第231話 最終戦前
「総員撤退!! 撤退しろ!!」
ティノによって強力な魔法兵器が破壊されたことで、ルディチ王国軍はここまで守備一辺倒だったことが嘘のように善戦をした。
彼らは報告により、ティノが死んだと思っているだろう。
相変わらず奴隷を使った戦法を取ってくる帝国軍だが、王国兵たちは命を賭してでも国のためにと尽くしたティノに感化されたのか、もしくはこのダヴァレイ砦を突破されたら王都での決戦になってしまうと分かっているからか、彼らは臆することなく敵兵を倒していった。
以前ティノへ文句を言っていたのは何だったのかと言いたいところだが、結果的にはどうでも良いことだろう。
しかし、数に勝る帝国軍の攻撃により、ジワジワと追い詰められていき、奮闘虚しく撤退を余儀なくされることになった。
敵の数を多く減らしはしたが、こちらの被害も増えていく。
これ以上は全滅もありえることが予想され、指揮官のベルナルドにより、砦を放棄し、王都で総力を挙げて帝国軍を討つことが選択された。
「ルディチを倒した後、こんなのあっても意味がない。破壊しておけ」
「了解しました!」
ルディチ軍が撤退した後、皇帝のヴィーゴの命によりダヴァレイ砦は破壊された。
王国を支配すれば、この西大陸は帝国によって統一される。
とは言っても、この広さだとヴィーゴの目が行き届かないところが出てきてしまう。
もしも帝国に反乱を起こそうとする者がいた時、こういった砦を残しておいて使われては面倒という思いもあってかもしれない。
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「チッ! 随分減ったな……」
砦を破壊し、次はいよいよ王国の王都へ攻め入ろうと進軍を開始した帝国軍だが、思った以上の兵の減少に、ヴィーゴは舌打ちと共に呟く。
最終戦でティノの邪魔が入らないように魔導兵器を犠牲にしたのだが、敵のまさかの善戦にふがいない帝国の兵たち。
奴隷兵なら適当な理由を付けて集めることはできるが、魔導士や剣士などの育成が全然追いついていないことが今回のことで露見していた。
「ヴィーゴ様。何人かの兵がどうやら指示を無視したようです」
「何だと!?」
ルディチ王国の王都までは多少距離がある。
その間には幾つかの村が存在していたのだが、どこももぬけの殻になっていた。
どうやら帝国軍が迫って来ていたからか、王国が早々に避難をさせていたらしい。
もぬけの殻と言っても言っても、雨風凌げるスペースでの宿泊は体を休めるには利用できる。
ヴィーゴの許可が出て、多くの兵たちが分かれて休息をすることになったのだが、割り当てられた家には食料も多少は残されていたりした。
しかし、いつから放置されているか分からず、もしかしたらワザと帝国の者に手を出させる目的で王国の者が置いて行った場合も考えられた。
そのため、残された食料には手を出すなという指示が全員に出されていたのだが、どうやら愚かにもバレないと思ったのか、手を出した者がいたようだ。
よく朝の出立の時になり、数人の兵たちが腹を壊して動けなくなっているという報告が上がって来たとのことだ。
「そんな奴らに治療など必要ない。ついてこられないようなら……」
「了解しました!」
ヴィーゴは最後まで言葉にしなかったが、その腹立たし気な目を見ただけで、右腕のダルマツィオは理解した。
つまりは殺せという命。
ダルマツィオはその命を受けて、班の隊長格の者たちに指示した。
「馬鹿どもが!」
ただでさえ、王国兵に数を減らされていることに腹を立てているのに、皇帝である自分の指示を無視してさらに数を減らすことになるなんて不愉快極まりない。
幾人かの兵の死体を残し、帝国軍は王国の王都へと近付いて行っていた。
◆◆◆◆◆
「もう王都での決戦しかないな……」
「何としてでも勝たなくては……」
王都へ撤退してきたベルナルドから報告を受け、アドリアーノは王都決戦を決意をしていた。
そこには、現在は王妃となったパメラの、元お守り役をしていた現ギルドマスターをしているブルーノも登城しており、ギルドとしても状況次第で参戦するつもりのようだ。
「魔法隊は万全か?」
「えぇ、この戦いの要になります」
ほとんどの者がこの国の幹部としなっている元エローエのクランメンバーも城内に集まり、これからの戦闘プランの確認をし合っている。
「マルコ!」
幹部たちが集まっている中、肝心の王であるマルコは、現王妃パメラの寝室に足を運んでいた。
寝室内には数人の女性がパメラの護衛としてついている。
もしもの時は、パメラを連れて他大陸へ逃げることを指示されている。
出産間近で安静にしているパメラだが、夫のマルコの登場に表情が和らいだ。
「マルコ、帝国が迫ってきているって聞いたけど大丈夫?」
「大丈夫! この国は俺が守る」
帝国のことはパメラの耳に入れないようにしていたつもりだったが、噂に戸はたてられないようだ。
マルコとしても、帝国はきっと王都まで来ると感じていた。
それだけの数の差があると思っていたからだ。
しかし、その途中でティノの命が失われるとは思っていなかった。
師としても、育ての親としても尊敬していたティノがいなくなったということに、マルコはいまだに整理がついていない。
「お前は心配だろうが、子供のことだけを考えてやってくれ」
「……うん」
帝国との戦いなんて、どれだけの被害が待ち受けているか分からない。
マルコ自身不安に思う所があるが、パメラは身重の身。
元気な子を産むことだけに専念してもらいたい。
マルコはパメラを優しく諭すと、寝室から出て行ったのだった。
「ロメオ頼んだぞ」
「あぁ……」
女性だけの護衛ではなんとなく不安だったマルコは、幼少期からの友人のロメオにも護衛を頼むことにした。
寝室内に入るのは外聞が良くないので、部屋の外での護衛になる。
マルコに頼まれたロメオは、頷きをもって返事をしたのだった。
「マルコ様、王妃様は?」
「大丈夫だ。元気にしてる」
玉座の間にマルコが現れ、アドリアーノは気になっていたパメラの状態を尋ねた。
それに対し、マルコは問題なしと返す。
「お子が産まれる時だと言うのに……」
この部屋に集まったメンバーは、マルコたちの子の誕生を心から待ち望んでいる。
それがこんな時期になったことに、なんとも言えないような表情をしている。
「皆は戦いの方に集中してくれ」
「了解しました!」
子供のことはマルコも不安なはず、それでも気丈にみんなのことを気遣っているマルコの言葉に、誰もが気合いが入ったのだった。
「見えて来ました!」
「多いな……数の不利は否めない」
数日後、王都の外側の城壁に立ち、ベルナルドは部下の男と帝国の軍の様子を眺める。
減らした数を、またも奴隷兵で埋めてきたようだ。
そのことに、ベルナルドは不愉快そうな表情をする。
またかと言いたいような表情だ。
「最終決戦か……、どうなることやら……」
誰が呟いたのか、この言葉が風に乗って聞こえて来ると、王国軍は帝国へ向けての戦闘開始の機会を計り始めたのだった。




