第221話 ためらい
開戦して初日が終わっただけだが、両陣営の様子は色々な意味で明暗が分かれていた。
ヴィーゴ率いる帝国軍は自爆テロのように奴隷兵を使い仕掛けるが、マルコたち王国軍の魔法部隊によって大きな被害を与えられずに終わった。
戦法を読まれ、多くの奴隷兵を失った帝国側の方が戦況的には良くない。
しかし、王国側は兵に外傷的被害はたいして受けていないが、心理的に攻撃を受けた兵が多くいた。
帝国側の奴隷兵の実態を知っているからこそ起きたことかもしれない。
帝国の奴隷兵は、王国の奴隷兵とは異なり、犯罪奴隷などではない。
借金の形に取られた借金奴隷ですらなく、軍の徴兵に抵抗した人間だったり、元々敵国の平民だったり、中には帝国の貴族たちの気まぐれなどというとんでもない理由で奴隷にさせられた人間も混じっている。
勿論、犯罪奴隷・借金奴隷も混じっているがそれは少数で、元々戦う意思もない者たちが大半の兵である。
その者たちが浮かべる悲しみ・苦しみ・恐怖などが入り混じった何とも言えない表情を見てしまうと、殺さなくてはならないことは分かっていても、罪もない奴隷兵を殺すことに罪悪感が生まれてしまうのは仕方がないかもしれない。
逆に帝国兵側は奴隷兵は所詮使い捨てるだけの駒という認識を植え付けられているのか、敵にたいした被害を与えていないことでに、使えないと吐き捨てるだけで数が減ろうとも何とも思っていない様子だ。
翌日、前日同様に奴隷兵の接近に王国側が迎撃を開始しようとした時……
「軍団長!!」
王国の軍団長であるベルナルドの所に、兵の一人が突如駆け込んできた。
「どうした!?」
駆け込んできた兵の形相から何かしらの異変があったのだろうが、ベルナルドは冷静に報告を求めた。
「帝国の軍がまた奴隷兵による自爆攻撃を仕掛けてきた模様です!」
「奴隷とはいえ、奴らは人の命を何だと思っているだ!!」
開戦前から分かっていたことだし、昨日も何とか被害は少なく済ませることはできた。
奴隷兵の質が王国側とは違うことはベルナルドも当然分かっている。
軍団長としては甘いかもしれないが、それを平気で使い捨てるほど非情にはなりきれていない。
「情けでどうにかなるできるものでもない。心苦しいが迎撃せよ!」
敵側の奴隷兵には同情するが、それで自国の兵の命に危険が及ぼすわけにはいかない。
ベルナルドは昨日と同様に迎撃をおこなうように指示をする。
「いえ、それが……」
「……? なんだ?」
指示を出したのにもかかわらず、その兵はすぐに行動を起こさなかった。
というより、何か他に言いたげな表情をしている。
行動に移らないこともそうだが、何が言いたいのか分からないベルナルドは、普通に問いかけた。
「……迫って来ているのが……」
「はっきり言え!」
兵は言い出しづらそうに言葉を詰まらせる。
ベルナルドは敵の攻撃にすぐに反応を示さなければならない存在。
その兵の戸惑いで時間を使っている訳にはいかない。
なので、若干声に力が入ってしまった。
「……迫ってきているのが10歳にも満たない子供の奴隷兵です」
「…………何?」
報告を受けたベルナルドは、報告に来た兵を伴って砦の中の物見台へと急いだ。
「う、うぅ……」
「やだ! 死にたくない……」
「…………な、……なんで……」
「帝国はどこまで腐ってるんだ!?」
奴隷兵の子供たちは、大粒の涙を流しながらも抵抗できない命令に従って砦へと向かって来ている。
物見台から望遠の魔道具を使用して見た光景に、ベルナルドは強烈な怒りが込み上がってきた。
小さい子供たちが何の装備もなく、体に恐らく自爆の魔法陣を施された状態だ。
「数を稼ぐためとはいえ、あんな子供たちまで……」
「隊長! どうしましょう!?」
王国側の兵たちも、子供を殺さなければならないことに、どうしてもためらってしまう。
しかし、これ以上近付けば兵だけでなく砦にまで損害を与えられる可能性もある。
どうするべきか、ベルナルドへと指示を仰いだ。
「………………撃て!!」
「…………しかし……」
どうするかは決まっている。
迎撃をしなければならないに決まっている。
そのため、ベルナルドは指示を出した。
その指に、兵たちも分かっているが反論してしまいたくなる。
だが、兵たちはすぐに言葉を続けるのを停止した。
指示を出したベルナルドが握り込んだ拳から血が滴り、憤怒の表情でわなないていたからだ。
「…………かしこまりました」
ベルナルドとしても苦しい思いをしがらの指示だと理解した兵たちは、それぞれの配置場所へと戻って行った。
「見ろよダルマツィオ! やはり甘ちゃんの王国の者たちはガキの奴隷兵に青い顔してやがる」
「左様ですね」
奴隷兵の子供たちを仕向けた帝国側のヴィーゴは、望遠の魔道具で王国の兵たちがどうするべきか分からず慌てふためいているのを眺めて、楽し気に談笑していた。
ヴィーゴの右腕のダルマツィオも、王国が予想通りの反応をしていることに笑みを浮かべていた。
「おっ!? ガキを迎撃するつもりか?」
王国側がようやく子供相手に戦うことを決めたらしく、魔法兵の攻撃を開始した。
「でも、ガキどもの本当の目的は自爆じゃない……」
王国が迎撃を開始したようだが、慌てる様子はない。
言葉通りどうやら次の策があるらしい。
「やれ!!」
「ハッ!!」
ヴィーゴの指示に頷いたダルマツィオは、予定通り次なる策を開始する合図を部下に送った。




