第181話 再会
「こっちか……」
リンカン国王のシスモンドを殺したティノは、現在ある森の中に入って行っていた。
草木が生い茂っていてどこも同じような景色だが、巨大な魔力を感知して進むだけなので迷うことはない。
「おっ? 居た、居た……」
「キャン、キャン……、ハッ、ハッ、ハッ……」
森の奥を進んで行くと、少し開けた場所に出て目当ての相手を見つけることが出来た。
《んっ? 誰かと思えばお主か?》
「おう! 久しぶりだなフェンリル……」
ティノの足下で黒い毛並みの子狼がまとわり付くなか、ティノはフェンリルと挨拶を交わした。
会いに来た相手と言うのは、先日のマルコの戦争に助力してくれたフェンリルである。
子狼は千切れんばかりの勢いで尻尾を振りながら、ティノの足の回りを動き回っていた。
「……お前も久しぶりだな」
足下の子狼の首根っこを持って持ち上げ、子狼にも挨拶をした。
「キャン! ペロペロ……」
子狼はティノの挨拶に一声返し、顔を舐め始めた。
「………………お前、ちょっと抜けてんな……」
呑気な顔でティノの顔を舐める子狼に、マルコ同様本当にフェンリルなのか疑問に思うところである。
《……どうやらその子は、お主を父だと思っているようである。お主が去ってから、また来るのを待ちわびておったのだ》
「父親って……」
そんなこと言われても困った事である。
◆◆◆◆◆
以前フェンリルに会ったのは数年前、この子狼がお腹にいた時の話である。
初めて会ったのは、マルコを拾う少し前の事である。
魔物を追いかけてこの森に入り、フェンリルと会ってしまい、ちょっと揉めたのだった。
揉めたと言っても、その時は口喧嘩程度で済んで別れた。
ティノがマルコを拾って他大陸で育てている時、ちょくちょくこの大陸の調査に来ていたのだが、この山の近くを通ったとき異変を感じた。
以前会ったフェンリルの魔力が、減っていっていたのである。
何事かと思い会いに来てみると、フェンリルが数体のドラーゴに囲まれ痛め付けられていたのである。
「何だ? この状況……」
その状況が理解できなかったので見渡してみると、どうやらフェンリルが陣痛で動けない状態を狙って、この場所を奪い取ろうとドラーゴ達が画策していたようである。
《お主は、以前来た……》
「よっ! 大変そうだな?」
巨大なフェンリルが、子犬程度の出産など大した事では無いと思うのだが、どうやらフェンリルが無意識に纏っている魔力の障壁が邪魔をして、子狼は出て来れないでいるようである。
ドラーゴ達を倒すため動けば、子が出てこられずに命を落とす可能性がある。
フェンリルは長生きする種族だが、子は一生に2、3匹程度しか生むことはない。
フェンリルの幼体は数年程小さく弱い時期があり、その間は母親の側で育てられるのである。
その時期に他の魔物に殺され命を落とす事もあるため、フェンリルにとって子は貴重である。
「子供が生まれそうなんだろ? ……仕方ない助けてやるよ」
《………………すまんが頼む》
人間ごときに救われるようとは悔しいが、子の為には仕方がない。
このまま動けず母子共に殺られる訳にはいかない。
人間と言ってもこの者はどういう訳か、フェンリルである自分に匹敵する程魔力を内包しているように感じる。
この者ならばこのドラーゴ達など倒せるだろう。
子の出産の為、悔しいがフェンリルはこの人間に任せることにしたのだった。
「……さてと、そんじゃ安心して子でも生めよ!」
あっという間に、フェンリルを囲んでいたドラーゴ達を叩き潰し、ティノはマルコの所に帰ろうとした。
《待て! 何故お主は我を助けた?》
人間からしたら、フェンリルを倒せば英雄と言ってもいい事だろう。
その機会が目の前に転がっているのに、この者は興味が無いようである。
「俺も今子供を育てているんでな。まぁ、気まぐれの部分が大きいかな……」
《……おかしな人間だな。むっ……!?》
「おっ?」
“ボトッ!!”
「………………キ、………………キャン」
ティノとフェンリルが話をしていると、1匹の黒い毛並みの子が生まれた。
「んっ?」
「…………キャン」
両手サイズ位の生まれたての子狼は、目も開いていないのにモゾモゾと動き出した。
母親の乳を吸いに動いているのかと思ったら、ティノの足に乗っかって来たのだった。
「…………母ちゃんはあっちだぞ?」
「………………キャン」
足に乗っかって動かない子狼に、ティノは持ち上げて母親の方向に体を向けたのだが、動こうともせず座り込んでいる。
「…………仕方ねぇな。ほれ!」
子狼の事を見かねて、ティノは子狼を持ち上げ、怪我で動けないでいる母親のフェンリルの乳の方に連れて行ったのだった。
《……すまぬ》
ドラーゴ達に足を痛め付けられた為、動けないでいるフェンリルは子狼に乳をあげながらティノに謝ってきた。
「気にすんなよ。そんじゃあ、俺は帰るわ……」
《待て!》
「何だよ! まだ何か用か?」
帰ろうとした所をまた止められた事で、ティノは若干イラッとした。
《お主、名を何と言う?》
「そう言や言っていなかったな? 俺の名前はティノだ」
《ティノ……か。この子の命を救って頂き助かった。近くに来た時はまた会ってやってくれ》
「……そうだな。気が向いたら来てやるよ」
その後、ティノはこの大陸に調査に来たときは、ここに来て子狼と遊んでやったりしたのであった。
◆◆◆◆◆
「今回は俺の身内が世話になったな……」
今日ティノがフェンリルに会いに来たのは、マルコを救って貰った礼を言いに来たのだった。
《やはりあの小僧はお主の身内だったか……。似た匂いがしたのでもしやと思ったが……》
フェンリルがマルコに言おうとした知り合いとは、ティノの事である。
そして、予想通りティノの身内だった事に、フェンリルは納得していた。
《礼を言うのはこっちの方だ。お主同様この子を救って貰ったのだから……》
頭を下げて礼を言ったティノに、フェンリルは首を振って否定した。
「いや、そもそもこいつが怪我したのも、俺に似た匂いのマルコに向かって戦場に近付いたからでもあるしな……」
ティノが言ったように、そもそもこの子狼がセルジュの魔法に巻き込まれて怪我をしたのも、ティノが近くに来たと勘違いして、母親から勝手に離れてマルコの方に向かって行った為である。
《それも少し目を離した我の責任だ》
「……もういいや、お互いがお互いに感謝してても終わらない。お互い貸しが出来たって事で手を打とうぜ」
《フッ、そうだなそうしておこう》
そのような会話になり、お礼合戦を止めたティノは、その日は子狼がクタクタになるまで遊んでやって、子狼が眠ったのを確認してからその場を離れて行った。