第217話 強化へ
「ここには来たくなかったな……」
現在ティノは、この世界において超強力な魔物が跋扈する事で有名な島に来ていた。
以前もこの島に興味を持って上陸したことがあったが、ティノでも居続ける事が耐えきれず、1ヵ月程で出て行く事にした場所だ。
この世界の中で唯一、ティノが二度と立ち寄りたくないと思った島である。
「……でも仕方がないか?」
何故この地にまた足を踏み入れたかと言うと、それほど遠くない時期にやって来るルディチと帝国による西の大陸制覇の戦争が起きた時の為である。
ハンソー王国領土がルディチ王国の物になった事から、1対1の戦況になった事で第3国からの横やりを気にする必要がなくなった。
帝国からしたらルディチを潰すだけの戦力が整い次第、一気に攻め込む事は目に見えている。
ルディチも兵の増強を行うのだろうが、領土の大きさの観点から言ったら4倍近い差があるので、帝国の方が断然有利だ。
しかも帝国の場合、徴兵に逆らうような場合は強制的に奴隷へ変えてしまえばいいという方針でいるに違いない事から、兵の増強においても差が出てしまう。
その事から、それほど遠くない将来までに攻め入って来る帝国に対して、ティノもやるべきことをやろうとこの島に来ているのだ。
「俺が強くなるしかないだろ……」
帝国皇帝のヴィーゴは、ティノと言う化け物がルディチ側に存在している事を知っている。
ティノ対策としてなのだか、現在の居場所がどこだか情報操作や結界によって探索をさせないようにされていて、ティノでも見つけられない状況になっている。
兄がいなくなった事で皇帝の地位に就いたことで、それまで兄たちに付いていた将軍たちが多く、ダルマツィオ以外の将軍たちは信用していないのか、味方であるはずの各地に散らばる将軍たちですらよく居場所がよく分からない状況になっている。
信用していないというのか、それほどの実力と知恵がない事から、ティノも将軍たちを暗殺せず放っている。
ルディチに攻め入るのであれば、ティノも相手にしなければならないので、生半可な数でルディチに攻めてくるとは思えない。
帝国得意の戦法通り数は力だ。
ならばティノがルディチの為に出来るのは、今以上の力を手に入れ、圧倒的な力で捻じ伏せるしかない。
そのため、自信の戦闘力強化を図る目的でこの島に来たのだ。
“ザッ!!”
「グルルルル……!!」
「オイ、オイ……、しょっぱなからこんなのかよ!?」
島への到着早々、ティノの目の前にヘカトンケイルが出現し、その無数の手に持った武器で襲い掛かって来たのだった。
いきなりの上級魔物の出現に、ティノはぼやきながらも武器を構えて迎え撃ったのだった。
◆◆◆◆◆
一方帝国側では、
「失礼いたします。陛下」
帝国皇帝ヴィーゴの右腕として働く将軍ダルマツィオは、来るルディチ王国との決戦の為の各地の徴兵具合を記した調査書を持ってヴィーゴのもとへ参じた。
皇帝となり多くの書類整理を行うヴィーゴだが、一段落着いたのか中庭でのんびり休息を取っている所だった。
「……どういう事だ?」
渡された調査書に目を通したヴィーゴは、その進展具合に納得がいかないような表情でダルマツィオに説明を求めた。
調査書には数人の暗部の者に探らせたルディチ王国側の大体の徴兵進展度と、帝国各地の詳細な徴兵進展具合が記されているのだが、両国の徴兵具合は大方の予想に反して大差が無かった。
国土の差からも、多少強硬的な手段からもこの程度の差には疑問が浮かぶのは当然だ。
「はっ! 理由の方を精査した所、まず一つはルディチ側は獣人、魔人関係なく他大陸からの入国許可を出している事が大きいかと思われます」
「獣人や魔人なんて亜人種をよく平気で迎える気になるもんだな……」
この世界では、この西の大陸以外はそれほど人種による差別はなくなってきている。
むしろ、いまだに人族至上主義を通しているのはもはや帝国ぐらいのものである。
ヴィーゴも幼少期からの教育から、人族以外の人種に対しての偏見は強いようである。
「次に我が帝国の数が増えない理由になるのですが……」
「どうした? 遠慮せず報告してくれて構わないぞ」
ダルマツィオが報告に若干の躊躇を見せた事に疑問に思いつつも、ヴィーゴは先を促した。
「はい。まず奴隷化への進展状況が遅々としている原因は、末端の者たちによる所が大きいかもしれません」
「……どういう事だ?」
「陛下の指示が各地の将軍たちへ伝わり、その将軍から更に部下の隊長格へと、下へ下へと行くにつれ現在の状況を理解していないのか、奴隷を増やす事の意味を分かっていないように思われます」
ダルマツィオの報告によると、末端の兵たちが徴兵と偽り女性を無理やり連れて行ったり、軍資金の調達などと言って金品の強奪をおこなっている者が各地で頻発しているらしい。
連れていかれた女性は当然のように強姦され、事が済めば始末するなど、まるで盗賊のような行為が横行していて、当然正式な徴兵に従う者など減り、強制的に徴兵しようとしても激しい抵抗を受け、なかなか進んで行かない状況に陥っているようだ。
そもそも、これまで帝国に軍事占領された国々の市民たちからしたら、これまでも様々な苦しい思いをさせられて来た帝国に協力などしたいと思う訳がない。
「帝国とルディチではそもそも領土の差がある事から、数で負ける事はないと考えているようです」
報告途中から頭を抱えだしたヴィーゴに手で促され、ダルマツィオは話を続けた。
そもそも、兵が増えればルディチを攻め滅ぼした時の自分の手柄が減るなどと言う考えを持っている小賢しい考えの者もいて、あえて手を抜いている者までいるようだ。
国土の差も要因としてあり、戦う前から勝てる気満々でいる者が大半らしい。
「情勢も理解できない愚か者どもが……」
ティノと言う不確定要素も存在するルディチ相手に、舐めてかかるなど言語道断。
幾ら末端にまで目が届かないと言っても、現在の状況は看過できない。
「各地の将軍たちに伝えろ! 末端の部下に至るまで、ルディチとの戦闘時の兵数の重要性を理解させろとな!」
ティノの事など末端に知らせたからと言って、何も変わる事など無いのは分かっている。
その事を除いても、ルディチの国王であるマルコは無能ではない。
攻め入るにも万全の準備をして挑まなければ、返り討ちに会う可能性も少なからずある。
その事を末端まで行き届かせなければ、時間ばかりが過ぎてルディチへ攻め入る隙を失ってしまう可能性もある。
折角の休憩時に不快な報告を受け、若干いら立ち気味にヴィーゴはダルマツィオへ指示を出した。
「畏まりました!」
指示を受けたダルマツィオは、深く頭を下げると共にすぐさま各地へ指示を送る作業を行いに行ったのだった。




