第226話 囮
「一通り済んだか……?」
「「「「「「………………」」」」」」
日もそろそろ暮れてくる。
今日の戦闘はこれまでだろう。
迫り来る奴隷兵の始末を終え、ティノは一息ついた。
それに対し、周りの目は冷たい。
「…………何だ?」
一応仲間の王国兵たちに自分がそんな目を向けられる理由が分からず、ティノは側にいた1人に問いかけた。
「女子供を殺しまくって何故平然としていられる!!」
「あっ?」
問いかけられた兵は、ティノの口調が軽く感じたらしい。
それが癇に障ったらしく、怒鳴るようにしてティノへ詰め寄った。
ティノはティノで、何に腹を立てているのか分からなかった。
女子供だろうと、殺らなければこっちが被害を受ける。
帝国は奴隷も含めると、王国とは兵数が違う。
この兵数差で、王都手前の3つの砦で勝利を収めようなんて甘い考えを持っている訳でもあるまい。
王都まで攻め込まれるにしても、少しでも敵兵の数を減らしておかなければ、王のマルコたちが危険が及ぶ。
甘い考えでは自分の命すら救えない。
兵の数を増やすことに意識しすぎて、心構えの方の鍛練はできなかったのかもしれない。
「止せっ!」
ティノを睨みつけたままのその兵に、ベルナルドが制止の声をあげた。
殺し合いを経験しているせいか、ベルナルドはまだマシな方かもしれない。
とは言っても、ティノへの態度が少しよそよそしい気がするのは、ベルナルドも甘いのだろう。
「……別にお前らに嫌われようと構わん。最終的に勝利さえ収められればいい」
ティノにとっては王国兵は大事ではない。
最悪、マルコと、生まれてくる子が無事なら王国が潰れても構わない。
嫌われたからといって、帝国程の数を相手にする訳ではないのだから脅威でもない。
一応味方の王国兵たちにわざわざ火に油を注ぐようなことを言ったのは、自分への怒りを帝国に向けてもらいたかったからだ。
◆◆◆◆◆
「あっさりだな……」
「そうですね」
奴隷兵を仕向けた帝国側の方といえば、皇帝のヴィーゴと右腕のダルマツィオが、特に気にする素振りもなく淡々と話していた。
「……にしても、あんな風に殺しまくったら仲間から嫌われるぞ」
ティノの性格を全て知っている訳ではないが、戦いにおいてちゃんと冷酷な判断ができる人間だと思っていた。
甘ちゃんの集まりの王国兵の前であんな殺戮劇をすれば、今頃針のむしろのような状態だろう。
たしかに王国の砦内は、ヴィーゴの狙い通りといったところだろう。
「次は魔導兵器で攻めろ!」
「はっ!」
奴隷兵の補充はすぐにでもできる。
ヴィーゴというより、帝国にとって最大の脅威になるのはティノだけだ。
予定より早く姿を現したのはむしろ良かったのかもしれない。
早々に始末できれば、帝国の勝ちは確実だ。
莫大な資金を使って作り上げた魔導兵器、それと魔導士を使い潰しても構わない。
ここでヴィーゴは賭けに出ることにした。
◆◆◆◆◆
「っ!?」
数で勝り余裕がある帝国が、夜襲をしてくるとは考えにくい。
だが、可能性もあるためティノも敵陣の監視をしていた。
普通の監視役なら見えない距離でも、ティノなら余裕の距離だ。
干し肉を食いながら眺めていると、夜の闇を利用して密かに帝国側が動き出したのが確認できた。
目に魔力を集め視力を強化し、帝国軍の様子を遠くから眺めていたティノは、5台の魔導兵器が出てきたことに驚いた。
このピノパルーデ砦に逃げて来る途中で、とんでもない威力の魔力の砲撃を見た。
ティノでも一歩間違えればあの世行きになりそうな代物が、数台あるなんて思いもしなかった。
『あれは潰しておかないと……』
一発でも王国兵が数千は簡単に吹き飛ぶだろう。
王都にあれが持ち込まれたらシャレにならない。
危険だがここで潰しておくべきだとティノは判断した。
「ベルナルド、ここにきて早々で悪いが、ダヴァレイへの逃走準備を開始してくれ」
「何っ!?」
魔導兵器への魔力装填を開始したのを確認したティノは、すぐにベルナルドの部屋へ移動した。
ノックと共に室内に入るなりティノにそう言われ、椅子に座って体を休めていたベルナルドは慌てて立ち上がった。
「どういうことだ!?」
王都への侵入と敵兵の数を減らすための砦なのにもかかわらず、奴隷兵とはいえ数は減らせているとは言っても、時間を稼ぐことが全くできていない。
唐突な提案に、ベルナルドはの口調が少し荒くなってしまったのは仕方ない。
「あのとんでもない魔導兵器が5台も出てきた」
「なっ!?」
この砦に着くまでに、ベルナルドも見たとんでもない威力の魔導兵器。
一撃で砦を半壊させるのではないかというほどの威力に、ベルナルドも死の恐怖を感じた。
それが5台もとなると、とてもではないが太刀打ちできそうもない。
ティノのいう逃走も当然かもしれない。
「逃げても兵器を潰さないと……」
砦を移したとしても帝国軍は追いかけてくる。
何の解決にもならない気がする。
どうせなら打って出て、自滅覚悟で兵器を破壊した方が良いのではないだろうか。
「俺が1人でなんとかあの兵器を潰してみる」
「そんなの無茶だ! それに逃げたのがバレれば、ティノ殿の相手をしなくてもいいと考えるかもしれない」
ティノが化け物じみた強さだと言うのはベルナルドも理解はしている。
帝国もあまり相手にしたくはないだろう。
それでもあの兵器の威力はとんでもない。
竜種の魔物であっても、一撃で大ダメージを与えられるだろう。
それが5台。
連射ができるとは考えにくいが、ティノ1人……というより、人間が5発を耐えられる訳がない。
全弾防ぐなんてことは不可能だ。
「……なら兵と相談してくれ。残りたい奴だけ残るように」
ただ逃走するだけならバレる可能性があるが、残っている人間がいれば察知するのは遅れるはず。
当然残った人間の命は保証できないが、功績としてはかなり優遇されるだろう。
王国兵の中には功績欲しさに兵に志願した者もいるだろう。
そういった者なら、多少なりとも囮として残るはずだ。
「……分かった」
ティノの提案を受け、ベルナルドは兵たちを集めて説明をした。
結局兵は200人程度しか残らなかった。
「だろうな……」
その予想通りの人数に、ティノは納得したように呟いた。
逆に、これだけでも残ったことが意外だったかもしれない。
昨日の奴隷兵への攻撃で、ティノは自分が兵たちから白い眼を向けられていたのは分かっていた。
ティノが囮になると聞けば、賛成する者ばかりだろう。
それが分かった上で兵と相談しろといったのだ。
「お前たちもいつでも逃げられる用意をしておけ。俺がヤバくなったら自己判断でダヴァレイ砦へ向かっていい」
「「「「「了解しました!」」」」」
残った者もできれば死にたくはない。
生き残れるのであればと、ティノの言葉をすんなりと受け入れた。
「さて、がんばりますか……」
日も登り、魔導兵器が帝国が張った結界から出てきた。
あれを相手にしなければならないと考えると憂鬱になるが、やるしかない。
ティノは密かに気合いを入れた。




