第229話 逃亡
「ぐっ……」
両足を失くし、ティノは顔を歪める。
痛みによってというのも多少はあるが、自分の失態に対しての方が強い。
皇帝ヴィーゴが自ら動くとは思っていなかった。
思えば、ティノの子孫であるマルコ同様、国のトップでありながら前線に出て行くことを平気でするタイプだということを忘れていた。
「良い様だな? ティノ……」
「ハ、ハハ……、皇帝自らとはご苦労なことで……」
上から見下ろしながら話しかけてくるヴィーゴに対して、ティノは空笑いして言葉を返す。
魔力はほぼ空。
両足失くしてステータス減少。
最悪の状態で最悪の相手と対峙することになってしまった。
「王国を相手にするならお前が邪魔になると戦争前から思っていたんだ」
「ほう、それ……でっ!?」
話しながらゆっくりと近付いてくるヴィーゴ。
それに対して、ティノは話の途中に左手で全身を跳ね上げ、右手の剣で突きを出してヴィーゴの心臓を狙った。
“ズバッ!!”
「ぐっ!?」
「浅はかだな……」
ヴィーゴの言う通り、咄嗟に仕掛けた攻撃ではヴィーゴには通用しなかった。
それどころか、ヴィーゴに躱され、右腕まで剣で斬り飛ばされてしまった。
「いくらお前でも、そんな体勢からの一撃に力が入る訳がないだろう?」
「ハッ……、ごもっとも……」
左手だけでは、戦うどころか逃げることすら不可能だろう。
ティノは諦めたように返事をする。
「魔導兵器を無駄にしたかいがあったな」
その様子に、ヴィーゴも笑みを浮かべた。
魔導兵器でティノを釣る。
ヴィーゴはティノのことをかなり評価している。
魔導兵器の5台を無駄にする価値はある。
そう思っていたが、最高の結果に内心大満足していた。
「死ね!!」
「クッ!?」
あとはこの剣をティノの心臓に刺し込むだけ。
両足を斬られ、立ち上がることができないティノに対し、ヴィーゴは剣を打ち下ろした。
“フッ!!”
「なっ!? 馬鹿な!?」
ヴィーゴが打ち下ろした剣には、何の手ごたえも感じなかった。
ティノが、斬り殺す瞬間に消え去ってしまったからだ。
「転移魔法はもう使えないはず……」
ヴィーゴと共に近くまできていたダルマツィオも驚き、慌てる。
この現象は見たことがある。
ティノが転移した時の反応そのものだ。
策に嵌め、転移できなくなるまで魔力を消費させることに成功したはず。
それなのにもかかわらず、いなくなるなんて信じられない。
折角、魔導兵器を捨ててまでこの場でティノを仕留めておきたかったというのに、これでは無駄に終わってしまう。
それに、生きていれば、これからの戦いでまた邪魔になることは間違いないからだ。
「くそっ!!」
まさかの出来事に、イラ立ったヴィーゴは斬り落としたティノの腕を蹴とばす。
他の帝国兵もヴィーゴの怒りに顔を青くしている。
「探しましょうか!?」
「…………いやいい、さすがにあれはこの戦争中には治らないだろう」
ティノなら再生魔法も使えるかもしれないが、いくら何でもこの戦争中に治せるとは思えない。
また姿を現したとしても、部位欠損によるステータス減少が起こっているはず。
その状態なら、まだどうにかできるかもしれない。
「これも保管しておけ!」
「かしこまりました!」
転がったティノの手足を見て、ヴィーゴは笑みを浮かべた。
そして、部下に指示を出し、手足を拾わせた。
「各自、これよりピノパルーデの砦に攻め込むぞ!」
「「「「「オォォー!!」」」」」
ティノを仕留めそこなったが、これで王都までの最大の邪魔はいなくなった。
それならば、ティノが回復して戻ってくる前に、王国を潰してしまえばいいだけだ。
そうと決まればと、ヴィーゴは目の前のピノパルーデ砦を攻めるように指示を出し、後方へと戻っていったのだった。
「……危なかった」
突如ヴィーゴの前から消え失せたティノは、近くの森の中にいた。
右手両足からは血が流れ、血溜まりができている。
「ぐっ……、回復薬を……」
折角逃げられたと言っても、止血をしなければこのままお陀仏だ。
ティノは残った左手で回復薬を取り出し、一気に飲み干した。
「フゥ~……」
回復薬のおかげで、少しずつ傷口が塞がっていく。
これで一応出血死はまぬがれるだろう。
ティノは安心したように一息つく。
「奴から奪っておいて良かった」
魔法の指輪から取り出した石を見て、ティノはしみじみと呟いた。
ティノがヴィーゴの下から逃れられたのは、この石のおかげだ。
ハンソー王国を潰す時、馬鹿王子のイーヴォから奪い取っておいた転移石である。
これを使って残りの少ない魔力で、近場に転移することができた。
ヴィーゴがダルマツィオの言うことを受け入れて、周囲を探していたらもしかしたら見つかっていたかもしれない。
国ごと潰したハンソーの馬鹿王子にティノは内心感謝した。
まずは魔力が回復しなくては何もできない。
ティノは魔法の指輪から食料を取り出し、口に詰め込んでいった。
その後、ティノは魔力欠乏で気を失いそうになるのを何とか堪えながら、そこを動かず大人しく魔力の回復を待っていた。
「砦の破壊を始めたか?」
魔力回復に努めるティノの耳に大きな音が鳴り響いてきた。
音の鳴る方角は、ピノパルーデ砦の方角だ。
どうやら帝国は砦の破壊を始めたようだ。
「あいつらは逃げられたかな……」
砦内に残ってくれていた王国兵たちには、ティノが魔導兵器を壊したのを見たら砦から逃走するように言っておいた。
壊してから逃げて、帝国兵が砦に攻め込んだのは2、30分。
逃げた姿を見られるかもしれないギリギリといったところだろうか。
危険を承知で残ってくれたとはいえ、できれば助かってほしいところだ。
少しの間破壊音が鳴り響くと、少しずつおとなしくなっていった。
全員が逃げ去ったことがバレてしまったのだろう。
もぬけのからを相手に戦っていたと分かった時の奴らの顔を見てみたいところだが、今はそれもできないのが残念だ。
「そろそろ大丈夫かな……」
数時間おとなしくしていたので、魔力は少し回復した。
「ベルナルドへ伝えにいかないとな……」
魔導兵器がある・無しを知っているのと、そうでないのとでは戦い方に差が出る。
ベルナルドにはそのことを伝えなくてはと、ティノはその場から転移していったのだった。




