第172話 逃走
戦場から離れて戦っていたブルーノが、ボコボコの顔になりながらもライモンドに勝ち、縛り上げて引きずって来た姿を見て、ルディチ軍側は歓喜の声をあげた。
「!!? ぐわっ!?」
片手を上げて勝利の余韻に浸っていたブルーノと、縛られているライモンドに対して風魔法の竜巻が襲いかかった。
その竜巻によって、ブルーノとライモンドは四肢を切り刻まれて森の奥に飛ばされていった。
ライモンドは片手両足が四方に飛び散り、ブルーノも片足片手が切り飛ばされ、2人とも森の奥に消えていく姿を見るからに、生きていることはないように思えた。
生きていても状況からいって数分の命、助けに行っても死んでいるだろう。
その様子を見ていた両軍の兵は、その竜巻を放った人間に目を向けた。
「……使えない奴め、目障りだ」
その竜巻を放った張本人のセルジュは、ゴミでも見るかのような目で飛んでいく2人を見つめていた。
「ブルーノ!!」
「先輩!!」
「……………テメエ! 何しやがんだ!!」
マルコやベルナルドが驚きの声をあげ、敵味方関係なくセルジュのその行動に固まる中、いち早くロメオが行動を起こした。
ブルーノを殺された怒りによって、一気に頭に血が上ったロメオは、セルジュ向かって真っ直ぐに突き進んでいった。
「考え無しだな!」
「!!? がっ!」
しかし、その途中でロメオの進行を止めるように、1人の男が槍による突きを放ってきた。
辛うじてロメオは槍の柄で防ぐ事が出来たが、咄嗟の事だった為受けた態勢が悪く、ロメオは数m飛ばされていった。
「貴様のような奴がセルジュ様に近付こうなんて100年早いわ! 貴様のような奴は副将軍である私、サンソーネが成敗してくれる!」
そう言ってサンソーネは、立ち上がるロメオに向けて槍を構えた。
「…………テメエ、邪魔すんじゃねえよ!!」
立ち上がったロメオは、まだ怒りで我を忘れているのか、真っ直ぐサンソーネに向かって突っ込んで行った。
「フフフ……、仲間の死に我を忘れるとはまだまだ甘いですね!」
「!!? 何だと!?」
ロメオの槍による攻撃を難なく防ぎつつ、サンソーネは余裕の発言をした。
「テメエの仲間も殺られてんだぞ!」
がむしゃらに攻撃をするロメオは、その態度が気に入らなく、サンソーネに問いただした。
「我々帝国軍は勝利こそが至上命題。ライモンド将軍は負けました。どんな良い勝負をしようが負け犬を始末するのは当然です」
「なっ……?」
サンソーネは、当然と言ったような態度で言い放った。
味方であろうともあっさりと切り捨てる態度に、ロメオは驚きで一瞬の間が空いた。
「ハッ!」
「ぐっ!」
その隙を逃さずサンソーネの攻撃がロメオを襲い、ロメオは左肩を僅かに切りつけられる。
「戦いの最中に隙を作るようでは私に勝てませんよ?」
攻守が交代し、今度はサンソーネの槍による攻撃がロメオに降り注いで行った。
「くっ! ふっ! つっ!」
降り注ぐサンソーネの攻撃を、ロメオは必死になって防いだ。
「ハッ!」「タッ!」
互いに突きを放ち、槍同士がぶつかり合った反動を利用して、2人は距離を取った。
「ふ~……、思ったよりやりますね……」
「ハァ、ハァ……」
息切れするロメオとは対照的に、サンソーネは余裕で槍を構えていた。
「…………すぅー、ハァーー……」
ロメオはサンソーネを見つめながら、深呼吸を始めた。
『頭に血が上って攻撃が単調だ! 冷静に相手を見て戦え!』
そうすることでロメオは、ティノにも、そしてブルーノにも、指導を受けたとき言われていた事を思い出していた。
ロメオは昔から怒りで攻撃が単調になる癖があり、何度も何度も2人に注意を受けてきた。
知能の低い魔物相手ではそれでも通用してきたが、洗練された武を操る相手では通用しないことを、今ようやく理解したのだった。
ブルーノを殺された怒りは忘れない。
それでも冷静に戦わなければ、サンソーネには勝てそうにない。
深呼吸をして頭が回ってきたロメオは、冷静にサンソーネに目を向けた。
「…………ほ~お、さっきまでとは全く違う顔つきになりましたね。私も本気にならないといけないようですね」
様子が変わったロメオを見て、サンソーネはこれまでの余裕の表情から一転、真剣な顔つきになりロメオと対峙した。
「ハッ!」「ター!」
両者とも同時に、相手に向かって飛び出した。
「セヤッ!」
「なっ!?」
冷静になったロメオは、槍を剣のように上段から降り下ろした。
それを驚きつつもサンソーネは柄で受け止める。
「!!?」
サンソーネがロメオの攻撃が防いだ直後、ロメオは槍からそのまま手を放し、サンソーネの懐に一気に入り込んだ。
「喰らえ!!」
「ぐっ!?」
懐に入ったロメオは、土魔法で岩を纏った右拳をサンソーネの腹にねじ込んだ。
それによって、サンソーネはかなりの距離飛ばされて着地した。
「チッ! 浅いか……」
「面白い事を思い付きますね。結構痛かったですよ」
ロメオの突飛な攻撃に驚いたサンソーネだったが、咄嗟に反応し、腹に攻撃を受ける瞬間自ら後ろに飛ぶ事によってダメージを抑えることに成功したのだ。
とは言っても殴られた事は事実なので、サンソーネは腹を擦りながら呟いた。
そしてサンソーネは手を降り、どこかに合図を送った。
「ロメオ!! 下がれ!!」
「!!?」
その様子を見ていたベルナルドは、咄嗟に大声で後退の指示を送った。
「くっ!」
ベルナルドの声に反応し、ロメオは全力で自陣に向かって走り出した。
その直後、ロメオに向かって火や水、電撃等の色々な魔法が降り注いでいった。
「ウオーーー!!!」
ロメオは、なりふり構わず全力で走り、降り注ぐ魔法を辛うじて回避していった。
「ウガッ!」
もう少しで戦場の最前線と言った所で、土魔法の岩がぶつかり、ロメオの右腕がへし折れた。
「ぐうぅ……」
痛みで呻き声をあげながら片手で槍を振り回し、敵を遠ざけ道を作りロメオは自陣に逃げ帰ったのだった。