第240話 引きかえ
「取りあえず、あっちは片付いた。後はお前だけだな?」
ヴィーゴなら何かしらの方法で夜襲をしてくるとは思っていたが、もしものことを考えてヤコボを配置しておいたのはどうやら成功だったようだ。
これで安心してこちらのことに集中できる。
そう思ったマルコは、生まれたばかりの赤ん坊を人質に取っているジャンネッタを睨みつける。
「殺れ! ロメオ!」
「くっ!!」
ジャンネッタの命令に、ロメオの奴隷の首輪が反応する。
それによって、ロメオはマルコへ槍を向けるしかなかった。
「ハッ!!」
「くっ!!」
抵抗しようとしても、意思とは反して体が動く。
ジャンネッタの命令に従うように、ロメオはマルコへ突進し連続で突きを放つ。
その攻撃を、マルコは剣で弾いて懸命に回避する。
「……マルコ様もロメオ隊長もすごい」
マルコたちの戦いを見て、女性近衛騎士隊のロジーナは感嘆の声を呟く。
ロメオには何度か稽古をつけてもらったこともあったのである程度は分かっていたが、マルコの実力を見るのは今回が初めてだ。
その2人の実力が、自分たちとはかけ離れている。
他の女性近衛騎士の者たちも、見入ってしまうのも仕方がないことだ。
「だが、マルコ様の方が有利。しかし、このままでは……」
互角のように見える2人の戦いだが、マルコの方が僅かに有利。
これまで同様に、ロメオの攻撃はギリギリの所で当たらず、マルコの攻撃は僅かにロメオに傷を与えていっている。
細かい技術においてはマルコの方が上だが、勝負は最後まで分からない。
どちらにしても、このままではどちらかが命を落としかねない。
「御子様だけでも救えれば、二人の戦いが止められるのに……」
「無理だ! あの女に気付かれずに接近するなんて……」
「しかし、このままでは……」
ロジーナの背後で、他の女性近衛騎士たちも話し始める。
2人の戦いを止めたいところだが、その為にはマルコの子を救い出さない限りどうしようもない。
しかし、人質に取っているジャンネッタへ接近しようにも、マルコ以外の侵入は赤ん坊の命に危険が及ぶ可能性がある。
ジャンネッタの動きを見る限り、武術の心得が見て取れる。
そんな人間相手に、気付かれずに部屋への侵入と赤ん坊の奪取をするのはほぼ不可能の状態。
もしも接近まではできたとしても、奴隷の首輪をしているロメオが止めに入らないとも限らない。
ロジーナたちでは完全に手詰まりだ。
「ハァ、ハァ……」
「フゥ、フゥ……」
何度も攻防を重ね、動き回ったことによって2人とも息切れをする。
しかし、やはりマルコの方が余裕があるような呼吸をしていることから、このままマルコが勝つように思える。
「旋風突!!」
「なっ!?」
マルコもどうにかしてロメオを殺さないように倒そうとしているが、そうなると自分の方が命を落としかねない。
そのため全力で戦ってきたが、そろそろロメオに良いのを一撃入れて気を失わせようと思ったのが良くなかった。
自分の意思に反して、ロメオはマルコのその一瞬の気の変化に反応した。
ロメオの得意技の一撃が、マルコへ一気に放たれた。
槍に纏った魔力に回転の力を加えて放出された一撃を、マルコは剣を盾にして何とか防ぐ事に成功する。
しかし、その威力は凄まじく、その威力に弾かれるようにマルコは吹き飛ばされた。
「ぐっ!?」
槍の攻撃を防ぎはしても威力によって引き飛ばされたマルコは、部屋の壁に背中を強かに打ちつけて蹲った。
何とか痛みに耐えて立ち上がろうとしたマルコに、ロメオは一気に止めを刺そうと距離を詰めて突き刺しにかかる。
「マルコ様!!」
「……ぐふっ!!」
ロメオの槍にマルコが突き刺されると思ったロジーナが、悲鳴のように声をあげる。
そして、交錯したマルコとロメオだったが、口から血を吐いたのはロメオだった。
体勢が悪い中、マルコは魔法を発動する。
魔力の盾で槍の軌道をずらし、隙ができたロメオの腹へ剣を突き刺したのだった。
「……すまんロメオ」
「……いい…さ。……気に………する…な……」
血を吐いたロメオは、剣を腹に刺したまま仰向けに倒れ込む。
あまりにも咄嗟のことだったため、マルコも剣を止めることができなかった。
赤ん坊を助けるためとは言っても、親友の命を奪うことになってしまったことにマルコは涙を流しながらロメオに謝る。
マルコも無傷ではなく、槍の軌道をずらしたとは言ってもそれも僅か。
マルコの頬はザックリと裂けて血が流れている。
剣が刺さって腹からの出血が床を染める中、ロメオも仕方のないことだとマルコのことを責めるようなことはしなかった。
「…………さぁ、命だけは助けてやる。約束通りその子を返してもらおう!」
目を瞑ったロメオを確認したマルコは、ジャンネッタに向かって近づいていく。
ロメオと戦うことになったのも、勝てば赤ん坊を救うという約束を信じたからだ。
これでジャンネッタを助ける者はいない。
このまま詰めよれば赤ん坊と共に自決しかねないため、せめて温情で命を奪うことまではしないとマルコは誓う。
「おのれっ!!」
「っ!? やめ……!!」
帝国内で生きてきたジャンネッタは、マルコのその助命の言葉を信用しない。
後になればその言葉も反故にされ、どうせ殺されるだけの命だと判断した。
ならば赤ん坊を殺し、マルコに心的ダメージを与え、今後の戦いを有利に運ぶようにして皇帝ヴィーゴの役に立ち、故郷の家族へ危害を加えないようにさせるしかない。
マルコが制止の声をかけるのを無視するように、ジャンネッタは赤ん坊に向けていたナイフを振り上げ、そのまま一気に振り下ろそうとした。
「はい、そこまで!」
「っ!?」
赤ん坊にナイフが迫る直前、ジャンネッタのすぐ側から声がかけられた。
そして、その声に驚きつつも振り下ろしたナイフは、赤ん坊に刺さることなく空を斬った。
「なっ!?」
「この子は返してもらったぞ!」
何が起きたのかと周りを見渡すと、その場には片腕が金属の義手をしている男が、マルコの赤ん坊を抱いたまま立っていた。
「貴……様…………?」
その男の手にある赤ん坊を取り返そうと手を伸ばしたジャンネッタだったが、何故か意識が遠退き、崩れるように地面へと倒れて行った。
倒れる途中、何が起きたのかとジャンネッタが思っていると、赤ん坊を抱いた男のもう片方の手にナイフが握られているのを見て理解した。
そのナイフには血が付いており、自分の首からは赤い液体が噴き出ている。
つまり、自分は赤ん坊を奪われたと同時に首を掻き斬られたのだ。
それを理解して床へと倒れたジャンネッタは、そのまま視界を闇に包まれ、全く動かなくなったのだった。
「……ティノ様?」
「よう! マルコ、久しぶりだな……」
赤ん坊を抱く男の顔を見て、マルコは呆けたように呟く。
それもそのはず、現れると同時に赤ん坊の救出とジャンネッタの命を仕留めたのは、マルコの育ての親であるティノだった。




