第248話 私憤
「ティノ様!! ティノ様!!」
城壁を大きくへこませて、土煙が巻き上がる方向へマルコは大きな声で話しかける。
魔獣たちの攻撃が直撃して、吹き飛ばされたティノの安否を確認するためだ。
しかしながら、マルコの声には何も返って来ない。
この戦争のために何重にも強化した防壁を、大きくへこませるくらいの勢いの攻撃を食らって生きている訳がないと、王国の誰もがティノの死を確信していた。
ティノの死をまだ受け入れられないのは、育ての親のティノが戦いでやられることは無いと思っていたマルコだけだ。
「マルコ様!! 今は帝国の兵に対しての対応を……」
ティノの死は信じられないし、信じたくもないが、今はそれどころではない。
止まっていた帝国兵の進軍が再開されたのだ。
もう数分の内には、昨日同様防壁への攻撃を開始することだろう。
それに対応しないと、あっという間に侵入されて王都が破壊されてしまう。
軍を任されているベルナルドは、ティノのことを気にするマルコを戦場に集中させるため、指示を出すことを求めた。
「くっ!!」
ベルナルドの言葉が耳に入ったマルコは、帝国兵が迫ってきている方角に目を向ける。
すると、その方角からは大量の兵による大きな足音が響いて来ている。
対応をしない訳にはいかないので、ティノのことを確認できないままマルコは出撃準備を待つ兵のもとへと向かうことにした。
「……敵兵が接近してくる。迎撃の準備をしろ!!」
「「「「「ハッ!!」」」」」
ティノが魔獣たちと戦っている時に、その戦いで多くの帝国兵が巻き添えで命を落とした。
とは言っても、数には自信のある帝国からすると、たいした数には思えない。
先行したティノなら相当数の敵を減らしてくれると思っていただけに、計算外の結果にマルコの内心は大いに慌てていた。
魔獣のことも考えると、少しでも国民を救うためには、この王都から出て他大陸へ避難を開始した方が良いかもしれない。
ギリギリまで応戦するか、それとも逃走に移るべきか悩みつつ、マルコは迎撃の命令を出すことを決断した。
「……ティノ様の仇を討つ!!」
出現した魔獣の強さを考えれば、とてもではないが王国側に勝ち目がない。
ステータスが下がっていたとは言っても、ティノを打ち倒す程の戦闘力を有している。
帝国が持っていた魔導砲でも所持していない限り、一矢報いることすらできはしないだろう。
それでも私憤に目がくらんでいるのか、マルコは逃走の選択肢が頭から消えてしまっていた。
「……思っていた以上に魔獣が使えたな?」
「えぇ、まさかティノを倒すことに成功するとは……」
ティノの手足を少年たちに移植することにした提案者である皇帝ヴィーゴは、右腕のダルマツィオと共に魔獣たちの戦果に驚きを覚えていた。
いくらティノの手足を移植したからと言って、こんなに上手くことが運ぶとは思っていなかったからだ。
魔獣化に耐えられるかも賭けだったし、成功しても良くてティノに怪我を負わせるくらいだと思っていたのだが、予想以上の結果に笑みを浮かべることが抑えきれない。
ティノの参戦で帝国側が苦戦することは想像できたが、所詮数で勝るこちらが勝利することは目に見えていた。
その苦戦の原因であるティノを倒した今、もう帝国を阻む者はいない。
「フフフ……。勝利が一気に近付いたな」
「左様で……」
ティノいない王国にはマルコ以外に脅威になり得る者はもう存在しない。
後はこれまで通り数によるゴリ押しで片が付くはずだ。
「ここからは将軍たちの好きにさせれば大丈夫だろう」
「えぇ、魔獣も好きに使わせて宜しいのですか?」
「構わん。ティノの死体から同様の物はいくらでもできる」
ティノという最大の邪魔がいなくなったため、ここからはどれだけの時間で王国が音を上げるかが問題になって来る。
将軍たちも好き勝手に戦うことができるだろうし、ヴィーゴが何かを指示する必要もなくなっただろう。
「……それにしても、ヴィーゴ様のもしもの時に用意しておいた転移の魔法を使ってしまわれるとは……」
「奴を仕留められれば置いておく必要のないものだったからな……」
ここからの進軍は各自の自由にするようにという将軍たちへの指示を部下に伝えに行かせ、ダルマツィオはヴィーゴへ称賛の声をあげた。
自身の安全のことを考えて、逃走用に転移魔法を使える者たちを側に置いておいたヴィーゴだったが、2体の魔獣化に成功したことで、絶好の好機と判断した。
ここでティノを潰すために、使えるものは全て使うことを決断し、転移用の魔導士たちを急いで戦場へ向かわせた。
将軍の中にはそれを上手く使える者もいたようで、上手いこと右腕を移植した者を転移させて、ティノの隙を作ったようだ。
これでもしもヴィーゴの身に何か危険なことが起きたとしても、転移で逃げ去る事は数日はできなくなっただろう。
しかし、その逃走が必要になるのは、ティノの活躍次第な所もあったので、それがなくなった今では心配する必要はない。
「これからはのんびり眺めさせてもらおう……」
もう心配事は何もなくなった。
そのため、ヴィーゴは王国が潰されて行く様をのんびりと眺めさせてもらうつもりだ。
「数の力には勝てないと分からないのか?」
帝国軍の接近に対し、王国側はマルコの指示によって迎撃をすることを選択した。
迫り来る帝国の兵に向かて攻めかかろうと、多くの兵が門から出撃し始めた。
その様子を見て、帝国の将軍たちは笑みを浮かべた。
ティノという化け物がいればかなり脅威に思えるが、それがいなくなったことで王国の脅威は完全に消失した。
このまま数で攻めかかれば、時間がかかっても王国を崩壊させることはできるだろう。
そのことが分からないマルコ王でもないはずなのに、迎撃に打って出るなんてティノがやられたのを見て相当なショックを受けているのが分かりやすい。
「諦めさせるにはあれを使うべきだな」
「あぁ……」
このまま雑兵にやらせてしまっても勝つことができるかもしれないが、それではやたらと時間がかかってしまう。
王国の兵たちをジワジワと潰していくというのも面白い部分があるが、ここまでの長い侵攻に飽きてきているという思いがある。
戦うのは早々に終わらせて、酒や女を奪う遊びに向かいたいところだ。
そのため、早々に敵の戦意を失わせてしまおうと、将軍たちはある者たちを使うことにした。
「行けっ!! 魔獣ども!!」
「ガァッ!!」「ウガッ!!」
ターゲットとなるティノを倒した魔獣たちは、命令を下した将軍たちのもとに戻っていた。
研究によって子供を魔獣化させることに帝国は成功したが、魔獣化した者を元に戻すことはできない。
魔獣化した者はいつまでその状態を維持できるか分からないため、このまま使わないで死んでしまったとしたらもったいない。
ならば使ってしまおうと、王国兵に向けて攻撃をするように命令を下す。
奴隷紋によって抵抗できない魔獣たちは、その命令に従い王国の防壁へ向かって飛び出して行った。
「なっ!?」
「魔獣が迫ってくるぞ!!」
2体の魔獣が飛び出したのは、防壁の上にいる兵たちには丸見えだ。
猛烈な勢いで魔獣が接近してくることを知らせるが、兵たちはどうしたらいいのか分からない。
「くっ!!」
「に、逃げろ!!」
ティノを倒す程の化け物を相手に戦って勝てる訳がない。
そのため、迎撃に出た王国兵たちは、逃げるという選択しか浮かばない。
帝国兵のことなどお構いなしに、出てきた門へ向かって逃走を開始しようとした。
「「っ!?」」
“ボボンッ!!”
王国の防壁前に到着した魔獣たちが、背中を見せて逃げて行く王国兵を襲い掛かろうとしたその瞬間、2体の魔獣に対して魔力球が飛んできた。
「お前たちの相手は俺だ!!」
その魔力球を放った本人は、その2体の前に立ち塞がり啖呵を切ったのだった。




