第236話 出産
「ふうぅぅーー!!」
「王妃様! 頑張って下さい!」
王国と帝国の兵が戦う音が僅かに届く王城。
ルディチ王国の王妃であるパメラが息む。
マルコが戦場へ向かってすぐ、陣痛が始まった。
万全の態勢がしかれていたお陰で、すぐに医師や回復術師、それと護衛の者たちが集まり、出産が開始された。
当然ながら、この部屋にいる者たちは全員女性である。
「もう少しですよ!」
「ふうぅぅーー!!」
助産医師の年配女性は、多くの子供を取り上げている実績もあるからか、冷静な様子でパメラへアドバイスを送る。
パメラからしたら、何を言われても聞こえないほど一杯一杯の状態だ。
「出た!! 出ました!!」
「……オ、オギャー!!」
全身が外に出てすぐ、赤ん坊は声をあげて泣き出した。
助産師の女性はすぐにクリーンの魔法をかけ、綺麗になった赤ん坊を布で優しく包んだ。
「おめでとうございます!! 男の子です!! 王子の誕生です!!」
「あぁ…………よかった!」
すぐに赤ん坊の性別を確認した助産師は、赤ん坊の顔が見えるようにパメラへと近付けた。
赤ん坊はもう泣き止んでおり、どことなく微笑んでいる様にも見える。
母親の匂いでも感じ取ったのだろうか。
「母子共にご無事で何よりです」
一旦赤ん坊はメイドに預け、助産師の女性は回復師の者たちと共にパメラへ回復魔法をかけ始めた。
市民の女性の場合はこの助産師だけで回復魔法をかけ、ある程度しか回復させないのだが、パメラは王妃なので突発的な体調の異変が起きないように、なるべく早く回復するように回復師たちが手配されていたのだ。
人数が多ければ回復も早く、パメラの体調はすぐに落ち着いたようだ。
回復魔法をかけたとはいえ、これから一日安静する予定だが、陣痛から出産まで9時間という初の出産にしては安産に終わり、部屋にいる女性たちは皆安心したような空気が流れた。
「えぇ、本当に……」
「っ!? 何をっ!?」
パメラに回復魔法をかけ終わり、助産師が一時預けた赤ん坊の方に目をやると、驚いたことにメイドが小型のナイフを手に赤ん坊へ向けていた。
その声に反応した護衛の者たちは、持っていた剣や槍を慌ててそのメイドへ向けた。
外からの敵の侵入に気を張っていたが、まさか中の人間がこのような暴挙に出るとは思っていなかったため、反応が遅れてしまった。
「動くな!! 動けば産まれたばかりの王子の命はない!」
ナイフを赤ん坊に向けるメイドの後方から護衛役の女性兵が槍で攻撃しようと僅かに動いたが、それにすぐさま反応したメイドが大きな声で制止の声をあげる。
そして、ほんの数センチだが赤ん坊にナイフが近付いたことで、護衛の者たちは誰しもがメイドへの攻撃をすることができなくなる。
唯一救いなのは、赤ん坊が生まれたばかりで疲れて眠っているため、動いたりしないでいてくれることだ。
「貴様っ!! 帝国のスパイか!?」
パメラの近衛兵の隊長であるロジーナが、メイドの女に剣を向けながら問いかける。
このロジーナは、パメラに才能を見出されてのし上がったこともあり、パメラを姉のように慕っている。
そのため、待望の赤ん坊をこのような目に遭わせているメイドへ向ける目には、強烈な殺気がこもっている。
「……私の使命は、産まれた子をヴィーゴ様へ送り届けること……」
「そんな……。この部屋にいる者は厳選された人間のはず……」
ロジーナの問いに、メイドの女は答えともとれる言葉を発する。
その言葉に、ロジーナは信じられないと言ったような表情に変わる。
帝国との戦いも近付いている中の出産になるため、パメラに近付く人間は過去を調べられていた。
特に近衛兵の者たちは過去を調べられたが、メイドも同様に調べられたはずだ。
それなのに、帝国の息のかかった者がこの中に入っているなど考えられない。
「…………まさか?」
「気付いたか? 私は偽物だよ」
出産の疲労でベッドの上から動けないでいるパメラは、ある可能性に気付いた。
それは、姿かたちがそっくりな女性が、メイドといつの間にか入れ替わったという可能性だ。
「しかし、魔法は……」
「よくできているでしょう? この顔」
姿を変える魔法はこの世界には存在する。
しかし、魔法で姿を変えた場合、探知によって見破れる。
その隠蔽は、訓練を積んだ者なら見抜かれない可能性もあるが、パメラやロジーナたち近衛兵たちが見抜けないはずがない。
しかも、マルコも僅かながらこのメイドと目を合わせている。
マルコが魔法で誤魔化されるようなことはあり得ない。
そう思っていると、メイドの女は首筋にある手術痕を見せて答える。
「まさか! 作り変えたということか?」
「その通り」
通りで探知で見抜けないはずだ。
その手術痕が示すように、似た背格好の人間の肉体を作り変え、いつの間にか入れ替わっていたようだ。
魔法でないのなら、仕草や口調などで判断しなければならないが、城で働く大勢いるメイドたちの全てを見分けられるような人間は恐らくはいないだろう。
ここにいる者が気付かないも仕方がないことかもしれない。
「このまま消えさせてもらう!」
「……何やってんだ?」
赤ん坊を人質にし、メイドの女はゆっくりと出口の方へと近付いていく。
そして、扉を開けてそのまま走り出そうとしたが、扉を出たすぐの廊下の先に、王であるマルコの友人兼近衛兵のロメオが立っていた。
「っ!? ……貴様はたしか、ロメオとかいったか?」
部屋から出てくるメイドたちの様子から、もうすぐ生まれるのだろうとウロついていたことがこのようなことになったのだろう。
「っ!? その子はっ!?」
「動くなよ!」
「くっ!!」
その部屋から出て来た赤ん坊ということは、マルコの子ということになる。
それがいきなりのピンチになっており、ロメオは慌てて魔法の指輪から槍を取り出す。
しかし、ロメオが槍を構えたとたん、メイドの女は慌てたように赤ん坊とナイフを見せつけた。
それを見たら、下手に動く訳にはいかない。
ロメオは耐えるように唇を噛んで、その場から動けなくなった。
「何っ!? 子供がっ!? すぐ向かうぞ!!」
日も暮れ、帝国兵たちが一旦引き始めた。
これ以上経つと、暗闇で同士討ちをしてしまいかねないからだ。
帝国の将軍たちは、ただの顔見せとばかりにこちらへと迫って来ていたが、ある程度こちら側の戦力を把握すると下がっていった。
とりあえず、今日の所は凌ぎきれたというところだ。
夜襲の可能性も考えて警戒を解く訳にはいかないが、一息ついても良いところだろう。
しかし、夜襲代わりにマルコの下へ凶報が届いた。
男の子が生まれたというのと同時に、その子供がスパイの手に落ち、立て籠もられたという報告だ。
明日からの戦いの指揮のことも考えなければならないというのに、マルコは休む間もなく王城へと走ることになった。
「えっ!? マルコ王がこちらへ?」
城から逃げ出そうと思っていた女だったが、ロメオによる足止めによって逃げるタイミングを逃した。
本来なら、城のすぐ外にいる転移班と合流して一気に皇帝ヴィーゴの近くへ飛ぶことになっていたのだが、ロメオを警戒しているうちに他の兵が集まって来てしまった。
恐らく転移班も、もう失敗と判断していなくなっていることだろう。
仕方がないので、メイドの女は赤ん坊と共に空いている部屋へ入って立て籠もることにしたのだが、もう報告が届いたらしく、マルコが戻ってきているという話が部屋の外から聞こえて来た。
「フッ……、戻ってきた時の顔が見ものだわ」
王国に置いて、個人としては最強戦力となるマルコが戻ってきていると聞いて、何かたくらみのある笑みを浮かべたのだった。




