第184話 小細工
サウルの死亡は、翌日ルチャーノが室内に入った時に気付かれた。
「………………サ、サウル様?」
何度ノックをしても反応がなく、失礼を承知の上で扉をこじ開けて部屋に入ると、そこには血の海に横たわる首なし遺体が転がっていた。
首が無いとは言え、長年仕えた主であるサウルの体格を見間違えるとは思えない。
ルチャーノはその遺体がサウルであると確信していた。
「そんな…………」
ルチャーノは、サウルが小さい頃から面倒を見てきた。
自分と似ている為、教育係を任された頃からの付き合いだ。
性癖に難があるが、似ている分余計に感情移入している部分があった。
その為、長男のセルジュよりも、三男のヴィーゴよりも次期皇帝に相応しいと思ってきた。
それがこんな突然、訳も分からない時に命を落とすなどとは考えてもみなかった。
「……………これは?」
サウルの遺体の左手は、何かを握っているような形になっていた。
ルチャーノがその左手に握っているものを確認するため取ってみると、そこにはある紋章が書かれた布だった。
「……ルチャーノ様、その紋章は……」
ルチャーノと共に部屋に入った兵は、これまで驚きで言葉が出ないでいたのだが、ルチャーノが見付けた布の紋章に見覚えがあったため反応した。
「……ミョーワの紋章では?」
そう、その布に書かれていた紋章はミョーワの国の紋章であった。
その事に気付いた兵が言葉にする前から、その事に気付いていたルチャーノは怒りで打ち震えていた。
「…………お前ら、進路を変えるぞ」
「……えっ?」
「進路変更!! 我々はこれより南東のミョーワに進軍を開始する!!」
「は、はい!!」
遺体の側に屈んでいたルチャーノは、立ち上がって兵に指示を出した。
サウルがいなくなり、現時点でこの軍のトップは将軍の地位にあるルチャーノに変わった。
そのルチャーノの指示により、兵達の間にサウルの死が知れ渡って行った。
ルチャーノのように悲しむ者などいたりはしなかったが、戸惑いは隠せず慌てる者が多くいた。
「皆すでに聞いたと思うが、サウル様が命を落とした」
多くの兵が集まっている前に現れたルチャーノは、熱い口調で話始めた。
「サウル様の左手には刺客の証拠を握っていた! その証拠から、命を奪ったのはミョーワの刺客に違いない!」
そう言ってルチャーノは、サウルが握っていた紋章の書かれた布を兵達に掲げて見せた。
兵達はこれまでサウルの死を信じられないでいたのだが、その紋章を見てようやく事の重大さを理解したようである。
「我々はこれよりミョーワへの報復に向かう!! 全軍南東に向けて進軍を開始せよ!!」
「「「「「おう!!」」」」」
ルチャーノの指示を聞いた兵達は、戸惑いながらもミョーワが攻めている南東の地に向かって進軍を開始したのだった。
◆◆◆◆◆
「…………馬鹿じゃねえの?」
サウルが死に、ルチャーノがトップになった軍は、南東に向けて進軍を開始した。
その様子を遠くの場所から眺めていたティノは、思わず一人言を呟いてしまったのだった。
サウルを殺したのはティノである。
サウルがいなくなっても、ルチャーノがルディチに向けて進軍する可能性がある事を考えたティノは、ちょっとした小細工をしてみることにしたのだった。
「ちょっと考えれば変だと気付くだろ?」
ティノは、この軍をどうせならミョーワにぶつけてしまおうと考えたのだったが、ミョーワの刺客のせいにする為の証拠になりそうなものが、紋章の付いた布位しか持っていなかった。
仕方がないのでそれをサウルの遺体に握らせたのだが、それだけでミョーワの犯行だと思う可能性は低いと思っていたのだが、ルチャーノはあっさり引っ掛かったようである。
「大体、朝の結構な時間まで誰もサウルが死んでいることに気付かない程、手際の良い侵入者が証拠を残す訳がないだろ?」
せめてもっと早く侵入された事に気付いていたのだったら、証拠を隠蔽する暇もなく去って行ったと考える事も出来るが、かなりの時間が経っているのに証拠を残して去っていく犯人などいるわけがない。
誰かがわざと残していったと思う可能性の方が高いと思う。
「ルチャーノはサウルの教育係として長いこと側にいたから、情が深かったのかな?」
あんな小細工に引っ掛かったのは、感情の高まりで正常に頭が働かなくなっているのだろう。
長い付き合いの身近な人間の凄惨な死で、慌てていたのもあったのかもしれない。
「ともかく馬鹿で助かったな……」
馬に跨がり、南東に向けてかなりの速度で移動するルチャーノの表情は、怒りで我を忘れているようである。
とても冷静になって違和感に気付く感じでは無いようである。
「冷静になられても困るし、ミョーワに首を置いてくるか……」
ルチャーノの様子から、少しの間は違和感に気付く事はないと思うが、もしも冷静になったときにどういった行動を取るか分かったもんじゃない。
実際に首がミョーワにあると知れれば、冷静になる事無くミョーワに突き進むだろう。
そう考えたティノは、ミョーワに先回りしてサウルの首を置きに行ったのだった。