第239話 侵入者
ルディチ王国の下水道。
人が通るのは不可能と思われるような細い水路を、黒い衣装数を全身に纏った数人の人間が匍匐前進をしながら突き進んでいる。
数で言うと30人程だろうか。
その者たちの身長を考えると子供だが、その顔にはシワが見られる事から子供とは言いがたい。
水路を進んで行くと、大きな水路へと行き当たった。
「ゴー!」
小さい水路から覗き込み、大きい水路の様子を確認した後、先頭の男の小さい合図に、その者たちは次々と飛び出す。
音をたてないように走り、微かに月光に照らされている出口へと向かう。
「あと少しだ!」
その者たちは小さい声で声をかけ合い、もう少しで出口に出る所までたどり着く。
ここまでくれば、8割がた作戦は成功したようなものだ。
「それにしても、ここまですんなりと侵入できるとは思わなかったな?」
「王国の奴らも侵入経路を塞いだつもりらしいが、あの水路まで塞がないと意味がないだろ?」
「そう言うな。流石に我々のような身長の人間が存在しているとは思うまい」
もうすぐ出口から出て王都内へ侵入することができると思ったからか、彼らも少し話すだけの余裕が生まれたようだ。
話に出てきたように、彼らは身長が140cm程の身長しかない特別な種族なのだ。
その特別な体型に目を付けた皇帝ヴィーゴが、特別に保護をすることを指示したのだった。
小さい声で話合いながらも足を運び、王都内へ向かう出口へと差し掛かった。
「っ!?」
このまま王都内へと進入し、家々に火を付けて回るのが彼らの役割だ。
ここからはバラバラに分かれて行動を開始する予定だったが、散開する直前になって動きを止めざるを得なくなった。
「いらっしゃい!」
そこには多くの兵を引き連れたヤコボが周囲を取り囲んでいた。
現在宰相としてマルコを支えているアドリアーノが作ったクランであるエローエ。
その幹部の一人のヤコボは、現在は王都内を守る組織である憲兵隊を組織している長である。
帝国との戦いで疲弊しているベルナルドに、夜襲を警戒させるのは翌日の戦闘に支障をきたす。
そのために、夜襲への対策に動いているのが、軍警察であるヤコボたちに任されたのだ。
「な、何故!?」
「まさか本当に低身長の種族がいるとはな……」
明らかにここから進入してくるということを読んでいたような憲兵隊の数に、黒づくめの小人たちは慌てふためく。
その様子を見ながら、ヤコボは自分の目に映る小人たちの姿が異様に感じていた。
「ドワーフとは違い、わざわざ背の低い者同士で交配を重ねてきたと言う話だな?」
「くっ!! そこまで知られているか……」
この世界にもドワーフという種族は存在している。
魔人たちが多い南の大陸の近くにある島1つが、ドワーフが住むと言われている国が存在している。
そのドワーフも身長は低いが、今ヤコボたちの前にいる小人たちはそれとは関係がない。
目の前の彼らは洞窟内に住み、燃料となる石炭や貴金属となる金などを採掘して生計を立てている。
そのため、硬い岩盤によって進めない狭い箇所へも体を入れられるように、背が低い子を意図して作り上げようと、背が低い者同士の婚姻を重ねてきた種族なのだ。
元リューキ王国国内の北部の山奥に存在していた希少種族であり、それがヴィーゴの目に留まったのあった。
「マルコ様の指示により警戒していたのは正解だったな」
ヤコボに水路を使った夜襲に気を付けるように言われていたのはマルコだった。
ティノと共に世界を回ったマルコは、色々な種族と出会うことが多かった。
元々、他種族であろうとマルコは何の警戒も示さない。
それゆえに、現在の王国は多種族国家として成り立っているのだが、世界にはこの黒づくめの小人たちと同じく低身長の種族が存在していた。
この大陸にも同じような種族がいるということは噂ながらに聞いていた。
そのため、マルコはもしもの可能性を考えてヤコボに警戒するように指示していたのだが、どうやら正解だったようだ。
「おのれ! かくなるうえは!」
周囲を取り囲まれ、逃げることさえ不可能となった黒づくめの小人たちの夜襲作戦は失敗が決定した。
しかし、彼らほが帝国に保護され厚遇を受けているのは、帝国にとって有益をもたらすと判断されているからだ。
作戦が失敗に終わったとなると、彼らの一族への評価は一気に下がる。
場合によっては、一族もろとも消し去られる可能性も考えられる。
せめて少しでも王国に痛手を負わそうと、彼らは夜襲に使うために用意していた爆薬に火をつけて自爆をしようとした。
「させねえよ!」
「ぐっ!?」
彼らがそのような行動に出ることを、ヤコボたちは予想していた。
爆薬に火をつける前に、周囲を取り囲んでいた憲兵たちはすぐさま捕縛にかかった。
それによって、黒づくめの小人たち30人は自爆することすらできず、ヤコボたちに組み伏せられたのだった。
◆◆◆◆◆
その頃、王城内に向かったマルコは、
「ふう、ふう……」
「ぜぇ、ぜぇ……」
ロメオと剣を交えていた。
両者とも身体強化をした状態で、本気の戦いが繰り広げられていた。
しかし、両者ともに息を切らしてはいるが、マルコの方が有利に戦いを進めているようだ。
紙一重の所でロメオの攻撃を躱しているマルコに反し、ロメオは僅かに躱しきれておらず、所々から出血をしている状況だ。
「どうした? 早くロメオを倒さないと侵入者に王都を火の海にされるぞ?」
マルコが有利に押しているとは言っても、まだ勝敗がどちらに転ぶかは分からない。
なかなか勝負がつかない様子に、マルコとパメラの赤ん坊を人質に取っているジャンネッタは笑みを浮かべながら問いかけてきた。
マルコがロメオの相手をしている今、帝国の夜襲部隊が王都内に火をつける手筈になっている。
ロメオの相手をしている間、指示出すべきマルコがいなくては夜襲を止めるて手立てはない。
このままロメオが殺られ、自分も殺られても、その頃には王都は火に包まれているだろう。
ヴィーゴへの手土産としては、十分評価される成果になる。
そうジャンネッタは思っていたのだが、
「マルコ様! 予定通り夜襲を企てようとしていた者たちを捕縛いたしました」
「ご苦労! ヤコボに引き続き警戒するように伝えてくれ」
「ハッ!」
どうやらマルコの予想が的中したらしく、先程ヤコボたちによって捕縛されたという報告が入った。
しかし、その一陣で夜襲作戦が終わりかは分からない。
そのため、マルコはロメオと対峙しつつ、報告に来た兵に警戒の継続を支持した。
「だ、そうだ」
「……な、何だと?」
その報告を共に聞いていたジャンネッタは、信じられないような表情でわなないた。
これでは自分が立て籠もっている理由が何もない。
「くそっ!! こうなったらロメオ!! マルコを殺せ!!」
夜襲部隊が捕縛されては、これ以上自分がここにいても意味がない。
そう考えたジャンネッタは、いらだちと共にロメオにマルコの暗殺を指示したのだった。




