第230話 再生
「ティノ殿が殺られただと……」
「はい」
ティノの要請により囮としてピノパルーデ砦に残してきた兵が、先に後退していたベルナルドたちがいるダヴァレイ砦に駆け込んで来た。
そして、ピノパルーデ砦で起こったことの報告を受けると、ベルナルドは顔を青くした。
王であるマルコを保護して育て上げた国にとって大恩ある人間。
しかし、その実態はよく分かっていない。
ただ、王であるマルコのことを大切にしているというのは感じ取れる。
それが育ての親としての感情なのか、何か企んでいるのではないかという疑心が僅かにあるが、味方であることは間違いない。
ティノの戦闘力は人間の領域を超えている。
恐らく何かの特殊能力を保持しているからなのだろうが、あそこまでの領域に達するのは本当に人間なのかと疑いたくなる。
そこまで言って良いほどの強さを誇るティノが、殺されるという状況がベルナルドには想像できなかったからだ。
「驚異的な魔力で強力な魔導砲の砲撃を防ぎきり、その魔導兵器を全て破壊したところ、ヴィーゴに足を斬られるところまで確認しました」
「そうか……」
どんなにティノが化け物染みた魔力を有していようとも、あの魔導砲の攻撃を5発も防いで魔力が残っているとは思えない。
その状態で足をやられれば、逃げることも戦うこともできないだろう。
奴隷にしようにも、魔力の回復したティノに奴隷術が通用するのかはかなり怪しい。
そうなると、敵にとっての脅威にしかならないティノを、ヴィーゴのような者が生かしておくとは考えにくい。
そうなると、ティノが殺されたというのは間違いないだろう。
兵の予想も混じった報告に、ベルナルドは納得の声を漏らしたのだった。
「お前たちはよく無事だったな?」
「……ティノ殿より、兵器の破壊を確認した後、我々はこちらへ向けて逃走を開始するように言われておりました」
「そうか……」
この報告に、多くの兵が俯いた。
敵の奴隷兵を老若男女関係なく抹殺すしたティノを、命を軽んじていると嫌悪感を抱いていた兵たちだった。
しかし、ティノはそうではなかった。
ただ、仲間を守るために心を鬼にして敵を葬っていたに過ぎなかったと、時間が経って気が付いていたからだ。
結局、囮で命を落とす可能性が高かった者たちは一人も死なず、自分一人死んでいったティノに今更申し訳なさが込み上げて来ていた。
その雰囲気を理解してか、ベルナルドは短く返事をするだけだった。
『それにしても、あの兵器を破壊したのか? やはりすごいな……』
あの魔導兵器を破壊しようとしたら、1台だけでもどれだけの兵の力を集結しなければならないか分からない。
それを、5台全て破壊するなんて、本当に人間離れしている。
王国が劣勢なのは変わらないが、相当の負担軽減になったことは間違いない。
ベルナルドは、内心改めてティノの凄さに敬服した。
「皆! ティノ殿の死を無駄にするな敵を何としてもここで食い止めるのだ!」
「「「「「おぉ!」」」」」
数の差は覆せない。
根性論でどうにかなるとは言わないが、これが結構馬鹿にできない。
兵の士気の差で勝利を呼び寄せるといということは、間々ある。
ティノには悪いが、その死を兵の士気を上げるために利用させてもらう。
ベルナルドの考えは成功し、兵たちの士気は今までで最高に高まっていたのだった。
「俺死んだと思われているのかな?」
魔力の回復を感じ、ティノは転移で王都の外れにある自宅に戻って来ていた。
ベッドに横になった状態でいると、思わず独り言を呟いてしまった。
ベルナルドの所へ飛んでもよかったのだが、今の状態のティノではまともに動けず、足手まといになると感じて自宅に戻ることを選択した。
ピノパルーデ砦に残って貰っていた兵たちも、恐らくは逃げられたはず。
強力な魔導砲を破壊したのだから、あとは兵による戦いになるはず。
ティノの今の状況では何をする事ともできないため、そこはもう、彼らに頑張ってもらうしかない。
「どう考えても間に合わねえな……」
数で劣る王国軍では、残り一つのダヴァレイ砦では帝国の攻めを抑えることは難しいだろう。
一応、再生魔法をして足を治してはおり、出来る限り時間を稼いでもらいたいところだが、王都に攻め込まれるまでに治るとは思えない。
悪阻が治まったとのことを考えると、王妃パメラが出産するまであと半年程度。
出来れば出産まで持ちこたえてほしいところだが、移動距離と移動速度を考えても、それはとても無理だろう。
“カチャッ!!”
「やっぱり! 父ちゃんだ!!」
「何じゃ? お主程の者がここまでやられるとはな……」
フェンリル親子はこの戦争に加担しないということなので、2人は近くの森へ移動していた。
しかし、ティノが久しぶりにここに来た匂いを感じ取ったのか、フェンリルのミーナの息子であるミルコが来たいと言ったそうだ。
生まれてすぐから一緒にいるティノのことを、ミルコはいまだに父だと思っている節があり、会うといつも甘えてくる。
人間の姿に変身しているからいいが、フェンリルの姿でじゃれつかれたら、結構しんどい大きさになってきている。
母のミーナはティノの実力を知っているため、大怪我をしてきたティノに意外な表情で話しかけてきた。
「……なぁ? ミーナ……」
「何じゃ?」
抱き着いているミルコを左手でどかしながら、ティノはミーナに問いかける。
ミルコは、ティノなら怪我をしてもそのうち治せることが分かっているからか、心配するということを全くしない。
逆にたいして抵抗できないのがラッキーだとでも思っているのか、抱き着いて離れないでいる。
「お前再生魔法使えるか?」
「使えなくはないが、使うこともなかなか無い故、たいして上手くはないぞ」
神獣とまで呼ばれるフェンリルは、自己回復能力が高い。
それゆえに回復魔法などは使うことはほぼない。
再生魔法も同様で、練習が大事な再生魔法は大して上手くはない。
「それでもいいから足を手伝ってくれないか?」
「断る……と言いたいところじゃが、我らが静かに暮らすにはあの帝国というのは邪魔じゃからのう……」
神獣は神という文字が付いているように、どこかの国に加担することができない神からのお告げのようなものがある。
そのため、この戦争に参加しないことになっているのだが、参加しないからと言って、国ごとに好き嫌いは当然ある。
ミルコと共に暮らすには、帝国のようなところよりもルディチ王国のような国の方がのんびりできる気がする。
ティノを助けるとなると、ルディチに加担したということになるのではないかと思い、拒否をしたいところだ。
「別に人間一人を助けた所で問題ないじゃろう」
「おぉ、助かる!」
国に加担するのではなく、1人人間を助けるだけ。
便宜的にも思えるが、それを今突っ込むところではない。
ティノはミーナの言葉に感謝をした。
「父ちゃん! 俺も手伝うぞ!」
「だから、父ちゃんじゃ……」
母とのティノの会話で、自分も手伝えばティノに褒められるのではないかと思ったのか、ミルコも手伝うことを申し出てきた。
いつものように父呼ばわりを訂正しようとしたティノだが、気になることがありいったん止まる。
「お前も再生魔法が使えるのか?」
「たいしたことないけど使えるぞ!」
いつの間に再生魔法なんて覚えたのだろう。
生まれてから結構一緒に暮らしてきたが、ティノが教えたことなど無かった。
「たいしたことなくてもいいから、治すのを手伝ってくれ!」
「分かった!」
使える理由はどうでもよかった。
今は少しでも再生することに意識を向けたい。
ミーナとミルコに協力をしてもらっても全治は無理だろうが、帝国の王都侵攻までにはどうにか動けるようにはなっておきたい。
役に立てると喜んだミルコの頭を、ティノは撫でてあげたのだった。




