたちは、驚きつつも飛んできたマルコたちを魔力の障壁で優しく受け止めた。
「クッ……!! っ!! パルトネル!! しっかりしろ!!」
「…………ゴフッ!!」
右手の骨が折れたが、マルコは何とか無事だった。
しかし、それよりも攻撃を受けたパルトネルのことが気になる。
なんとか、体を起こしてパルトネルの名を呼ぶが、パルトネルは全く動かなくなっていた。
辛うじて息をしているが、恐らく内臓がやられているのかもしれない。
マルコの姿が目に入ったパルトネルは、安心したのか大量の血を吐いたのだった。




