第195話 イラつき
数日後、カセターニ家当主チリーノとグリマンディ家当主ダニオが王城に呼ばれ、証拠の手紙を突き付け内乱を画策した罪で拘束し、牢屋に送られる事になった。
「おのれ! 貴様の様な餓鬼が現れなければ、私が王となっていたのに!」
「帝国と事を構えて勝てる訳が無いだろ! ならば帝国に傘下に入るのがこの地の人々が生き残れる術なのだ! 何故それが分からない!?」
チリーノもダニオも兵に拘束されると、マルコに対して怨み言を吐き散らしながら連行されて行った。
それからマルコの指示によって、カセターニ家とグリマンディ家の一族は全て拘束され、王城の牢屋に連行されて来た。
「…………で? その2家の処遇はどうなってるんだ?」
「勿論チリーノとダニオは処刑するのだが、家族の方をどうするかで少し揉めてな……」
2貴族の内乱の画策の証拠を見付けて来てくれたからと、アドリアーノは町外れのティノ家に態々出向いて説明に来ていた。
人間の姿に変化しているフェンリルの母子、ミーナとミルコも一緒に聞いている。
ミルコはティノの膝の上に座ってご機嫌なようである。
「……どうせマルコが甘い事言ってんだろ?」
「……その通りだ。生かしておけばもしかしたら復讐を企てる可能性があるからと進言したのだが、殺してしまうのはしのびないと仰られて、奴隷落ちで済まそうとしておられる」
何度となく処刑を進言したのだろう。
それでもマルコが譲らなかったのだろう。
アドリアーノは軽く溜め息を吐いていた。
「まあ、マルコの奴が奴隷落ちで良いと言っているんだし、それで良いんじゃないか?」
「……そうだな。一応行方が分かるように奴隷の首輪に細工を施す事にしたが……」
「分かっていると思うが、首輪が外された時も分かるようにしておいた方が良いぞ」
「あぁ、それも施すようにする予定だ」
奴隷の首輪にはある程度条件が付与することが出来る。
首輪の内側に付与したい条件を意識しながら魔力を注ぎ、紋章を描く事で付与する事が出来るのだが、結構な魔力を消費するので作るのには時間がかかるだろう。
「それで当主の奴等を尋問したんだろ?」
どちらの当主も別々の国と内通していたようだが、どうやら裏で動いている人間がいる事がミルコの鼻で気付くことが出来た。
アドリアーノはその人間の事を教えに来たのもあるので、両家の処分などあまり興味がないティノは、そちらの方の話をするように促したのだった。
「あぁ……、まずグリマンディの方の使者は特徴からチリアーコだろう……」
「やっぱりな……」
これはティノも予想していた事だった。
帝国の人間が、ルディチの他の地を踏むことなくツカチの町に入り込むのは不可能である。
そうなると転移魔法を使える人間が動いている可能性が出てくる。
転移を使えるようになるには、闇魔法のレベルを相当上げないと使いこなせるようにはならない。
この世界では攻撃的な事に使えない闇魔法を鍛える人間はかなり少ない。
その人気の無い闇魔法で、更に才能でも無い限り転移が使えるまでレベルを上げる事はできない。
この大陸で転移が使える人間と言ったら、帝国皇帝三男のヴィーゴの下に付いているチリアーコぐらいしか思い付かない。
グリマンディが帝国と繋がっていると分かったとき、チリアーコがまず最初に頭に浮かんでいた。
「しかし、カセターニの方の使者はハンソーの人間だと言っていて、特徴もチリアーコとは違っていた」
「恐らくチリアーコがハンソーの人間を操って接触していたのだろう……」
「……本当にそうか? 同じ人間が動いているというのはその子が匂いが同じと言ったからだろ?」
ティノがチリアーコの行動だと確信しているなか、アドリアーノはその事に疑問を感じていた。
アドリアーノが指を指して言ったように、ティノがそのように考えている要因はミルコの意見を聞いてからだ。
ミルコが匂いが同じと言った事から、ティノが同一人物が動いていると言い出した。
しかし、ミルコの本性を知らないアドリアーノからしたら、普通の子供が匂いが同じと言われても信じられないでいた。
手紙を渡してティノが帰った後、念の為アドリアーノが2つの手紙を嗅いでみたら匂いなんてしていなかった。
なので、アドリアーノはティノの同一人物説に首を傾げている。
「……この子の鼻は特別だ。そういった特殊スキルを持っているんだ」
この子の本性はフェンリルだとは言えないので、ティノは咄嗟に思い付いた嘘をついて誤魔化す事にした。
特殊スキルは色々あるが、全ての特殊スキルを記した書物は存在しない。
ティノのように特殊過ぎると知られる訳にはいかないので、一生黙っている人間が多いからだ。
「そうか。スキルによって判断したのだったら信用出来るな……」
アドリアーノはティノの嘘を信じ、納得の表情になった。
「チリアーコか……、転移が使えるからって調子に乗ってんな……」
チリアーコごとき、ティノがちょっと本気になればいつでも殺せると思っていたので、多少動き回られようとどうでもいいと思っていたが、今回の事でティノは若干イラついてきた。
イラついて若干漏れた殺気に、膝の上のミルコは身を縮こませていた。
「……ま、まあ、用件は伝えたから俺はこれで失礼するよ」
「あぁ、態々悪かったな」
アドリアーノもティノ殺気に気付いたのか、冷や汗をかきながら席を立ったのだった。
ティノはアドリアーノを見送り、城に帰っていく後ろ姿が見えなくなると、そろそろチリアーコを消しに動くかと心の中で考えていた。