第218話 迫る決戦
マルコを王とするルディチ王国、ヴィーゴを皇帝とするデンオー帝国。
どちらの国も来るべき決戦の為に兵を増強する事数年の歳月、その間はある意味では平和な時間だった。
しかし、その平和も必ず起こる決戦の前の静けさでしかない事は、両国に住む人々には分かっていた。
そしてその戦いはとうとう目の前へと迫っていた。
「失礼します。マルコ様!」
「どうした? アドリアーノ!」
執務室にて書類の整理をしていたマルコの下へ、少し慌てたように宰相のアドリアーノが入室してきた。
その慌てた様子に何かを察したマルコは、書類の手を止めて問いかけた。
「帝国の様子に変化が起きました! 兵をこちらの国境線に向けて進軍させ始めているようです!」
「っ!?」
その言葉を聞いて、マルコは反射的に立ち上がってしまった。
「とうとうこの時が来たか……」
この大陸の覇者を奪い合う戦いが起こる事を見越して、マルコの方もこれまで戦力の増強を図って来たが、平和が続いていた事で出来る事ならこのまま戦わないで時が過ぎてほしいという気持ちにもなっていた。
「しかし、数の上では確かにあちらに分があるようですが、こちらの兵数と比較してもまだ早いように思えるのですが……」
国土の面においては帝国の方が何倍も上だが、力に任せた戦力招集は国民たちの不況を買い、しばしば抵抗にあい進んでいない事は、この国にも伝え聞こえて来ていた。
それでもマルコたちルディチの国と比べても増強速度がやや上なのは、密偵の報告によって調べがついている。
数で圧倒する戦いが得意の帝国からしたら、ルディチに攻めてくるのはあと3、4年先の事だと予想されていた。
それが予想以上に速い進軍に、アドリアーノは疑問に思った。
「……皇帝ヴィーゴは決して好戦的なだけの人間ではない。何か策でもあるのかもしれない」
これまでの戦いからの印象として、マルコはヴィーゴの事を一部認めている。
今や大国となった帝国を、力でとは言え取り敢えず掌握しているからだ。
そんなヴィーゴが勝算もなく攻めてくるはずがない。
「そうですね……」
アドリアーノもマルコの考えに同意の答えを返した。
「それにしても、よりにもよって……」
「マルコ様……」
少し渋い表情になりつつ、マルコは呟いた。
マルコの言いたいことを察して、アドリアーノも同じような表情になった。
「パメラが懐妊したすぐ後だというのに……」
「そうですね……」
そう、マルコが言ったように妻であるパメラの妊娠が、つい先日分かった。
国を挙げての祝賀祭が開かれた直後に帝国の進軍とは、折角の気分も台無しにされた気分だ。
「ともかく、帝国軍を迎え撃つための隊の編成をするように指示をしておいてくれ」
「かしこまりました!」
帝国側が何を考えているのかは分からないが、迎え撃たなければならない。
そのための指示を受けたアドリアーノは、一礼して執務室から出て行こうとした。
「あっ!」
「どうなさいました?」
アドリアーノがドアの前に到着した時、マルコが今思いついたかのように声を上げた。
その声に反応したアドリアーノは、退室を中断してマルコに向き直った。
「パメラ専用の護衛部隊にロメオ達も加わるように言ってくれないか?」
王妃となったパメラには当然護衛を付けていて、数人の女性が常に側についている状況にある。
その女性たちに加え、マルコ付きの護衛部隊をつける事を指示した。
元々パメラは、王妃でありながら魔物の討伐に出たがるほど活発な性格をしている。
護衛の方も、最初はいらないのではないかと言っていたぐらいだ。
さすがに王妃に護衛なしでは何があるか分からない。
マルコが説得して何とか護衛を付ける事になり、精鋭の女性だけによる護衛部隊が結成されたのだった。
「この時期に帝国が進軍して来るのも気になる……」
「密かにパメラ様に危害を加えに来ると?」
パメラの妊娠は、恐らく帝国にも知られている。
そして、今回の進軍が開始された。
それには何の関係もないようには思うが、なんとなく嫌な予感がしていた。
妊娠していない状態のパメラなら、向かってくる暗殺者など簡単に返り討ちに出来るだろうが、今は身重の状態。
護衛部隊を信用していない訳ではないが、念には念を入れておきたい。
「ロメオが離れるとなると、今度はマルコ様自身の安全の方が疎かになってしまうのでは?」
アドリアーノの言う通り、今度は王であるマルコの身が心配になる。
「自分の身は自分で守れるよ。念のためだから……」
しかし、マルコはその事を自信満々に否定した。
パメラもそうだが、マルコ自身も王でありながら国内に現れた魔物の退治に自ら出て行ってしまうような性格をしている。
そして実力も相当なものだ。
「かしこまりました!」
マルコの実力の事を知っているアドリアーノは、いざとなれば自分が身を挺してマルコを守れば良いと考え、その指示に従う事にした。
そして、今度こそ執務室から退室していったのだった。




