第167話 強制奴隷
「セルジュ様。兵からの知らせですと、イチュウの市民が町を捨ててルディチに逃げたとの話です」
セルジュの右腕であるライモンドは、斥候からの知らせをセルジュに話した。
迅速に行動したお陰で、セルジュの部隊がイチュウに着く前に市民の避難が成功していた。
「はっ! バカじゃないのかイチュウの連中は……、ルディチに逃げても無駄だと言うのに……」
ライモンドの言葉を聞いたセルジュは、イチュウの市民がしたことを鼻で笑っていた。
「どうせルディチは俺に落とされるんだ。逃げたところで末路は同じではないか……」
ルディチ王国程度の小国との戦いで、自分が負けるはずがない。
セルジュの言動や態度からは余裕が伺える。
余裕と言うより、油断と言ってもいい。
相手がどれ程の実力の持ち主かは分からないが、ライモンドを有した自分が負けるとは思っていない。
セルジュ自身は油断ではなく、自信であると思っているだろう。
「トウセイの町ももうすぐ掌握致します。イチュウを攻める手間が省けた分、逆にこちらとしても助かったと言うところかも知れません」
「確かに……」
現在セルジュ達は、イチュウの隣のトウセイの町を攻めている。
しかし、今回はいつもと違う攻め方をしている。
「この町でどれ位の奴隷兵が増える?」
今回の侵略は、町の市民の大人の全てを捕まえた端から奴隷に落としていっていた。
老若男女区別なく奴隷にし、ルディチと戦うときの尖兵として利用する為だ。
例え一般市民でも戦闘時には役に立つ。
戦争は数ではない。
しかし、数も力である。
奴隷とは言え何の罪もない市民と戦うのは、相手としたらやりずらい事この上無いだろう。
「4000程の数を奴隷にすることが出来ました。残りは子供ばかりで戦闘で役に立つとは思えません」
南東からリンカンを攻め始めたセルジュの部隊には、ミョーワとハンソーの同盟軍が近い為、場合によっては戦闘になる可能性が高かった。
その為、戦う事になったときの為に、今回のように強制奴隷兵を作る闇魔法を使う魔導師兵を数多く連れてきていた。
闇魔法が使えると言っても、それ程訓練をしているわけでは無いので、魔物を従わせたりすることは出来ない。
しかし、セルジュからしたらそんなことは関係ない。
要は相手が戦いずらくさせられ、帝国兵の損害を抑えられればそれでいいからだ。
「……いや、残った餓鬼共も奴隷にしろ。ルディチの奴等も、さすがに餓鬼相手に戦わされるとは思っていないだろう?」
「それは……」
どう考えても下衆と言わざるを得ない考えを、セルジュはどや顔をしながら話していた。
その発言にライモンドは若干顔をしかめた。
「……良い考えですな!」
てっきりライモンドは、その策を不快に思っているのかと思ったら、まるでそのやり方があったのかと言う感じの声をあげた。
「だろ?」
その言葉で、セルジュは更に気分を良くしたようだった。
「では、そのように手配致します!」
そう言って、ライモンドは闇魔法部隊に指示を出すべくセルジュの前から去っていった。
◆◆◆◆◆
「マルコ様! 帝国兵の斥候を捕まえる事に成功しました!」
元エローエの幹部で、偵察部隊の隊長を担っているヤコボが、イチュウから北に続く街道に気付き密かに偵察していた帝国の斥候を見付けて捕まえてきたらしい。
「どうやら戦場になる予定の場所で、罠の捜索をしていたようです」
捕まえた帝国の斥候を問い詰めた結果、イチュウの町の様子をライモンドに伝えた後、その先の様子を調べるように指示されたらしい。
指示通り行動していたら、ヤコボ達に襲われて連れてこられたとの話であった。
「それと……」
「ん? どうしたの?」
斥候でも帝国支給の鎧を着用している。
これでセルペンテ・シンミャを誘き寄せる事が出来るのだ。
嬉しい情報のはずなのに、浮かない顔をしているヤコボの事が気になり、マルコは首を傾げたのだった。
「奴等、トウセイの市民を老若男女、子供までも片っ端から強制的に奴隷にしているとの話です……」
帝国の斥候から聞き出したのだろう情報を、ヤコボは言い難そうに話し出した。
「……何て奴等だ!」
帝国のやり方が酷い事はアドリアーノやブルーノから色々聞いていたが、相変わらずの酷いやり方に、マルコは怒りで険しい表情になった。
「……それだけではありません。その奴隷にした市民を尖兵として我々に送ってくるとの話です」
「!!? 何て事を…………」
あまりにも人として考えられない事を平気でしてくる帝国のやり方に、マルコは驚きで開いた口が閉じられないでいた。
「くそっ!! これで魔物を誘き寄せたらトウセイの市民が犠牲になってしまいます!」
トウセイの市民は奴隷にされているのだから、帝国兵の指示に従う事しか出来ない。
魔物が襲いかかってきたら、帝国兵は市民奴隷を盾に使う事は目に見えている。
自国民ではないとは言え、罪もない人間を殺す事はとてもではないが出来ない。
あまりのやり方によって、こちらの作戦が遂行できない事に、ヤコボは悔しくて仕方がなかった。
「……………ヤコボ。帝国兵の鎧は取っておいてね」
「……? どうなさるおつもりですか?」
「要は市民をどうにかすれば良いだけだよ。方法は考える。絶対に帝国の好きにさせるわけにはいかない!」
マルコは久々頭にきていた。
帝国がここまで人を人として思わないとは思っていなかった。
マルコは怒りで拳を強く握ったまま、玉座に座って奴隷解放の策を考え始めたのだった。