第180話 切り捨て
「えっ!? 何?」
帝国軍をあっという間に消し去ったフェンリルにマルコが驚いていると、そのフェンリルがゆっくりとマルコに近付いてきた。
《人間よ。我が子を救って貰ったようで感謝する》
「えっ!? しゃべった? 子供?」
突っ込み所が満載で、マルコは軽くパニックになった。
フェンリルのような神獣クラスになると、言語を交わすことが出来るとは聞いたことがあったが、初めてだった事もあり本当に話せることに驚いた。
それに子を救ったと言われても、何の事だか心辺りが無かった。
「キャン!」
「…………ん? もしかしてお前?」
足下で尻尾をパタパタしながら、黒い毛並みの子狼が一声上げた。
その顔を見て、ようやくフェンリルの言ったことに思うことがあった。
最近で救ったと言ったら、この子狼の事しか思い浮かばない。
《左様。その子が我の子だ》
「えぇっ!? こいつ……いやこの子が?」
流石に有り得ないと思っていた話に、マルコは驚きが隠せないでいた。
フェンリルの言葉を聞いて、言葉遣いに気を付けるように話しかけ、足下で尻尾を振っていた子狼を持ち上げ、フェンリルと子狼の顔を見比べる。
「同じ狼だし似てるっちゃ似てるけど……」
狼の顔の違いなんかよく分からないので、言われたら似てるのかなと言った感じの顔立ちをしているのは事実であるが、何となくしっくりこない感じである。
と言うのも、
「全く毛色が違う……」
「ハッ、ハッ……ペロッ!」
マルコが言ったようにフェンリルは青白く、ある意味美しい毛並をしているのにも関わらず、子狼の方は真っ黒と言っても良いくらいの、言ったらちょっと汚い感じの毛並みをしている。
抱き上げて、全身まじまじと見渡していたマルコの顔を、子狼は呑気な顔で舐めてきた。
「……僕になつきすぎだし」
嬉しそうにペロペロとマルコの顔を舐める子狼に、尚更この子狼がフェンリルだとは想像できなくなっている。
こんな呑気な子狼が、大きくなったら人が近付く事も躊躇う神獣になるのだとは全く思えない。
《我らの幼体の毛並みは成体の毛色と違い、そのように黒い毛色をしているのだ》
マルコの疑問に、フェンリルは律儀に答えてくれた。
人間が、フェンリルの幼体を見た事などほとんど無い。
見た人間も少数な為、どうやらその事が正しく伝え広がる事が無かったのだろう。
《クンクンッ! お主……、あの者の……》
「あの者?」
フェンリルが鼻をヒクヒクさせると、あることに気付いたようである。
《……いや、何でもない。お主からは我の知り合いと似た臭いがするゆえ、なついたのだろう。つまりは偶々だ》
「……、偶々ですか……?」
マルコがその事を聞いてみると、フェンリルは誤魔化すように呟いた。
あまり納得出来ないが、この子狼が愛嬌のある顔をしているので、まぁ好かれるのも悪い気がしない。
取りあえずこの子狼を助けた事で、敗北だった自分達が助かったのだから良しとすることにした。
「……何はともあれ助かりました。ありがとうございました」
子狼を抱いたまま、マルコはフェンリルに頭を下げた。
《気にするな。先程も言ったようにその子を救って貰った礼だ》
その事に、フェンリルは大した事ではないと首を振った。
《……さて、ではそろそろ山に帰ることにする。その子を渡して貰えるか?》
「あっ、はい」
そう言って、フェンリルは軽く口を開いてマルコに近付けた。
言われたマルコは、その口の中にそっと子狼を置いてあげた。
《……では、さらばだ》
「キャン!」
最後に子狼が尻尾を振りながら一声上げて、フェンリルと子狼は踵を返してゆっくりと山の方へと向かって行った。
その一部始終を、戦場に生き残ったマルコ以外の全ての人間が、口を半開きの状態で無言で眺めていたのだった。
「…………マルコ様。フェンリルと話していたのですか?」
フェンリルが遠くに行ったのを確認したベルナルドは、ようやくフリーズ状態から解放されたのかマルコに話しかけてきた。
「えっ? ……うん、そうだけど……? 聞いて無かったの?」
先程までの会話は、ベルナルドもすぐ側にいたので聞こえていないはずがない。
もしかしてベルナルド程の戦闘力の持ち主でも、フェンリルが近くに来たので恐ろしくて聞いていなかったのかと思った。
「……いや、恐らく念話だったんだろ? お前以外誰も聞こえなかったぞ!」
その話に、マルコに対してロメオも、聞こえていなかった事を言ってきた。
「そうなんだ? あの子狼がフェンリルの子だったんだって……、で、救って貰ったお礼に帝国の兵を潰してくれたみたい……」
「あの汚い呑気な顔の子狼が、フェンリル? まさかロメオの勘が当たっているとは……」
マルコの簡単な説明を受けて、ベルナルドはもっともな事を口に出した。
「まぁとにかく怪我人の救出、生き残った敵兵の確保、味方の遺体は出来る限り連れて帰るよ!」
「分かりました!」
そう言ってマルコ達ルディチ軍は、フェンリルの助けによって救われ、生き残った人々は戦後の処理を行い、城に戻って行ったのだった。
しかし生き残って戻った兵達は、誰もがほぼ敗北の内容だったため、表情は浮かない顔をして凱旋したのだった。
◆◆◆◆◆
「……………運に助けられたと言った感じかな?」
マルコの敗北とも取れる戦いを、現リンカン城から従魔を使って眺めていたティノは、その戦いの感想を呟いた。
「完全にマルコのミスだな……」
魔物の群れをぶつけた事は面白いと思ったが、その後が良くなかった。
「奴隷を態々救う事などしなければ良かったのに……」
奴隷になったトウセイの市民には悪いが、どうせならけしかけた魔物に殺させてしまった方がもっと5分に戦えていたはずなのに、態々全員救うとは完全に悪手だ。
あれで魔法部隊は使えなくなった為、遠距離からの援護が無い状態になってしまった。
そのせいで主力を危険に晒す事に繋がって行き、多くの兵を失う結果になったのだ。
「偶々アイツを救った事で助かったが、マルコはもっと非情にならないとな……」
運良く勝てたが、セルジュは帝国の一部でしかない。
他にも皇帝の次男サウル、三男ヴィーゴ、更に言えば皇帝自身が控えている。
今のように甘い考えでは、とても対応出来るとは思えない。
「ティノ! 西から皇帝の三男が迫っておるぞ! どうにかしろ!」
今後のマルコの事を心配しているティノの下に、リンカン国王シスモンドが喚くように近づいてきた。
「………………はぁ、もういっか……?」
喚くシスモンドの顔を見て溜め息をついたティノは、もう飽きたのであることを決心した。
「何をしている? ティ……」
「……近付くなよ! 気持ち悪いーんだよ豚が!」
抜き手も見せない程の瞬速で、ティノはシスモンドの首を剣で切り飛ばし、ティノが数歩歩いた後に、思い出したように首が落ちた体から血が吹き出し倒れた。
「ヒ、ヒーッ! な、何を……?」
近くにいた兵はティノの行動に恐れをなし、腰を抜かして座り込んだまま、持っていた槍をティノに向けていた。
「……取りあえずアイツに会いに行くか?」
その兵士を完全に無視して、ティノはその場から転移して行った。