第188話 ミーナとミルコ
ティノが久々ルディチに戻ると、予想通り町は沈んだ空気が流れていた。
「そりゃそうか……」
ほぼ敗戦状態だったのだから、仕方がないといったところである。
「まあ、ルチャーノがミョーワに行った事だし、しばらくは攻め込まれる事はないだろう」
ルチャーノと戦うため、ミョーワは同盟関係のハンソーに助けを求めるだろう。
その戦争がどれだけ長くなるかは分からないが、取り敢えず時間は稼げたのだから、その間に立て直して貰いたい物である。
「ん!?」
町中の雰囲気を眺めた後、ティノは町外れにある以前修復した実家に帰った。
取り敢えず、ティノはしばらくここでのんびりすることにした。
◆◆◆◆◆
ティノの家は町外れにある為、人が訪ねてくることはほぼない。
今ここに帰っていることは誰にも言っていない。
ここの存在を知っている宰相のアドリアーノにも知らせていないので、客など来る事は普通ない。
だが……
“コン! コン!”
ティノが実家に帰って数日経った頃に、扉をノックする音が響いた。
「? は~い」
溜め込んでいた読んでいない本を消化する為、1日読書に当てていたティノは、ダラダラと玄関に向かい扉を開いた。
開けた扉の前には、青白い服を着た女性が立っていた。
「…………お前、フェンリルか?」
「ほお、よく気付いたの?」
見たことも無い女性だったが、魔力を使用した感覚によって、ティノは真実を察知した。
ティノのその言葉に、その女性は軽く驚いたような声をあげた。
「キャン! キャン!」
その女性の足下を見ると、一匹の子狼がティノの足下にすり寄って来た。
つい先日、疲れるまで遊んでやったフェンリルの子供である。
「………………何なんだ? この状況は……」
「すまんが話を聞いてくれるか?」
「……まぁ、入れよ」
山奥で暮らしているフェンリルが、態々山から下りてきたのだから何か訳でもあるのだろうと思い、ティノは家の中に招き入れたのだった。
女性のフェンリルにお茶を出して体面の椅子に座らせると、子狼の方は何故かティノの膝の上に登ってきた。
「おいっ!」
「ハッハッハ……」
「……まぁ、いいか」
母親の所ではなく自分の所に来た子狼に文句を言おうとしたが、膝の上で大人しくしているので、ティノはそのまま話をすることにしたのだった。
「……で、何でここに来たんだ?」
気を取り直してここに来た理由を聞く事にした。
「先日相手をして貰い、起きたらお主がいなくなっていて、我が少し目を離すとその子はすぐにいなくなるようになってしまっての……」
「……それに手を焼いて、人化して連れてきたという事か?」
「その通りじゃ」
「ふ~ん……」
フェンリル親子とは知り合いと言うだけで、それほど仲が良いというわけではない。
子狼があまりにもなつき過ぎたからと言って、連れてこられても迷惑な話である。
「この子が独り立ち出来るまで我等を置いてくれんかの?」
「…………良いのか? この国は結構危険だぞ。他国に攻め込まれたらお前もこいつも危ないかも知れないぞ」
敗戦で沈んでいる国で子育てしようなんて、幾ら人の世界に関わりが無い立場だとは言っても、情報不足ではないかとティノは思った。
「お主もいるのだ。人間の国が向かってきても対処のしようは幾らでもあるのではないか?」
「……そりゃそうだ」
フェンリルの言う通り、他国が攻めてくるような事があれば、察知することなどティノやフェンリルなら不可能ではない。
攻めて来た時の規模にもよるが、察知したらここから去ればいいとフェンリルは思っているのだろう。
人間の国を守るにも相手にするにも興味はないだろう。
「……まぁ、いいか。別にすることもないし……」
マルコも手が離れたし、子狼と過ごすのも良い暇潰しになるだろう。
そう思い、ティノはフェンリル親子の居候を許可したのだった。
「そうか? 済まんがしばらく世話になる」
ティノの許可を得たフェンリルは、軽く頭を下げて礼を述べた。
「そう言やお前ら名前はないのか? フェンリルは種族みたいなもんだろ? ここで暮らすなら名前があった方が都合が良いんだが……」
町外れとは言え、ここに人が来る事もあり得る。
人の姿であるので平気だとは思うが、フェンリルと呼ぶのは如何なものかと思う。
まぁ、滅多に来る事はないが念の為である。
「ん? そう言えば名乗っていなかったかの? 我の名はミーナ、その子はミルコじゃ。宜しく頼むぞ」
「ミーナにミルコだな? 分かった。まぁ、人間の世界の常識何かはその内教えるとして、この家では自由にしてくれて構わない。」
“くるるる……”
ミーナと話が済んだ時、ティノの膝の上のミルコの腹が可愛らしく鳴った。
「何だ? お前腹減ってんのか?」
「キャン!」
ティノがミルコに問いかけると、どうやら正解だったらしくミルコは一声あげた。
「こいつは食事は何を与えているんだ?」
「流石にもう乳離れは済んでおる。何でも食べるぞ」
「そうか。じゃあ、肉でも焼いてやるか……」
ティノが持っている魔法の指輪の1つには、これまで倒した世界各地の魔物の肉や野菜などがたんまりと溜め込んである。
狼と言ったら肉が良いだろうと言う発想から、ティノは肉を焼いてやる事にした。
「……すまんが、我にも頂けるか?」
「お前も腹減ってんのか?」
「いや、我は普段は調理などせず生肉ばかり食べている。なので人間の料理を食べてみたいと思っておったのじゃ」
「そうか、別に良いぞ。食料は沢山ある。好きなだけ食べろ」
どれ程食べるのか分からないので、取り敢えず300g程焼いて出したが、ミーナもミルコも何度もお代わりを繰り返した。
結局小さいのにミルコが1kg程食べ、ミーナはその3倍は食べていた。
おなか一杯になったミルコは、ミーナが食べ続ける途中で眠り始めていた。
「人間の食事は中々美味じゃの。まだ食べ足りないが、良しとするかの」
「食べ足りない……?」
人の姿をしているが、本性は巨大な狼なのだ。
今のミーナの姿からは想像出来ない程の量の肉が消え、何度も焼いたにも関わらずまだ足りないと呟かれた事に、住むことを許可したことを早々に後悔するティノだった。