第190話 不穏な動き
敗戦から数年、ルディチ王国に帝国は攻めて来る事はなく、ティノは変わらず実家でのんびり過ごしている。
皇帝次男のサウルを殺された恨みからルチャーノが始めた、ミョーワとハンソーの連合国との戦いは数週間かかり決着がついた。
元々、サウルが率いていた軍は魔法師を多く使った魔法戦が得意な部隊で、遠距離からじわじわ敵の戦力を削いで行くのが戦略である。
しかし、相手には魔法で有名なハンソーが加わっている。
遠距離の魔法戦で始まった戦いは、同等の戦いを繰り広げた。
だが魔法のハンソーの名は伊達ではなく、次第にルチャーノの軍は数を減らしていき、後退を余儀なくされていった。
後退するルチャーノの軍を追いかけ、ミョーワの軍が追撃をかけて更にダメージを当てたことで勝敗は決した。
最終的にルチャーノの軍は全滅、ミョーワとハンソーは、ルディチと戦って死んだセルジュが落としていた領地も幾つか手に入り、帝国へ痛手を与える事に成功した。
帝国は皇帝の息子2人を亡くし、有力な軍が2つ潰れた事で大分戦力を落としてしまった。
折角リンカン王国の領土の大半を手に入れたのに、これでは割りに合わないと言った所だろう。
それから帝国は、ミョーワとハンソーの動向に睨みを利かせながら軍の編成に力を入れているらしい。
どこの国も次の戦争に向けて軍と内政に力を注いでいる。
それはここルディチでも同じである。
敗戦から軍の立て直しと、手に入れた幾つかの領地の再建に力を注ぎ、景気回復を図ってきた。
他の大陸から人族だけでなく、獣人や魔人といった色々な種族を差別することなく大量に招き入れる事によって人口を増やしていった。
人族よりも身体能力がやや高い傾向の獣人は近接戦闘部隊、人族よりもやや魔力が高い傾向の魔人は魔導師に割り振る事で、軍の再興は進展している。
「最近は色々な種族が増えてきたのう……」
久々に町中を散策することにしたティノが出掛けようとしたら、ミーナとミルコのフェンリル親子も暇潰しと言って付いてきた。
「父ちゃん! 串肉買って!」
「買わねえよ。父ちゃんじゃねえって言ってんだろ……」
変化の術を使えるようになったミルコを、何度か町中に連れて来た事はあるのだが、いつも屋台に目が移り、今のように肉をせびってくるのである。
しかも何度も言っているのだが、ティノを父ちゃんと呼び、直そうとしない。
“クルルル……”
「…………仕方ねえな」
おなかを鳴らせて、悲しそうな目で見上げてくるミルコに何だか耐えられなくなったティノは、仕方なく串肉を買うことにした。
「我にもな……」
「………………分かったよ」
ミルコに串肉を買うことにしたティノに、ついでと言わんばかりにちゃっかりミーナもねだってきた。
ティノはミーナを軽く睨むが、ミーナはどこ吹く風と言わんばかりの表情でティノを見つめていた。
その態度に、抗議を諦めたティノは2人に10本ずつ串肉を買い渡したのだった。
「兄ちゃん、家族で買い物かい?」
「……まぁ、そんなところだ。おっさんは見ない顔だな?」
串肉の屋台の店主が、ティノ達を見て話しかけてきた。
丁度最近の町の様子を聞くため、ティノはその魔人の店主と話すことにした。
「まあな。この国は種族関係なく集めているって聞いたんでな。この大陸の国にしちゃ面白く思ったんで、1ヶ月前に来たんだよ」
「……そうかい。どうだいこの町の居心地は?」
まだ来て1ヶ月では大した事は聞けないだろうと思うが、一応感想を聞いてみることにした。
「他の国の動向が気になるが、戦争がなければ居心地の良い所だな。ただ……」
「ただ……?」
店主の言い淀んだ部分が気になり、ティノはそこを聞いてみることにした。
「偶々商人が話してたのを聞いたんだが、何でも最近は他国よりも自国の事で不穏な動きがあるらしいな……」
「自国……?」
「あぁ、何でも、何とかって貴族達の動きがおかしいとかって話だったな……」
「そうか、良い話が聞けたよ。また来るな」
店主の言った事で、ティノは何となくだが、何が起きているか分かった気がした。
この国で貴族と言ったらアイツらだ。
良い情報を手に入れたティノは、少し色をつけて串肉代を払うと、その屋台を後にしたのだった。
「おう。待ってるぜ!」
店主の元気な声を背中に、ティノ達は家に帰って行ったのだった。
「何じゃ? その貴族達とは?」
あっという間に串肉を食い終わり、口の周りを肉の油でテカテカにしながらミーナが問いかけてきた。
因みにミルコはまだ嬉しそうに食べている。
「この町の南にある町の貴族の事だよ。この町の南東のヤタの町の領主カセターニって奴と、南西のツカチの町の領主グリマンディって奴の事だな。一応この国の貴族って事になってはいるが、前の戦争では参加しなかった奴等だ」
「この国の者なのに揉めておるのか?」
「あぁ、奴等はマルコが現れなければ王になれた所を、寸前でマルコにかっさらわれて、ガキのマルコに指示されるのを嫌っているみたいだな」
「フン! 何もせんくせに文句ばかりとはふざけたやつらじゃの」
「まぁ、ともかくヤタとツカチの情報集めに動いてみるか……」
「父ちゃん! 俺も連れてって!」
ティノがどこか行こうとしていることを理解したミルコは、串肉のタレで口周りをベタベタにしながらティノの袖を引っ張った。
「父ちゃんじゃねえって! 連れてかねえし!」
「連れて行けば良かろ? 隠密行動の訓練代わりじゃ。我は行かんが……」
「……そういや、そうだな」
一緒に住み始め、ティノとミーナの手によってミルコは、徐々に実力が付いてきた。
しかし、隠密行動の訓練などしてない事を気付いたティノは、ミーナの言う通り連れていくことにした。