第237話 立てこもり
「ヴィーゴ様!」
「どうした?」
開戦初日を終え、帝国軍は各自一時の休息を取っている。
皇帝のヴィーゴも、急ピッチで仕上げた邸の自室で休んでいたヴィーゴの下に、右腕のダルマツィオが入室してきた。
「例の潜入させたメイドの件ですが……」
「あぁ、どうなった?」
いつかはマルコのいるルディチ王国と戦うことになると分かっていたため、ヴィーゴはダルマツィオに命じて早々に手を打っていた。
王国内に数人のスパイを仕込んでいた。
その中で、城のメイドに目を付け、容姿がそっくりの人間を整形手術によって作り上げた。
なんとかバレずに妊娠中の王妃の側へ近付けたことにより、出産が戦時中になることを知った。
それを何とか利用できないかと考えた結果、出産と同時に赤ん坊を人質に取るという策だった。
「赤子の捕獲は成功したようです。しかし、こちらへ連れてくることはできなかったようで、一室に立てこもることしかできなかったようです」
「捕獲しただけよしとするか……」
本来なら、城から脱出して転移班と共に赤子をここへ連れてくるのが理想だったのだが、さすがにここに連れてくることまではできなかったようだ。
こうなる可能性も考え、脱出できなかった場合は立て籠もるなりして時間を稼ぐように指示していたが、送り込んだ女はどうやら指示通りに動いたようだ。
「戻ってきた転移班はどういたしましょう?」
以前、物珍しさから拾ったチリアーコという男が使っていたこともあり、転移魔法は伝説の魔法ではなく、訓練により使いこなせるものだと知った。
そして、闇魔法の使い手を集めて訓練をさせたが、1人で数人を運ぶなどと言う転移ができる者は全然育たないでいた。
しかし、数人で協力すれば1、2人を転移させるくらいのことはできるようになった。
そのメンバーも赤子の誘拐時に城の外に待機するようにしていたのだが、彼らだけが戻って来たらしい。
「休ませておけ。無いとは思うが、万が一の時には、俺の逃走に使うのだからな……」
「了解しました」
ヴィーゴは、この戦いで負けるようなことは無いと思っている。
しかし、何が起きるか分からないのが戦争だということを理解しているつもりだ。
そのため、もしもの時のために転移魔法の使い手は近くに置いておきたい。
彼らの転移は一方通行で、行ってすぐに帰ってくるなんてことはほぼ不可能。
だが、自分らを犠牲にすることをいとわなければ、ヴィーゴ1人を遠くに飛ばすぐらいはできる。
当然、他にも転移魔法の使い手は連れてきているが、一気に帝国の帝都まで飛ばすには膨大な魔力を有する。
それを考え、ヴィーゴは転移魔法の使い手の魔力回復をさせるため、休息の指示をだした。
「立てこもりに合わせての夜襲の用意はできているか?」
「可能です!」
マルコの戦力は、その存在だけで兵に力を与える。
赤子の人質作戦は、マルコを僅かでも戦場から離す事が目的だ。
出産がもしも昼間であった場合、マルコが城へ戻るという選択を取るかは難しかったが、日暮れの出産となると帝国にとっては好都合だ。
「マルコがいない状況で対処できると思うか?」
「ベルナルドや冒険者どもが厄介ですが、対処は難しいはずです」
立てこもりで、マルコが城に戻り始めたという報告が入っている。
この機に夜襲を仕掛け、初日の戦いで疲弊している敵の戦力を減らしておきたい。
そのための部隊は、ヴィーゴの指示通りに配置されている。
いつでも王都の城壁内への侵入は可能だ。
王国の兵を取り仕切る総隊長のベルナルドは、ここまでの戦いで成長してきている。
帝国にとっては面倒な存在になりつつあるが、さすがに夜襲対策に穴が開けられているとは気づいていない。
突如の夜襲には対応できないだろうと、ダルマツィオは考えている。
「やつらを休ませるな。やれ!」
「ハッ!!」
ヴィーゴもダルマツィオと同様の考えだ。
そのため、立て籠もりに合わせての夜襲作戦を決行することにしたのだった。
「パメラ! 無事か?」
「マルコ! 私たちの赤ちゃんが……」
身体強化によって全速力で城へと戻ったマルコは、すぐさま王妃パメラの下へと辿り着いた。
回復魔法をかけているとは言っても出産したばかりのため、パメラは疲労困憊でベッドで横になっていることしかできなかった。
這いずってでも子供を守れなかった自分を悔いている様にも見える。
「大丈夫だ。俺に任せてお前は休んでいろ!」
悔いているパメラの背中を優しく撫で、ベッドで安静にしているように促すと、女性近衛兵にパメラを任せ、マルコは赤子と共に女が立て籠もっている部屋の前へと向かった。
「くそっ! 変化の魔法を使っているものなんていなかったはず……」
城に戻ってくるまでに、ある程度今の状況を聞いていた。
しかし、立てこっているメイドの1人がすり替わっていたという情報を、その部屋へ向かう途中で聞いて、マルコは見抜けなかった自分へ怒りが湧く。
「魔法じゃなく、人体を作り替えたそうです」
「何だと……?」
魔法の変化を行ない、巧妙に隠ぺいしていたのかと思っていたのだが、パメラの護衛のロジーナの説明を聞いて眉を顰める。
変化の魔法を使っていて見抜けなかったのかと思っていたが、そうではなかったらしい。
流石に魔法でない者を見抜けるほど、マルコはメイドたちを見ていない。
それに、人間の姿かたちを作り変えるなんて行為をする帝国のやり方に、いつのように反吐が出る思いだ。
「んっ? ロメオはどうしたんだ?」
「…………それが……」
敵がパメラに何かしてくるという可能性は、マルコも考えていた。
そのためにロジーナたち近衛兵を付けていたし、もしもの時のために、友であるロメオを戦争に参加させることをしないでパメラの側に置いておいたのだ。
しかし、そのロメオがどこにも見当たらない。
それを聞くと、ロジーナは言いにくそうに言葉に詰まった。
「敵の手に落ちました……」
「……どういうことだ?」
ロジーナが言った言葉の意味が分からず、マルコは首を傾げた。
赤子を人質に取ったメイドの女は、戦闘訓練をある程度積んでいる動きをしていたが、女性近衛兵たちでもどうにかできるレベルらしい。
そんなのにロメオがやられるはずがない。
それに、ロジーナの言い方だと、そう言った意味でもないように感じる。
「来たようね? マルコ王……」
「っ!?」
マルコが来たことを察知したらしく、女が立てこもっていた部屋の扉が開いた。
「隷属の首輪……」
「その通りよ!」
開いた部屋の中の状況を見て、マルコはロジーナの言葉に納得した。
マルコが部屋の中にはいると、泣き叫ぶ赤子を抱いたメイドがおり、その前に隷属の首輪をはめたロメオが、マルコに槍を向けるように立ち塞がっていたのだった。




