第247話 痛恨の一撃
「「ガアァーー!!」」
何かの薬品を注射された2人の少年は、姿をジワジワと変形させていく。
そして、その変化が終わった姿はオーガに近い。
しかし、そこいらにいるオーガなんかとは纏っている魔力の桁が全く違う。
まさに化け物と言ったような姿に変わった少年たちは、ティノへと目を向ける。
「魔獣化か……」
その姿を見たティノは、帝国の将軍が何をしたのかすぐに分かった。
以前、皇帝ヴィーゴに仕えていた闇魔法使いのチリアーコが開発した技術だ。
人間を魔物へと変化させるという、人を人とも思わない人体実験による産物だ。
今回の戦いでも奴隷たちにこの技術を使用していたが、こんなことが平気でできるのは帝国だけだろう。
「だから子供に移植したのか……」
「その通りだ!! 」
この技術には欠点がある。
それは、ティノの言ったように子供でないと魔物への変化に肉体が耐えられないということだ。
何度もの実験によって、成人(15歳)以上の人間に使用した場合、100%の割合で肉体が変化に耐えきれずに命を落とすことが分かっている。
かと言って、幼齢の子供に試した場合は脳に影響が出るのか、隷属の紋を刻んでいてもコントロールが効かないことが多い。
そのため、ティノの肉体を移植された少年たちは、12、3歳の比較的背の高い人間が選出されたのだろう。
魔獣化するために投与された薬物も、数百年の年月を生きたティノの肉体は耐えられるのか、少年たちは肉体の変化に耐えきることに成功したようだ。
「「ガアァーー!!」」
魔獣化しても隷属紋によって将軍たちの指示も通るらしく、ティノに目を付けた魔獣たちは魔力を高めて地面を蹴る。
「くっ!!」
地面が爆発したように弾け、魔獣と化した2人がティノへと接近する。
先程までもかなりの速度だったが、更に速度が上がったために、さすがのティノも焦りを覚える。
「危ねえな!!」
接近した2人は、ティノに対して攻撃をしかけてくる。
武器などは使用せず、単純な腕力による殴打だ。
武器無しで挑んでく来るというのは、魔獣化したことで感情が完全にはコントロールできていないのだろうか。
しかし、何の工夫もない攻撃とは言っても、速度が尋常じゃない。
ティノに迫る拳は風切り音からいっても、とんでもない威力を有しているのが分かる。
それを躱したティノは、当った時の事を考えると冷や汗が流れてくる。
しかも、そんな危険な攻撃をしてくるのは1体ではない。
丸太のように膨れ上がった両腕を、2体の魔獣がブンブンと振り回してくる。
攻撃を躱して距離を取ろうとするティノだが、2体の魔獣はすぐさま追いかけて攻撃してくる。
対処法を考える時間も与えてくれないようだ。
「片腕失ってステータスの落ちたお前がそいつら相手に勝てるかな?」
将軍たちは、焦った表情で逃げ回るティノに笑みを浮かべる。
魔導砲の攻撃すら防ぐティノが、追い込まれている姿が見られるなんて思っていなかったからだ。
「このっ!!」
攻撃を受ける訳にはいかないティノは、何とか逃げ回るだけでなかなか攻撃をすることができない。
しかし、このままでは倒すことができないので、手に持つ剣で反撃に出る。
“ガキンッ!!”
「なっ!? 剣が効かない!?」
迫り来る魔獣の一体にティノの振るった剣が当たるが、魔力に覆われた腕は硬すぎて剣が通らず、ティノの攻撃は弾かれて無駄に終わった。
「全身がパワーアップしているな……」
魔獣化する前は、移植したティノの足だけがとんでもない力を発揮していたのだが、魔獣化したことによって他の部分まで能力がアップしてしまっているようだ。
苦し紛れの攻撃では通じないほどの能力アップに、ティノはどうしたものかと悩み始めた。
片腕が欠損したままでステータスが落ちているティノでは、攻撃力が足らないようだ。
「貴様の肉体の耐久力が高いことが災いしたな!?」
「確かにな……。自分の肉体ながら面倒だ」
普通の少年を魔獣化させただけなら大したことないが、将軍の1人が言うように、まさか自分の肉体が移植されただけでこのような化け物が生まれてしまうとは思ってもいなかった。
自分で自分のことが化け物だと思えてきた。
「ぐっ!」
攻撃は危険だが、当たらなければなんてことない。
移動速度はティノの方が2人より上なので、隙を見て魔力を高めた攻撃を返せばいいとティノが考えた所へ、無警戒だった所から魔法が飛んできた。
ティノは飛んできた魔法を、何とか体を反らして躱すことに成功する。
「腕の奴か!?」
魔法を放って来たのは、ティノの腕を移植された少年だった。
2体の魔獣のことに気を取られて、彼のことは完全に頭から消え失せていた。
魔法が得意な彼は、魔獣化してしまってはその良さが消えてしまうからか魔獣化していない。
2体の援護をするのに理性的な方が良いと判断したのかもしれないが、その考えは正解だった。
「「ガアァーー!!」」
「ぐあっ!!」
魔法を躱して僅かに動きが止まったティノへ、2体の魔獣はダブルラリアットを繰り出してきた。
気付いた時にはもう躱すことは不可能で、ティノはその攻撃を食らって吹き飛んだ。
「ぐうぅ……」
「ティノ様!!」
吹き飛ばされたティノは、かなりの距離を飛んで何とか着地する。
そして、飛んできたティノに対してマルコが叫んだことから、王都の防壁の近くだと言う事が分かる。
「飾りの義手では威力は抑えきれないか……」
完全に食らったと思った攻撃は、義手で防御することでなんとか大ダメージを受けることを回避できた。
しかし、破壊された義手だけでは威力を抑えきれず、ダメージを受けたティノは口から血を流しながら回復魔法を自分にかける。
“バッ!!”
「なっ!?」
回復魔法に集中していたティノに、背後から何かが抱き着いた。
そのことに、ティノは驚いて背後に目をやる。
背後にいたのはティノの腕を移植された少年で、まさかの転移魔法で背後に出現したようだ。
自分でやったのか、他の人間によってなのかは分からないが、まさか転移して来るとは思わなかったティノは、羽交い絞めにされて完全に身動きができない状態へなってしまった。
「「ガアァーー!!」」
「っ!?」
吹き飛ばしたティノが、義手で防いだことを分かっていたからか、2体の魔獣はそのまま追いかけて来たらしい。
羽交い絞めにされているティノに接近し、完全無防備の腹へ拳を振ってきた。
「うごっ!!」
ティノの背後にいる仲間のことなんか関係ないと言わんばかりに振るわれた拳を受けて、ティノはまたも吹き飛ばされ、王都の防壁にぶつかって爆発を起こして大きな土煙を巻き起こした。
「ハッハッハ……」
「やったぞ!! あの化け物のティノを殺したぞ!!」
「おっと!! 死体は回収しろよ! 他にも移植して最強兵器の作成をしなければならないからな!!」
遠くから望遠の魔道具を使いつつ、将軍たちは笑いを上げる。
魔獣化した者たちが通用する所か、王国の最大戦力ともいえるティノのことを始末してしまった。
魔導砲の攻撃力もとんでもないが、それと同等程度の安上がりな兵器開発の成功に、笑いが止まらないといったところだろう。
これで完全に王国側を倒せると将軍たちは確信したようだ。
「そんな……、ティノ様が……」
魔獣の攻撃はとんでもない一撃だった。
それをまともに受けては、いくらティノでも立ち上がることは不可能だろう。
幼少期から見てきた無敵のティノが目の前でやられ、マルコは膝から崩れるように座り込んでしまった。
「ティノの遺体を回収したら一気に攻めかかれ!!」
「「「「「おぉーー!!」」」」」
マルコのことなどどうでも良いとでも言うかのように将軍たちの指示が飛ぶ。
もう勝ちが確定したと思っているのだろう。
その指示を受けた帝国兵たちは王都内に進入しようと、閉じられている門に向かって攻撃を開始し始めたのだった。




