第223話 撤退
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「ぐっ!? これが元々は子供だと……!?」
近接戦闘部隊の重装歩兵たちは、3人1組になり大盾を使って1体の化け物を抑えにかかる。
この部隊の隊員は巨躯な者が中心になっているのだが、全力で当たってもジワジワ押されている。
抑えている化け物が、数時間前まで子供だったとは信じがたい。
栄養を最低限にしか与えられていなかったであろう痩せ細っていた子供がだ。
「槍兵! 剣兵! 彼らが抑えている隙に攻撃だ!」
王国軍軍団長のベルナルドは、パワー負けしそうな重装兵の援護をするように指示を出す。
その指示に従い、剣・槍を持った兵が化け物に攻撃を加えた。
「グルアァーー!!」
連携は上手くいき、化け物は刺され、斬られて傷ついていく。
そして血が噴き出し、悲鳴のような声をあげて弱っていき、少しずつ後退していった。
“ドンッ!!”
「っ!?」
そこへ、上空から魔法と矢が雨のように降り注いできた。
「撃て! 撃ちまくれ!!」
帝国軍から大きな声がかけられる。
化け物と化した子供たちも巻き添えにするような攻撃に、多くの王国兵が命を落としていく。
それもそのはず、帝国側からしたら元々使い捨てる予定の奴隷兵。
敵を倒すためなら子供であろうとそんなことはお構いなし。
「平民のガキなんかいくらでも作り出せる! 構わず敵の砦に向けて攻撃を放ちまくれ!!」
「くっ!? どこまでも腐ってやがる!?」
子供を無理やり奴隷にして、化け物に変化させて、敵の注意を引き付けさせておいて使い捨てる。
帝国の人間が腐っているのは分かっていたが、ここまで来ると呆れるくらいだ。
愚痴を思わず出てしまったが、降り注ぐ攻撃に対応しなければならない。
「ベルナルド様!! このままでは被害が拡大するばかりです!」
「……くっ!?」
部下の男の進言通り、このままここで帝国軍から攻撃を受け続ける訳にはいかない。
元々この砦だけで帝国を抑えられるほど甘い考えはしていない。
しかし、ここまで人の命を軽く扱うような奴らに、このまま引き下がらなくてはならないかと思うと悔しくて仕方がない。
徹底的に交戦して、一人でも多くの帝国兵を殺してやりたい気分だ。
「まだ初戦だ相手の卑劣な手段に目を曇らせるな!」
「っ!?」
撤退の指示をためらうベルナルドの側に、一人の男が降り立った。
「ティノ殿!?」
ベルナルドの言うように、現れたのはティノだった。
「撤退しろ! 殿は俺が務める」
「申し訳ない!」
領土と軍の大きさに差がある帝国相手に、簡単に勝てるとは思っていなかった。
この戦争が始まる前から、ティノは王国軍が撤退を余儀なくされる可能性があることは予想していた。
その時のために、ティノは遠くから戦いの様子を窺っていた。
まさかマルコが子供の時、チリアーコとかいう奴が作り出した子供を化け物に変える魔法が、帝国にまだ残っていたとは思っていなかった。
ベルナルドは、まさかティノが現れるとは思ってもいなかったのか、その驚きが冷静さを取り戻したらしく、すぐに感謝と謝罪が混じった言葉と共にティノへ頭を下げた。
「全軍撤退だ!!」
撤退と決めたからには迅速に行動をしなければならない。
ベルナルドは兵たちに指示を出すと、砦の裏門から逃走を開始した。
「ヴィーゴ様。ティノの奴が現れた模様です」
帝国本陣、皇帝の右腕であるダルマツィオは、斥候から受けた情報を主の帝国皇帝ヴィーゴへと報告した。
「…………砦の王国兵の動きは?」
「撤退を開始ししております」
子供の奴隷兵を魔物へと変異させる魔法が、思っていた以上の確率で成功したのは運がよかった。
はっきり言って、人の魔物化はいまだ完成には至っていない研究だ。
この魔法を狂ったように研究していたチリアーコを、雇っていたことが無駄にならずに済んで気分が良い。
ヴィーゴはそんな感情を顔には出さず、正確な戦況の報告を求めた。
そして、来る質問が分かっていたかのように、ダルマツィオは返答する。
「……なるほど。撤退時の殿をティノに任せることで、少しでも多くの王国兵を逃がすつもりか……」
実力こそが重視される帝国で皇帝に上り詰めたヴィーゴは、自分の実力にかなりの自信を持っている。
しかし、ティノはまともな人間ではない。
どんな特殊な力を秘めているのかは分からないが、作戦もなしに相手にするのは極めて危険。
撤退行動を開始しているにも関わらずティノが現れたということは、そういうことなのだろう。
「どう致しますか?」
「まだ初戦だ。ティノを相手にしてこちらの数を減らす訳にはいかない」
王国王都までの侵攻にはまだまだ遠い。
巨大な領土を有しているこちらの側は焦る必要はない。
少しずつ王国の領土を奪って行けば良い。
「追いかけるのはいいが、深追いはするな!」
実の所、これ以上の庶民の奴隷化は控えたいところだ。
帝国貴族の中には、ヴィーゴへの反乱を企てている者がごく少数だがいまだにいるらしい。
庶民のヴィーゴへの悪感情を利用されると、王国への侵攻に遅れが出かねない。
ティノを相手にするなら、それ相応の対策が必要だ。
追いかけながら戦っても、怪我どころか埃ひとつ付けられる相手ではない。
無駄に数を減らす必要もないので、今は追いかけるだけで十分だ。
「かしこまりました!」
ヴィーゴの指示を受け、ダルマツィオは了承の言葉と共に一礼すると、全軍へとその指示を伝えに向かったのだった。




