第183話 暇潰し
「んっ? これはサウルの奴か?」
ティノがフェンリルのもとから離れ、次はどこに行こうか考えながら山の中を歩いていた所、サウルに付けておいた虫の反応が近付いてきていた。
「抜け目の無い奴だな……」
セルジュの軍を相手にして、ルディチは今は戦力を揃えている余裕はない。
それを分かった上でサウルは向かって来ているのだろう。
「まぁ、弱ってるのを叩くのは当然か……」
唯でさえ、セルジュの報復というルディチに攻め込む大義名分がある。
「まぁ、あの兄弟にそんな感情があるとは思えないが」
帝国に何度か潜入した事があるティノは、兄弟仲が良くないことは分かっている。
なので、決して復讐などという感情で来ていない事は分かっている。
「……どうするかな? 放っておいたらルディチは終わりだしな……」
マルコは自分の手から離れたのだし、あまり助けすぎるのは、困ったら助けて貰えると思ってしまう可能性があるので、どうしたものかという風に思っている。
しかし、ティノが手を出さないでいたら、ルディチは確実に負けてしまうだろう。
「……仕方ない。今回は助けてやるか…………暇になったし」
今は特にどこに行って何をやるか決めていなかったので、丁度良い暇潰しが出来て良かったのかもしれない。
「とは言っても、あの人数相手にするのは面倒だな……」
セルジュと同じ様に、サウルも相当な数の兵を連れて行動している。
まともに闘ったら、ティノでも手こずる数である。
まあ負けることはないが、サウルごときに時間を取られるのはつまらない。
「ミョーワとハンソーは使えないだろうし……」
ルディチとの同盟を拒否したミョーワとハンソーをサウルにぶつけるという手もあるが、この2国はリンカン王国の領土を奪うことに専念しているので使えそうにない。
そもそも同盟を拒否した時から、ティノはミョーワに行っていない。
ミョーワの副大統領のセコンドとのパイプも、もう使えないだろうから2国を動かすことなどもう出来ないだろう。
「サウルの首でも刈りに行くか……」
結局サクッと暗殺するのが一番てっとり早いだろうと判断したティノは、サウルが今夜泊まるであろうイチュウの町に向かって進む事にした。
◆◆◆◆◆
「サウル様。今夜はここに泊まって、翌日にはルディチの領土に侵入することになります」
サウルの右腕であるルチャーノは、ルディチに逃げた事で建物以外空っぽになったイチュウの町に泊まることを進言した。
今日は西から1日移動に使ったので、兵だけでなくサウルも少し疲れている。
なのでサウルは結構早い時間に休む事にしたのだった。
「フッ! ルディチも考えが浅いな。人は移しても建物を残したままとは……、敵に使われるとは思わなかったのか?」
この町から人がいなくなってそれほど経っていない。
なので、空っぽの建物は全兵が休息するのに十分の数がある。
しかも手入れをそれほどしなくても済むので、サウル達にはとてつもなく好都合である。
マルコとしては、セルジュを倒してからイチュウの市民を元に戻すつもりでいたので、建物はそのままにしてきたのだが、それが今回は悪い方向になってしまったのである。
サウルは、恐らく領主の物であったであろう邸を使うことにした。
「う~ん、馬に乗っていたから尻が少し痛いな……」
歩きの兵とは違い、サウルやルチャーノのような上の階級の人間は馬に乗っての行動だった。
しかし、馬に乗っているだけだけでも結構疲労するものである。
それに疲労もそうだが、ずっと座っていたので尻も痛くなっていた。
サウルは部下に用意させた寝室に入ると、固まった体をほぐし、明日に備えて早めに休む為ベッドに横になる事にしたのだった。
「明日が楽しみだな……」
サウルもセルジュ同様人を虐げる事を楽しむ人種である。
本来なら国1つを潰すなど手間がかかるし面倒なのだが、今回は弱った相手を叩くだけなので虐げ放題である。
「そう言えば、ルディチの妃は美人らしいな。旦那の前で楽しむのも有りかもな………」
特に性欲が強いので女性をいたぶることが、事の外楽しいサウルは、噂によるパメラの泣き叫ぶ姿を想像すると楽しみで中々眠りにつく事が出来ずにいた。
「明日の事などお前が考える必要など無い」
「!!!?」
“ガバッ”
誰もいないはずの部屋で、突如話しかけられた事に驚き、サウルはすぐさまベッドから飛び起きた。
「貴様!! 何者だ!?」
「それも知る必要はない」
サウルがその現れた男に叫びながら、右手に電撃の魔法を放つために魔力を集め始めた。
男はそれを眺めながら、ゆっくりと手に持った短刀を抜いてサウルに向けた。
「くたばれ!!」
サウルは男に向かって魔法を発動させようとした。
「!!?」
しかし、何故かサウルの視界が下に落ちて行った。
“ドサッ! ゴロゴロ……”
その事に気付いたときにはすでに遅く、サウルは魔法を発動させる事無く首と体が切り離されていた。
“バタッ!”
落ちた首が少し転がって止まった後、頭が無くなった体が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「暇潰しにもならなかったかな?」
そう呟いて、ティノは一応サウルの首を魔法の指輪にしまって、その場から消えるように去っていったのだった。