第241話 大手術
「ティノ様!!」
「っ!? 話はあとだ!!」
久しぶりに父親代わりのティノの姿を見たマルコは、感極まったかのように抱き着いてきた。
しかし、ティノはそんなマルコに赤ん坊を渡し、すぐさまロメオのもとへと駆け寄った。
「おいっ!! ロメオ!!」
帝国との戦争が始まったと聞いて急いで城に転移してきたら、生まれたばかりの赤ん坊が人質に取られたという話がされていた。
状況を見てみたら誰も室内に入れないようだったので、ティノが転移してジャンネッタを仕留めたのだが、僅かにタイミングが遅かった。
マルコの剣によって、ロメオが大怪我を負い動かなくなってしまった。
剣がロメオの体を貫通しており、流れ出た血の海に浸っている。
しかし、剣が刺さってからまだそれほど時間は経っていない。
もしかしたらという期待と共に剣が刺さったままのロメオに近付くと、ティノはまず脈を計った。
「………………まだ微かに脈はある!!」
「えっ!?」
赤ん坊を抱いたマルコは、友の死を覚悟していたが、ティノの言葉を聞いて慌ててロメオの側へと駆け寄った。
「ハッ!!」
まだ僅かに脈があると言っても、それも風前の灯。
一刻を争う事態に、ティノはすぐさま回復魔法をかけ始めた。
「マルコ!! 少しずつ慎重に剣を抜け!!」
「は、はいっ!!」
回復魔法をかけ始めたことで少しずつ傷が回復してきてはいるが、まだ剣は刺さったまま。
一気に抜いたら、その時点で出血死すること間違いない。
そのため、ティノはマルコに剣をゆっくり抜くように指示を出す。
「そこの女騎士たち!! ありったけの回復薬を持ってこい!!」
「りょ、了解しました!!」
突然現れた男性によって、赤ん坊を救うことに成功したのは嬉しかったが、それによってロメオの命は失われてしまったと部屋の周囲にいた者たちは思っていた。
しかし、回復を始め、まだ諦めるのは速いことに気付かされたロジーナたちは、誰だか分からない男性ではあるが、マルコの反応を無る限り敵ではないと悟ったのか、出された指示にすぐさま従った。
「血が出過ぎているか!?」
ロジーナたちが持って来た回復薬と、ティノの魔法によって少しずつ傷を塞ぎながら剣が抜かれていく。
何とかして助けたいところだが、出血がひどすぎるせいか傷が治ってきてもロメオの脈は弱いままだ。
「……この中に血液型が分かる人間はいるか!?」
「……血液型? 何ですかそれは?」
「くっ!? そりゃ、分かる者はいないか……」
血液が足りないなら輸血をするしかないとティノは思ったのだが、血液型という概念は遠くの東大陸の医学によって少し前に発見された概念だ。
この西の大陸にそのことを知っている者がいるとは思っていなかったが、ティノは微かな可能性にかけてみた。
しかし、マルコを始め、ロジーナたち女性近衛騎士たちの中にも知っている者はいなかった。
せめてそれが分かる人間がいればどうにかなるかと思ったのだが、思っていた通りの結果にティノは眉をしかめるしかなかった。
「あ、あの……」
「何だ!?」
輸血ができない状況に、ロメオの回復が厳しくなった。
このままロメオに回復薬を使い続けるのは悩ましい。
まだ帝国との戦いは終わっていない状況だからだ。
回復薬を使い過ぎてロメオを助けることも出来ず、他の人間に使う分がなくなってしまっては元も子もない。
ティノの中で回復の継続か諦めるかを決断しなければならないと思っていたところに、回復薬を持って来た城の者の1人、魔人族の者がティノに話しかけてきた。
「……俺O型です!」
「何っ!?」
まさかの発言に、ティノは驚きの声をあげた。
自分の血液型を知っている上に、今最も必要な血液型の人間が現れたからだ。
「何で知っているんだ!?」
「カードルの出身でして……」
東の大陸でここ数年のうちに確定した医学を、どうして知っているのかということがティノの頭に浮かぶ。
しかし、その者から返ってきた答えでかなり確定した。
カードルとは、その血液型という物を発見して、実験によって導き出した東の大陸の国である。
どうやら彼は医師らしい。
しかし、魔力が多くなく、魔法による回復ができない為に世界を回って医学知識を積み上げて来たらしい。
そんな彼によって作られる回復薬は、かなり上質な効能を持っているということもあり、宰相のアドリアーノがこの国に学習に来た彼をスカウトしたらしい。
「よしっ! 悪いがお前の血をくれ!!」
「は、はいっ!! 分かりました!」
O型ならロメオがどの血液型だろうが関係なく輸血できる。
今は一刻を争う事態なので、ティノは有無を言わせず彼から血液を分けてもらうことにした。
「フゥ~、どうやら脈が戻ってきたみたいだな……」
医師の彼の輸血によって、ロメオの脈が安定してきた。
剣も抜けて、傷口も塞がったため、後は意識が戻るのを待つしかない。
結構な魔力を使ったティノは、ようやく一息ついた。
「ティノ様……」
「ったく! 子を奪われるなんて、お前はバカか?」
「申し訳ありません!」
「「「「「っ!?」」」」」
ロメオを救い、一息ついたと思ったら、自分たちの王であるマルコに説教をしだしたティノに、ロジーナをはじめとして城内にいた者たちは目付きが変わった。
マルコとは特別な関係にあるように思えるが、ほとんどの者はティノのことを知らないからだ。
無礼な輩だと腰の剣に手を近付けるが、肝心の王であるマルコが叱られて少し嬉しそうにしている所を見て、ロジーナたちはどうしていいものかと悩みだした。
「アウゥ」
「……おぉ! マルコそっくりだな……」
ジャンネッタに人質にされていた時は泣いていた赤ん坊も、ティノに救われてからは大人しくなっていた。
そして、ティノが側に近寄ると、なんとなく嬉しそうな笑みを浮かべた。
生まれたばかりなので見えているかは分からないが、ティノに反応しているのは確かなようだ。
さっきまで赤ん坊の顔を見ている暇がなかったティノは、改めて見た赤ん坊に、昔のマルコの姿を思いだした。
ティノが路地裏で抱き上げた赤ん坊の時のマルコとそっくりだったからだ。
マルコに抱っこをされている所を見ると、あの時の赤ん坊が子を生したということに、じんわりと胸が熱くなる部分がある。
長生きしたことで、感動という物が失われてしまったと思っていたが、どうやらその感情はティノの中にまだ残っていたようだ。
「生きておられて良かったです」
「ふんっ! そう簡単に死んでたまるか!」
父になったばかりだというのに、マルコは改めてティノの生存を喜び、目に涙を浮かべている。
嬉しかったのかもしれないが、さすがに大げさすぎる。
しかし、そんなマルコの反応に、ティノには照れくさそうに返答する。
「とは言っても、右手両足斬られて死にかけたがな……」
強がっては見ても、死にそうになったのは事実。
そのため、ティノは右腕の金属を見せて呟く。
「その手は……」
「義手だ。足は何とか再生できたが、腕までは間に合わなかった」
ティノの今の右腕は金属でできた義手でしかない。
自在という訳ではないが、それを魔力を使って動かすことができている。
「お陰で能力が随分落ちたままだ」
膨大な魔力を消費しての毎日の再生魔法によって、何とか足の再生をすることは間に合った。
しかし、足に集中するあまり、右腕を治すまでには至らなかった。
そのため、ティノのステータスはある程度落ちた状態のままだ。
「ティノ様も参戦してくださるのですか?」
「当たり前だ! 手足を斬られた借りを、ヴィーゴへ返さないとな……」
ティノの言葉を聞いていると、どうやら帝国と戦ってくれるような雰囲気を醸し出している。
マルコからしたら、ティノ程の戦力が加わってくれることはとてもありがたい。
だが、ティノの場合、やられた借りを返したいため戻ってきた部分がある。
そのため、参戦する気は満々だ。
今からどうやってヴィーゴに一泡吹かせるか楽しんでいるような笑みを浮かべたティノだった。




