第169話 鬼神
「セルジュ様。ルディチ側は奴隷を解除しているようです」
部下達が突如現れた猿の魔物を相手している中、ライモンドは望遠の魔道具を使いルディチ王国側の行動を眺めていた。
壁で囲み行動不能にしたトウセイの町の奴隷達を、ルディチ側が解放させているのが見えた。
「構わん。好きにさせて魔力を使わせろ」
戦闘において、魔力とは重要な役割を持っている。
数が有利であっても、魔力の量で劣っていれば負ける可能性が高くなる。
元々数として数えていない奴隷達に対してルディチ側が魔力を消費する事は、セルジュ達帝国軍には喜ばしい行動である。
そもそも壁を作ることで、ルディチ側の魔導師達は大量の魔力を消費している。
誘導した魔物の狙いから外すためとは言え、魔力を無駄に使っているとしか思えない。
「所詮は自分の領土の市民でもないのに、ルディチは甘ちゃんの集まりだな……」
帝国で生まれ育ってきたセルジュからしたら、自分達に従う市民以外は家畜のような存在でしかないと思っている。
戦争において負けることは許されない。
勝つためならあらゆる手段を用いて勝利しなければならない。
今回のように、自分達がトウセイの市民を利用した事を他の国が同じようにしてきたとすれば、セルジュ達帝国は迷う事なく皆殺しにするだろう。
それが常識と思っているセルジュからしたら、マルコ達ルディチ側がやっている事は、ただの甘いだけの行動にしか見えないのである。
「それより、まだ猿の駆除は済まんのか?」
「中々のランクの魔物です。数もかなりの量でして、手こずってしまうのは仕方がないと思われます」
ライモンドも初めて見た魔物だが、魔物の動きから高いランクの魔物であることは理解できる。
突然の襲撃で慌てているということを差し引いても、兵達が手こずるのは仕方がないように思える。
「あまりこちらの数が減るのは良くないのだが……」
猿の襲撃によって、少なくない数の帝国兵が戦闘不能に追い込まれていた。
奴隷兵を差し引いても、40000近い数の帝国兵が、一気に4000程猿によって減らされていた。
あまり手こずるようでは、ルディチ側の思うつぼである。
「……では、私が向かいましょう。猿の数も減って来たので数分で片がつくでしょう」
「あぁ、それが手っ取り早いな。そろそろルディチ側も奴隷の解放が済みそうだ。時間を与えて魔力を回復されては面倒だ。出来るだけ早く始末して来てくれ」
「畏まりました」
セルジュとの会話を交わしたライモンドは、自慢の銘槍ティストルツィオーネを手に持ち、猿達に向かって歩き出した。
歩を一歩一歩進める度に、ライモンドの体からはじわじわと殺気が溢れ、口の端を吊り上げて獰猛な笑みに変わっていった。
「ハッ!!」
溢れる殺気を身に纏い、気合いと共に地面を蹴り、爆発的な速度で猿に向かっていった。
◆◆◆◆◆
「よし、トウセイの市民は解放出来た。闇魔法使いは下がって休んでくれ」
「はぁ、はぁ……はい。分かりました」
出来る限りの闇魔法使いを連れてきてはいたのだが、大人数の奴隷解除に大量の魔力を消費し息切れをしていて、とてもではないがこれ以上戦闘に関わる事は出来そうにない状態である。
マルコも彼らと同様に解除にあたっていたのだが、特に変わった様子もなく平然としていた。
「!!?」
闇魔法使い達を下がらせ、マルコもその場から下がろうとした時、猿と戦う帝国側にかなりの殺気が膨れ上がるのを感じ、思わず振り返った。
「フハハハ………!!」
そこには筋骨隆々の男が、漆黒の柄をした槍を持ち猿達を切り刻み、叩き潰し笑いながら暴れまわっていた。
その男の暴れっぷりのせいで、帝国兵の数を減らす事が出来なくなっていた。
「くそっ! さすがにそこまで思い通りに行くわけないか……」
その様子を見て、マルコは焦りを覚えた。
まだまだ数ではかなり負けている。
ただでさえ魔導師部隊が回復していない状況なのに、援護なしに戦わなければならない不利な状態であるからだ。
「きつい状況だが、やるしかないか……」
かなり不利でもやるしかない。
負けてしまえば、ルディチの民が帝国に蹂躙されてしまう。
折角作りあげてきた平和が一気に崩れ去ってしまう。
そんなことは到底我慢できない。
マルコはルディチの兵のもとに戻り、今後の戦闘に向けて内心気合いを入れたのだった。
◆◆◆◆◆
「おぉ、さすがライモンドだな。あっという間にあの猿を蹴散らしてしまうとは……」
ライモンドの鬼神のような戦闘力に、セルジュは感嘆の声をあげた。
その姿まさに戦闘狂といった感じのライモンドの働きによって、猿達は全滅に至った。
「さてと……、少しこちらの兵が削られたが、今度こそようやく戦争本番だ」
そう呟くと、セルジュは手を上げ兵達に進軍の合図を送った。
「ただ今戻りました」
兵の進軍が開始し始めると、猿を殲滅してきたライモンドがセルジュのもとに戻って来た。
「ご苦労さん。ようやく本番だ。お前も楽しむがいい」
「はっ! 数ではこちらが有利です。あちらは魔導師もまだ回復していないでしょうし、楽しめるでしょうか?」
「それはそれで楽しいではないか」
「ふっ、なるほど……」
セルジュとライモンドは、これからの戦いの行く末を楽しむように眺めていたのだった。