第225話 不信感
「さて、何とかここで数を減らさないとな……」
ピノパルーデ砦の最上部にある監視台から、眼下に見渡す帝国の大軍を前に、ティノは軽くストレッチをしていた。
今日は開戦した最初のうちはここまでの逃走で疲弊している王国兵は警戒態勢だけで、ティノ1人で戦うことになっている。
トウセイ砦で多くの兵を王国兵が倒したのだが、減った様子が感じられない帝国軍に、ティノも王国兵同様嫌気がさして来る。
これほどの数になると、恐らくティノでも全滅させることなどできないだろう。
しかし、王都前にある3つの砦で数を減らしておかないと、王都での決戦で勝つことなどできないだろう。
そうなればマルコの命もただでは済まない。
ティノの今の行動事由は子孫の安定。
ここまで大きくなった帝国を一人で沈めることはできないが、マルコが幸せに生きるために王国が勝利する助けをしたい。
「……早いな。もうティノが出てきたぞ?」
望遠の魔道具を使い、砦の上部に立っているティノの姿をとらえた帝国皇帝のヴィーゴは、側近で右腕の将軍ダルマツィオと話していた。
「我々の数を減らしたいのでは?」
「……ここで減らしたところで、意味があると思っているのか?」
帝国領から奴隷兵の補充は常におこなっている。
トウセイ砦ではたしかに多くの兵を減らされたが、減らされたなら増やせばいい。
自分と自分に役に立つ人間以外は人を人とも思わない。
そんな考えが根本にあるせいか、ヴィーゴは当たり前のようにそう考えていた。
マルコを守るために何故かティノが動いているのはヴィーゴも理解している。
ヴィーゴとダルマツィオは、王国の王都までの戦いでは、軍の援助で姿を見せることがあるとは思っていたが、本格参戦は王都での決戦時だと考えていた。
「早いのは以外だったが、こちらとしてもティノを落とし入れるちょっとした策は考えている」
「あれを使いますか?」
「あぁ……」
ピノパルーデ砦での戦いが開戦し、今まで同様帝国側は自爆兵による攻撃を開始してきた。
“スッ!”
「………………」
死の恐怖に苦悶の表情をしながらも、命令により動かなければならない奴隷兵が全力で走り砦へ接近する。
それを、王国の兵たちも心苦し気な表情で見ている。
しかしその奴隷兵を無言・無表情で眺めながら、ティノは指からレーザーのような光線を放ち迫り来る奴隷兵の頭や胸を貫き、無慈悲に殺害していった。
「……すごい!」
「……化け物だ!」
「しかし……」
「…………」
迫り来る自爆兵を倒さなければならないのは、これまでの戦いから王国兵もわかっている。
しかし、何のためらいもないティノの態度に、ごく少数の王国兵からはわずかながら畏怖の感情が湧いているようだ。
現場指揮を任されているベルナルドもティノの側で見ているが、ティノの強さに引き気味だ。
そのせいなのか、ごく一部の王国兵が向けるティノへの目が冷たい事に気付いていないようだ。
「……うぅ」「やだよ……」
大人と老人の奴隷兵の次は子供の奴隷兵たちが迫ってきた。
恐らく以前のように魔獣化させようと言うのだろう。
「………………」
それをティノは変身をさせない。
変身をされれば手が付けられない魔獣へと変わってしまう。
それも分かっているが、まだなにもしていない子供たちが頭や胸に魔法をくらい、その一撃で絶命していく。
それもティノは無言・無表情で行なっていく。
「…………」
「……くっ!?」
バタバタと物言わぬ骸に変わっていく子供たちの姿に王国兵は更に心を痛める。
中には涙を流している人間もいる。
「…………うぅ」
少年の奴隷兵が減って来ると、今度は違う奴隷兵が迫って来た。
「んっ?」
「何だ!?」
「あれは!?」
遠くから迫り来るその姿を見るに、女性の奴隷兵らしい。
しかも、全員全裸の状態だ。
戦争でそんな人間を向けてきた帝国側の考えが分からず王国兵たちは首を傾げていた。
その中にはお腹を大きくした女性……妊婦も混じっている。
もしかしたら帝国人によって性的な奴隷として扱われていた女性たちなのかもしれない。
『…………あれは……』
「……? どうした? ティノ殿?」
そのなかの一人に、ティノは見たことある女性の顔が見えた。
ここまで何の変化も見せなかったティノの表情が僅かに変わったことに、ベルナルドは訝しんだ。
「……何でもない。知った顔がいただけだ……」
元ミョーワ共和国副大統領だったセコンド。
その妹、リリアーナだ。
一度帝国に支配された土地を革命によって奪還した時、命を救われたことからティノへ好意をよせていた。
その思いを知っていたが、長い年月によって性欲が枯れきっていたティノは相手にしていなかった。
1度復活した共和国もまた潰され、捕えられて強制的に奴隷にされたのだろう。
体に無数の傷が見受けられ、目に光がない。
「…………っ!?」
しかし、その目に僅かに反応があった。
すると足を震わせ、足が止まる。
砦の最上部に建つティノが目に入ったからだ。
「止まるな!! 豚!!」
「がっ!?」
担当の魔導士らしき人間が罵り魔力を放出すると、胸元の奴隷紋が反応し、リリアーナは胸を抑えて苦しみだした。
「……うぅ、何で……」
ティノにだけはこの姿を見られたくなかった。
涸れきったと思っていた涙が溢れて止められなかった。
故郷を取り戻そうと戦い、一度は取り戻した。
それがまた奪い取られ、再起も計れないほど潰された。
兄も殺され、奴隷紋を付けられ、帝国の男どもの性処理をさせられた。
何度か抵抗を試みるが、奴隷紋が付けられた状態では意味がない。
王国との戦いがおこり、自爆兵にされたことで、死ねるとわかったときは救われた思いだった。
それが蓋を開ければ一番見られたくない相手に見られることになってしまい、足がなかなか進まない。
「…………」
大粒の涙を流し、自分を見つめながら迫って来るリリアーナ。
それをティノは無言で見つめ返す。
″スッ!″
目が合っているのを理解しながら、ティノは人差し指をリリアーナに向ける。
“ズンッ!!”
ティノの光線が突き刺さり、リリアーナは奴隷紋ごと心臓を打ち抜かれた。
「っ!? 知り合いだったのでは!?」
「…………」
ベルナルドの問いに反応を示すことなく、ティノは女性奴隷たちを殺していった。
さすがにこれには王国兵だけでなくベルナルドまでもがティノに恐怖を覚えた。
敵とは言え、彼らは強制的に奴隷にさせられた人間たち。
王国兵が多少のためらいを持つことを咎めることはできない。
むしろ、その方が自然に思える。
だが、ティノは違う。
無言・無表情でためらう素振りを見せずに屠っていく。
ティノがマルコ王を大切に思っているのは、ベルナルドも分かっている。
しかし、王との関係がいまいちわからないせいか、それがどこまでなのかは分からない。
それに、その強さが恐怖をさらに増大させる。
その強さがいつ自分に、王国に、向けられるか分からない。
それが仲間であるはずの王国兵たちに不信感を持たせることになった。
しかし、ティノへの不信感を持ったベルナルドや王国兵たちは気づいていない。
殺された多くの奴隷兵たちが、ようやく帝国による苦しみから解放されたことを喜んでいることに……
そして、惚れた男に苦しむことなく殺されたリリアーナの口元が僅かに微笑んでいたことに……




