第165話 イザッコ
「マルコ様。ブルーノ殿が参りました」
「ん、分かった」
戦争が近付いて来たので、街道の整備を仕切っていたブルーノと冒険者を呼び戻したのだった。
この戦争に参加してくれる冒険者を集める必要がある為だ。
冒険者とは職業の1つでしかない。
国や町などで雇っている兵士とは立場が違う。
なので、国が冒険者ギルドに依頼する形で参加者を募るのである。
「よっ! 聞いたぜ、帝国の部隊が攻めて来るんだってな?」
執務室に通されたブルーノは、室内に入ると軽い口調でマルコに話しかけてきた。
室内には、マルコが王になる前の間柄を知っているものだけなので、それを咎める人間はいなかった。
「……何か楽しそうっすね?」
何となくだが明るい口調で話しているブルーノに、マルコの側にいるロメオが疑問に思った。
「昔から帝国の奴等のやり口は気に入らなかったんでな……。今回は奴等に地獄を見せてやるぜ!」
帝国は手に入れた町の反抗的な人々を、力尽くで奴隷として使い潰す事で有名である。
それを他の国は不快に思っている。
だからなんとしても帝国による支配など避けたい所である。
「やり口はともかく、地獄を見せてやるっていうのは頼もしい限りです」
話を聞いていたアドリアーノも、一部同意の意見を口にした。
長年の念願叶ってマルコの下、ようやく建国を果たしたこの国に害を成そうとするものは、如何なる者でも容赦はしない。
それがアドリアーノが思っていることである。
例えどんな勝ち方であろうとも、負けるわけにはいかない。
今回相手の帝国だけでなく、同盟を拒否したミョーワとハンソーに対しても、ルディチの強さを見せる戦いをしたいと思っている。
「そういや、魔物を誘き寄せるとか聞いたけど、どんな魔物を誘き寄せるか決まったのか?」
「……いや、まだです」
マルコはこの数日、魔物の調査を行わせているが、誘導に適した魔物が見つからず苦戦していた。
向かって来ている帝国を遠くから見た斥候からの話だと、30000~40000という話である。
こちらの数は精一杯集めて25000と言ったところである。
数敵にはかなり不利、当初の予定通り魔物を誘き寄せる事で相手の数を少しでも減らしたい所である。
「じゃあ、魔物を誘き寄せるのは諦めて、従魔を集めるしか無いんじゃないか?」
契約を結んだ従魔なら、出したい場所に魔物を出す事が出来る。
その事を思い付いたブルーノが、マルコに提案してみた。
「あいにく、パルトネルがいるので無理ですね」
魔物と契約出来る数は人によって違う。
契約関係にある者同士の実力によっても変わってくる。
それ故、マルコは今他の魔物と契約を結ぶことは不可能である。
マルコは白狼のパルトネルと契約していて、戦闘力で言ったらマルコと同等の実力を有している。
もしも他に魔物と契約を交わそうとしたら、パルトネルとの契約が切れる可能性がある。
マルコがパルトネル以外に契約を交わしたいなら、今よりも強くなるしかない。
そもそもパルトネル以外と契約を交わすと言う考えが、マルコのなかでは無い状態である。
因みに、王となったマルコは、パルトネルを王城に呼んでいて、専用の部屋を作って貰い一緒に暮らしている。
マルコが暇な時は、よくパルトネルと他人から見たら戦闘にしか思えないじゃれあいをしている。
「そうか、じゃあどうしたもんかな……」
契約出来ないんじゃしょうがない。
他に策がないか部屋に集まった男達は、頭を巡らせるのであった。
「失礼します」
「どうした?」
ノックして入ってきた兵に対して、アドリアーノが問いかけた。
「イチュウの領主と名乗る者が、マルコ様にお目通り願いたいと申しております」
「!? ……分かった玉座の間に呼んでくれ」
「畏まりました」
イチュウの町は、予定ではヨカンの村の再建に着手してから、次にルディチが話し合いに向かうはずの町だった。
だが帝国が向かって来ている中で、ルディチとしても話し合いをしている暇が無くなったので、気にもならなくなっていた。
その町の領主が何の用事があって来たのか分からないが、マルコは取りあえず会ってみることにした。
兵に指示を出しマルコ達は玉座の間に向かった。
「お目通り叶いありがとうございます。イチュウの町の領主イザッコと申します」
玉座の間に呼ばれたイザッコは、片膝をついて頭を下げた。
「イザッコとやら、今日はどう言った用向きで来た?」
「ハッ! 本日は我々イチュウの町を救って頂きたく、参上致しました」
この答えは、つい先程集まっていたメンバーは想像がついていた。
「帝国の侵入を阻止してほしいと言うことか?」
「……いいえ、そこまでは申しません」
「……では、どういうことだ?」
てっきり侵入を阻止して欲しいと言うのかと思ったら、どうやら違うようだ。
「町の市民をこちらに避難させて頂けるだけで構いません」
「……なるほど」
「……で? その見返りは何でしょうか?」
言い出しづらそうなマルコに変わって、アドリアーノが問いかけた。
「失礼ながら、ルディチ王国はイチュウを救おうが、救わなかろうが、イチュウを支配した帝国を倒せば自然と手に入れる事が出来る。こちらとしても帝国との戦いに向けて切羽詰まっている。見返り無しで救うことは出来かねる。我が国ではなくミョーワやハンソーに救いを求めよ」
「ミョーワやハンソーでは、その内帝国と戦ったとき敗れるのが落ちです。失礼ながら今回は賭けに出ました。勢い目覚ましいルディチ王国が、今回の帝国との戦いに勝利すれば、一挙に流れはそちらに流れてくる。帝国本国と戦っても勝てる国になると考えております。ですのでここで断られれば町の僅かな兵と共に討ち死にする覚悟であります!」
町を捨てる覚悟をしてもそれだけで救って貰えるとは思っていなかったが、だからといって今の状況で何も返す物など有りはしない。
こうなることは分かっていたが、僅かな可能性に賭けてみたのだが、どうやらやはり無理だったようだ。
「いいよ。町の人を受け入れるよ」
「!!? 真ですか!?」
「!!? マルコ様!?」
そのように思って、この場から立ち去ろうとしたイザッコに対して、マルコは提案を受け入れることにした。
その事に、イザッコのみならずアドリアーノまで驚きの声をあげた。
「良いじゃない。僅かとは言え兵は少しでも多い方がいい。それにあの山に近いイチュウの人なら魔物の事も詳しいだろうし、それに……」
慌てているアドリアーノに向かってマルコは自分の考えを述べていった。
「助けを求めている人がいたら助けたいのが人間本来の感覚じゃない?」
「…………マルコ様が仰るのであればそのように致します」
マルコらしい発言にアドリアーノは反論することが出来なくなり、マルコの指示に従うことにした。
「……では?」
「イザッコよ。急ぎ町に戻りルディチの領地に避難するように市民に告げろ。兵も補助に送るゆえ、迅速に行動せよ!」
「ありがとうございます!!」
まさかの了承に、驚きと共に感動したのか、目に涙を浮かべてイザッコは頭を下げたのだった。