第157話 愚王の苛立ち
「おい、ティノ! 足止めが通用していないぞ!」
リンカン国王のシスモンドが、王城の一室で遠距離からの足止めをしているティノに対して文句をつけてきた。
「……確か帝国の動きは抑えると仰ってませんでしたか?」
帝国皇帝の長男セルジュはベノ、次男のサウルはシヅノの町への侵略を続けている。
この2組には、初めティノが魔物を送って足止めしていた。
その間に、リンカン王国の残った僅かな貴族達が兵をあげて向かっていっていた。
その為、ティノはセルジュとサウルの足止めを止めて、ヴィーゴとミョーワ・ハンソーの連合軍を抑える事に専念していた。
セルジュとサウルは、確かにヴィーゴと比べたら武においても知においても劣るけれども、今のリンカン王国貴族に倒せるほどの実力は無いように思える。
貴族達とシスモンドが、マッシモとその一族に罪を擦り付けた事で市民の怒りも多少収まり、この機に帝国軍の一部を殲滅をする事で、完全に信用を取り戻そうと考えたらしい。
なので何か策でもあるのかとティノは好きにさせたのだったが、どうやら負け帰って来たらしい。
「リドルフォの奴ら使えなさすぎたのだ! 劣勢になるとあっさりと逃げ帰りおって……」
リドルフォとはデッラス侯爵家の当主で、この国の残り僅かな貴族の中で唯一の侯爵で少しだけ武に優れた一族である。
だが、所詮はマッシモに付いていたような貴族である。
ヴィーゴ程でなくても皇帝の息子であるセルジュ達には、全く歯が立たなかったようである。
「……ベノとシヅノの町は諦めましょう。恐らくセルジュはセキホに、サウルはムジナに北上すると思われます。そこへの道のりで足止めをすることに致します」
今からでは、2つの町を救いに行っても手遅れである。
ティノは、救えない町は潔く捨て、次に攻めてくるであろう町への足止めをすることをシスモンドに提案した。
「ぐぬぬ……仕方あるまい、セキホとムジナへの足止めを開始しろ!」
「畏まりました」
仕方ないも何も、それしか取れる手が無い事が分かっていないのかと、ティノはシスモンドに頭を下げながら了承した。
『マルコも確かナイホソを手に入れて復興に力を入れているらしいな……』
シスモンドはナイホソのような町の事など気にもとめて無いようで、ルディチ王国がナイホソを手に入れた事など興味が無いようである。
一応その情報は入って来ているが、シスモンドの意識はルディチ以外の国に向いている。
更にリンカン国内の市民の不満はまだ消え去っていない。
オルチーニ公爵家のエンニオ、コレンナ公爵家のマッシモの策略によって、兄である前リンカン国王から王位を継いだシスモンドは、これまで両家の操り人形でいた。
むしろこの両家のお陰でまだ王として成り立っていたのだが、元々王の器ではない。
この国はもうお終いだと言う事に気付かず、焦ったところで最早無意味である。
『マルコも戦力で支配すればもっと早いのだがな……』
情報によると、リンカン王国の援助を得られず消滅寸前だった ナイホソにルディチ王国が援助をすることになり、ナイホソがルディチの傘下に入ることになったらしい。
『……そんな性格ではないか?』
マルコの性格を思い出して、攻め込まれない限り戦力での制圧をする事はないだろうなと思うティノだった。
◆◆◆◆◆
「マルコ様。ナイホソの復興も一段落ついた事ですし、次はダイシンの町に向かうべきではありませんか?」
魔導師部隊と共にナイホソの町の修復にあたり、修復し終え王都に戻ったマルコに、アドリアーノは翌日にも関わらず次の町の支配化の話をしてきた。
「えっ? 昨日戻ったのにもう?」
昨日戻ったばかりなのにそんな事を言われて、マルコは驚きの表情になった。
他の国は思いの外侵略に手間取っていて、まだ最初の町の侵略途中である。
ルディチが、他より1歩先に進んでいる状態である。
「我々は元々が小国です。他と渡り合うには、1つの町を傘下に納めただけではまだまだ不十分です」
アドリアーノが言う事はもっともである。
3つの町の集合体でしかないような小国のルディチでは、他の国が攻めてきた場合、凌ぐのに精一杯で勝てる見込みがかなり薄い。
現在リンカン王国の領土が、どの国も容易く手に入る状態な為、そちらに意識が向いているのでよいのだが、その意識がこちらに向いてはどうしようもなくなる。
この機に出来るだけ他の国より領土を広げ、まずは対等なレベルまでもっていきたいところである。
その為、アドリアーノはマルコに急かすように進言したのである。
「失礼します。マルコ様、お目通り願いたいと申すものが参っているのですが、どうなさいますか?」
アドリアーノと話していたマルコのもとに、ノックをして兵士が入ってきた。
「ん? お客さん? どちらさん?」
兵士の言葉に反応したマルコは、誰が来たのか想像できず、首を傾げていた。
「それが……ダイシンの領主と申すものが参っています」
「「「えっ!?」」」
全く想像していなかったので、マルコとアドリアーノ、それにマルコの護衛で側に立つロメオも驚きの声をあげた。
「……通して良いよ」
どうせ近いうち向かう町の領主が来てくれたのは、願ってもないことだ。
マルコはそれ程考えず、兵士に案内するように指示をした。
「お目通り叶いありがとうございます……」
他国とは言え王の前と言うことで、案内されたダイシンの領主らしき初老の男は、片膝を付いてマルコに頭を下げて挨拶をした。
「ダイシンの領主と聞いたが今回は何用か?」
「はい。ナイホソの町がルディチ王国の傘下に入ったと聞きました……」
「早いな……もう知れ渡ったのか?」
「はい。そこで……」
ダイシン領主の男はそこで少しいい淀み……
「我々ダイシンも傘下に加えて頂きたく、参上致しました」
「……………えっ?」
まさかの発言にマルコは固まり、驚きの表情になったのだった。