第238話 選択
「ロメオ……」
「すまん。マルコ……」
マルコとパメラの赤ん坊を人質にし、メイドの女が立てこもっていた部屋の中には、マルコの親友で近衛隊長を任せられているロメオが、隷属の首輪をつけた状態でメイドの前に立ち、守るべきはずのマルコへ槍を構えている。
この状況に、マルコは驚きと共に、泣き声を上げる我が子が無事なことに安堵する。
ロメオも特に怪我をしているようでもないので良いのだが、問題は隷属の首輪だ。
マルコがその首輪に目が向いているのが分かったのか、ロメオは申し訳なさそうな表情をしている。
魔力を使って室内を探知してみるが、特に罠も仕掛けられている様子もないため、マルコは部屋に一歩足を踏み入れる。
「確か……デーリアだったか?」
赤ん坊を人質にしているメイド。
出産時にパメラの周囲につける者たちは厳選した者たちだ。
まさか顔の形を人為的に作り変えるなんてことまでしてくるということは、マルコは考えなかった。
というよりも、非人道的過ぎて思いつかない。
「この顔のメイドならもうこの世にはいない。どこかの森の土の中だ。私の名はジャンネッタだ」
「……くっ! 何てことを……」
メイドの1人が入れ替わっていたということを聞いていた時から想像はしていた。
入れ替わられた本人は、恐らく殺されているという可能性を。
案の定、ジャンネッタから出た答えに怒りが沸き上がる。
「あなたたちが相手にしているのは帝国よ。メイドの1人の命を気にしていて勝てると思っているの?」
メイドの死を悼む感情を表に出すマルコに、ジャンネッタは嘲笑するように言葉を発する。
帝国を相手にするには、マルコの考えが甘いと言いたいのだろう。
「こいつは確かあなたの親友だったわね?」
「……だからなんだ?」
ロメオを指さし、ジャンネッタは問いかける。
こいつ呼ばわりしていることに腹が立つが、マルコは肯定と共に問い返す。
「殺しあってもらう……」
「……何?」
「あなたがこいつに勝てば、この子を返してあげるわ! さぁ、選びなさい! この子か? ロメオか?」
どうやら、ジャンネッタがロメオを隷属の首輪で縛り付けたのは、マルコと戦わせるためのようだ。
赤ん坊を人質にした上に、友人同士で戦わせようとするあたり、ジャンネッタはサドの気が強いみたいだ。
「マルコ! 俺のことはいい! この子を救え!」
「黙れ! 今後無駄口を叩くな!」
「ぐっ!!」
隷属の首輪をしているため、ジャンネッタから赤ん坊を奪い返そうとすることがことができず、それどころかマルコに槍を向けなければならないことに、ロメオは情けなくなってくる。
せめて赤ん坊を助けるため、マルコに自分を斬るようにロメオは求める。
しかし、余計なことを喋るロメオを、ジャンネッタは制止するように命令し、隷属の首輪に魔力を流す。
その魔力に反応したのか、首輪が絞まり、ロメオは苦し気な表情へと変わった。
「行け!」
「っ!?」
ジャンネッタがロメオに命令をかけると、その命令通りにロメオはマルコへ一気に迫り、そのまま武器のリーチを生かした片手突きをマルコの喉へ向けて放ったのだった。
「くっ!?」
その突きに咄嗟に反応したマルコは、腰に下げていた鞘から剣を抜き出し、剣の腹で槍の穂先を受け止める。
止めはしたはいいが、手にビリビリと響いてくるほどの衝撃に、マルコは一瞬眉をしかめる。
「マルコ様!!」
「入るな!!」
「くっ!!」
マルコが見せた表情に反応したロジーナたちパメラ付きの女性近衛兵たちは、援護しようと室内へ入ってこようした。
しかし、そうはさせまいと、ジャンネッタは彼女たちの進入を制止した。
赤ん坊が人質に取れれているため、彼女たちはジャンネッタの指示に素直に従うしかできなく、マルコの援護に向かうことを断念せざるを得なかった。
「他の者の入室は禁じる。もし、入ったことに気づいたらこの子の命はない!」
「くそっ!」
援護に行けなくても、せめて隙を見て赤ん坊を助けに行きたいと思っていたが、ジャンネッタの言葉で赤ん坊を助けに行くことすらできなくなてしまった。
ロジーナたちは、自分たちの王だけでなく、赤ん坊までも助けに行けずこの場で見ているしかできないことに歯噛みするするしかできなくなった。
「ロメオ……すまんが手加減はしない。お前相手に手加減なんてしたら俺の方が危険だからな」
「あぁ……、それでいい」
先程の攻防をした後、お互い距離を取り合った状態で、マルコは覚悟を決めた。
親友とはいえ、現在自分は多くの民の命を預かる王の身分。
自分の子供のこともあるが、それ以上にこのままロメオをジャンネッタの言いなりにしておく訳にはいかない。
ティノの指導を受けた者同士、手加減は自身の敗北につながる。
全力でロメオを止めるしかない。
「ハッ!!」
「ムンッ!!」
全力で戦うことになり、2人は体内の魔力を一気に放出し、2人とも大量の魔力を体に纏った身体強化の状態へと移行した。
「……すごい! これがマルコ王の力……」
「ロメオ殿も負けていない」
「どうしたらあそこまでの力をつけられるんだ?」
マルコとロメオの身体強化の状態を見ただけで、ロジーナたち女性近衛兵たちは驚きの声をあげる。
それだけ、2人の魔力の量とそのコントロール技術の高さがまともじゃないからだ。
ロメオの本心としては戦いたくなどないが、隷属の首輪のせいか体は言うことを聞かない。
自分の意に反して動く体に、ロメオは不愉快な感情が蠢いた。
「ティノ様に教わってた時以来か?」
「かもな……」
いつの頃の話だったかはもう思い出せないが、ティノの指導を受けていた幼少期、よく2人は稽古として戦った思い出がある。
そのことを思い出し、2人は何故か笑みが浮かんだ。
懐かしさによるものなのか、それともこんなことになってしまったことへの自分たちを笑ってるのかは分からない。
「そうそう……」
「……?」
マルコがロメオとの戦いに集中している時、ジャンネッタが邪魔をするように話しかけてきた。
無視しようかとも思ったが、その笑みが気に入らず、マルコはジャンネッタの方に少し目を向けた。
「お前が城に戻ったことは外に漏れているはずだ」
「……何?」
その言葉で、マルコはスパイが1人だけでなかったのだと分かる。
しかし、帝国のことだから、ジャンネッタだけが侵入していたのではないことは予想できた。
それは城内にいた兵士たちも同じ、ジャンネッタ以外のスパイは兵たちが追っているはずだ。
城内から逃げていたとしても、高い防壁に囲まれたこの王都から逃れる術はない。
それに、例え逃げるルートがあるにしても、そんな時間はまだ経っていない。
外に情報が漏れている可能性は低い。
「指揮系統に問題なければいいがな……」
「どういう意味だ?」
「今ごろ、潜入した者たちの誘導によって、暗部の者が侵入している頃だ」
「……何だと?」
このタイミングでジャンネッタが帝国側の作戦を話すということは、本当にスパイは外へ出てしまったのかもしれない。
皇帝ヴィーゴのことだ、1つの作戦を生かすためにもう1つ作戦を重ねるということを用意していたのかもしれない。
ジャンネッタの言う通り、今頃どこからか敵の侵入作戦が決行されているのだろう。
「外を気にしていていいのか?」
「くっ!?」
ジャンネッタの言葉にマルコは目の前に意識を戻す。
思考を巡らせているうちに、ロメオがもう迫って来ていたのだ。
この部屋は多くの来賓を迎えてのパーティをできるほどのの広さ、リアルで例えると体育館一個分の広さがある。
つまり、動き回るだけの十分な距離があるため、マルコは高速の突きを躱して、まずは落ち着こうと一旦距離を取った。
「ロメオを倒してからでないと、侵入者の捜索には行かせないわよ!」
「次から次へと面倒な……」
やはり帝国が相手だと想像以上のことが舞い込んでくる。
元々は不器用なマルコは、あれもこれもと一気に片付けられるとは思っていない。
「目の前のことからだな……」
そのため、今は目の前のことを片付けるしかない。
侵入者のことは気にせず、まずはロメオとの戦いに集中することにしたマルコは、ロメオへ向けて剣を構えたのだった。




