第243話 襲撃
「策を潰されようと、こちらが勝つことに変わりはない」
一段高い台の上に乗り、立ち並ぶ将軍たちを見下ろしながら皇帝ヴィーゴは話始める。
昨夜の夜襲作戦が失敗してしまったが、それほど気にした様子はない。
本人が言っているように、数で勝る帝国が負ける要素が今のところないからだ。
「今日も数で攻めればいい」
奴隷兵は昨日の戦闘でほとんどやられてしまったが、帝国軍本隊はいまだに全くの無傷。
彼らが出るのはもう少し後になると思っていたが、思ったよりも王国軍は精強なようだ。
しかし、それも無駄な足掻き。
帝国軍は奴隷兵とは違い、戦闘訓練を積んで来たエリートだ。
将軍たちに任せれば、王国の兵たちなど相手にならないはず。
「行け!!」
「「「「「おぉぉーー!!」」」」」
いつものように数でねじ伏せて勝つ。
それだけ告げて、ヴィーゴは兵たちを戦場へと向かうように声をあげた。
ヴィーゴの言葉で士気が上がった帝国兵たちは、一気に王国の王都に向かって突き進んで行った。
「おい!」
「ハッ!」
将軍を筆頭として進んで行った軍を見送ると、ヴィーゴは側にいた兵に声をかける。
「次の奴隷兵の手配は住んでいるのか?」
「ハッ!! 後2、3日のうちに着くように手配されております!」
ヴィーゴの問いに、兵士の男は答えを返す。
「もう奴隷兵を手配なさっていたのですか?」
「あぁ……」
ヴィーゴと兵のやり取りを、右腕のダルマツィオは黙って聞いていた。
そして、ヴィーゴがいつの間にか奴隷兵を新たに手配していたことに驚く。
ダルマツィオとしては、帝国軍が動けば王国軍の勢いも次第に治まっていくと思っている。
そのため、奴隷兵の補充をする必要はないように思えた。
しかし、ヴィーゴはそのように思ていないのかもしれない。
「王国にはマルコがいるからな……」
「……失礼ながら、マルコ王一人居た所で帝国軍を抑えることなどできないのではないでしょうか?」
夜襲作戦を潰されたからという訳でなく、ヴィーゴはマルコのことを警戒している。
ただの貴族の子孫でありながら生後すぐに行方不明になり、成人して戻って来たら国を立ち上げ、王として名を上げた。
まさに吟遊詩人が喜びそうなサクセスストーリーだ。
しかし、ヴィーゴが警戒しているのはその戦闘力だ。
突如現れたドラーゴを瞬く間に倒したという話は、帝国にも響いている。
昔から自分以上の実力の持ち主を見たことがないヴィーゴは、自分と同等の実力を持つマルコこそが大陸制覇を成し遂げるための最後の難関だとずっと思っていた。
だからか、ダルマツィオの言うように、このまますんなり王国を潰す事が出来れば良いが、頭のどこかでそれを否定する思いが拭えないでいる。
「確かに、俺はマルコを過大評価しているかもしれない。しかし、もしものことを考えて行動することが勝つための鉄則だ」
「なるほど……。ご慧眼恐れ入ります」
昔から、勝利を確信した時こそ隙ができ、思わぬ痛手を負うと言われている。
どんなに有利な時でも、手を抜くことは自らの首を絞めることになりかねない。
それもあり、ヴィーゴは奴隷兵の補充を進めたのだ。
「それに、まだ俺に完全に従うかわからないとは言っても、将軍たちがやられたら困るからな……」
「なるほど……」
帝国の将軍たちの中には、ヴィーゴに完全に忠誠を誓っているように思えない者も存在している。
もしかしたら、反旗を翻そうと画策している者もいるかもしれない。
しかし、今の帝国で大きな反乱が起きないのは、彼らの存在が大きいからだ。
彼らを相手に反乱を起こせば、あっという間に鎮圧されるのが目に見えている。
そんな抑止力として使える将軍たちが、今回の戦いでもしも死なれれば、帝国の至る所から反乱の火が上がるだろう。
そんなことになったら、世界制覇への道が遠退くことになってしまう。
そうならないためにも、呼び寄せた奴隷兵は将軍たちの戦闘を楽にする役に立つはずだ。
「今日中に終わる可能性もあるが、無駄にはならんだろう?」
「そうですね」
奴隷兵を必要とせずに終わるなら一番良いが、必要となった時にいないのでは意味がない。
そのため、早々に手配していたヴィーゴの狙いに、感服したように同意したダルマツィオだった。
「……来たぞ! あれだ!」
ヴィーゴが手配した奴隷たちは、何台もの馬車によって運ばれていた。
そして、定期的に馬や御者を代え、休憩を取ることもなく長い道のりを突き進む。
荒野の道を通り、馬車は岩場の地帯へと差し掛かった。
その岩場の陰から、奴隷たちを乗せた馬車が通るのを待ちかねていた者たちがいた。
「行くぞ?」
「「「「「おぉっ!!」」」」」
リーダーらしき男の問いに、他の者たちも小声で返答する。
各々が取り出した弓に矢を番え、一気に引いて発射の合図を待つ。
「今だ!!」
左右を岩に挟まれた一方通行の道へ差し掛かった時、リーダーらしき男の合図を機に、大量の矢が馬車の御者とその護衛の兵たちへ殺到する。
「な、なんだ?」
雨のように降り注ぐ矢に、御者と兵たちのほとんどが成すすべなく命を落とす。
生き残った者たちも、突然の矢の攻撃に状況が掴めないでいる。
“スタッ!!”
「何だ貴……!!」
矢の雨を何とか防ぐも、慌てている兵たちの前へ続々と武器を持った者たちが現れた。
その者たちの出現に生き残った兵たちが疑問を声に出そうとするが、問いを言い終わる前に首を掻き斬られ絶命した。
用意周到に策を練っていたのか、あっという間に奴隷を乗せた馬車は男たちに奪い取られた。
「みんな出ろ!」
「っ!?」
馬車の幕が開け放たれると、そこには牢に入れられた奴隷たちが身を縮めるように固まり、兵たちの気に障ることがないように大人しくしていた。
相変わらず人選はバラバラで、老若男女が牢の中で身を寄せ合っている。
そんな牢のカギを開け、襲撃した者たちは奴隷たちを解放する。
何が起きたのか分からない奴隷たちは、驚きながら戸惑う。
「あ、あんた方は?」
「我々は、反乱軍だ」
牢の中にいた1人の老人が、恐る恐る牢のカギを開けた者へ問いかける。
すると、帰ってきたのはこの答えだった。
「助けて頂いて感謝するが、帝国相手に反乱なんて意味がない。もう帝国はこの大陸を支配したも同然じゃ……」
「ご老人、それは王国がやられた場合の話だ。王国が勝てばきっとこの大陸は平和になる」
助けられた奴隷たちは、牢から出ても笑みを浮かべる様子がない。
老人が言ったように、小国のルディチ王国を潰せば、帝国は晴れて西の大陸の覇者となる。
そんな巨大に膨れ上がった帝国を相手に反乱をしようなんて、とても正気の沙汰ではない。
だが、奴隷たちを解放した者は、まだ望みを捨てていないようだ。
王国が勝てば、帝国は一気に弱体化する。
そうなれば各地で帝国の反乱がおこり始めるはずだ。
そのためにも、王国には勝ってもらわなければならない。
「我々は王国に勝たせるために、再度反乱を起こしたのだ!」
かつては帝国から領土を奪還した国がある。
大きくなり過ぎたために、帝国はまだ領土の全てを完全に制圧している訳ではない。
反乱の火種はどこにでもくすぶっている。
その火を大きくするためにも、王国に勝ってもらわなければならない。
だから彼らは再度反乱を企てたのだった。
この襲撃を指揮したリーダーの名は、プリモ・ロッシ。
ミョーワ共和国の初代大統領になった男だ。
共和国の壊滅後に、密かに生き延びた彼はティノに再会し、様々な協力を得て今回の反乱を起こすことにしたのだった。
これがティノの誘導によるものだとは思わずに……。




