第147話 一難
『何なんだこの男!?』
ティノを見つめ、ヴィーゴはまるで違う次元の人間に見えて、訳の分からない感覚に陥っていた。
「……久々だなチリアーコ」
先程質問をして来た目の前のヴィーゴと、満面の笑顔でティノを見詰めるマルコを無視して、ティノはチリアーコに目を向けた。
「お久し振りティノ、まさかここに現れるとは思いませんでしたよ。読んでいたのですか?」
昔のちょっとした事から、ティノの暗殺を図って来たチリアーコだが、時が経てば経つほどティノの実力の異常さに恐れを抱いていた。
マルコに危険が及ぶとき以外でこの男に会うとは思わなかったので、チリアーコは内心焦りまくっていた。
何とか焦りを態度や表情に出さないように、ティノに対して疑問の声を出すことが出来た。
「まさか……、そんな訳無いだろ。近くで会談の様子を探っていたらお前らが現れただけだ」
自分がセコンドに入れ知恵をして開かれた会談が成功するか、念のため確認に来ていたのだが、まさかのヴィーゴ達の乱入に思わず出て来てしまった。
「チリアーコ! こいつが……?」
「……ティノです!」
質問の答えが帰ってこないので、ヴィーゴは男と話しているチリアーコに尋ねることにした。
その質問に、チリアーコは簡潔に答えを返した。
「……ハハッ、チリアーコ! お前の言ったことは正しかったな! こいつは全く勝てる気がしないな……」
答えによって、以前チリアーコが言っていた事を思い出したヴィーゴは、何故だか笑いが込み上げてきた。
以前チリアーコに言われた時は、自分より強い人間がいるとしても、いつかは越えられる程度の差しかないと思っていた。
だがティノを目の前にしたら、その底の見えない実力に、越えるどころか勝てる見込みが全く湧かない気持ちになってきた。
「……この状況で笑うとは、かなりぶっ飛んだ性格してんな……」
敵地に2人で乗り込んできただけでもイカれているのに、自分という化け物を前に笑うヴィーゴに違和感を覚えた。
「!!?」
ティノがこの機にこの2人を捕まえようと思った時、城の外から数匹の魔物が窓を割って侵入してきた。
突然の魔物の出現に室内の者達は焦り、護衛達はそれぞれ自分の主を守るべく、主を自分の背中に回して武器を構えたのだった。
「「「「!!?」」」」
しかし侵入してきた魔物は、あっという間にティノが叩きのめしていた。
その光景に、ティノの実力を知らないハンソー王国の人間だけが、驚きで目を見開いていた。
ルディチ王国の人間は勿論、元反乱軍でその実力を見たことがあるミョーワ共和国の人間は驚いてはいなかった。
「チッ! もしもの時の為に逃走用の魔物を作っていやがったか……」
ティノが魔物を叩きのめしている間に、ヴィーゴとチリアーコはこの場から消え去っていた。
気配の隠蔽をわざわざ施しているとは思わず、ティノは2人に逃げられたことに舌打ちをした。
「マルコ、ロメオ、俺はここで退出する。あとは任せた……」
「あっ!?」「先生!?」
マルコとロメオに一言告げて、ティノはその場から転移していった。
急に現れたので少しも話が出来なかった事に、名前を呼ばれた2人は残念そうな表情でティノがいた場所を眺めていた。
「…………ど、どうやら、難は去ったようですね。……新しく会談の部屋を用意致しますので、各国の皆様は控え室にてお待ち頂けますか?」
ティノが去り、少しして一先ず落ち着いた進行役のルジェーロが、この場での会談の継続は不可能だと思い、取りあえず控え室に戻って貰うことにした。
◆◆◆◆◆
「フーッ! ダルマツィオの言う通り用意していておいて良かったな?」
「全くです! まさかティノまで来るとは思わなかったですね?」
チリアーコの転移魔法によって逃走を図ったヴィーゴ達は、会談の場から帝国領に戻ってきて一息ついていた。
「ヴィーゴ様!? どうなされたのですか?」
皇帝にリンカンとの戦争の事を報告したあと、ダルマツィオが何度も止めたのだが、結局「ルディチ国王の顔を見る」とチリアーコと共にヴィーゴは転移していった。
ヴィーゴに、もしもの時の為に準備をしておく事を注意しておいたダルマツィオは、帰ってきたヴィーゴの表情に焦りの色が見えたので、何かあったのかと慌てた様子で問いかけた。
「いやー、すんげぇ化け物に会っちまったよ! ありゃ、本当に人間かよ!」
ヴィーゴは興奮したように、ティノとの遭遇をダルマツィオに説明した。
「……それほどの化け物がルディチ王国に……」
以前チリアーコが言ったように、ヴィーゴでも歯が立たないと本人が認めた事に意外な表情になった。
父である皇帝ですらいずれ越えられると、密かにダルマツィオに話していた自信家の部分もあるヴィーゴが、あっさり負けを認めるような人間が、この世に存在していることがピンと来ないでいた。
「そうなりますと3国の同盟は困ったことになりますね?」
その化け物がいるとは言えルディチ王国は小国なので、何倍もの戦力数を持っている帝国なら数で押し潰す事は可能だろう。
しかしそこにハンソーやミョーワの戦力が加わると、かなり手強い事になる。
簡単にこちらから手出しが出来ない状況になる。
「いや、僅かな可能性だがあのティノとか言うのを引っ張り出せた事は良かったかもしれない」
「? どう言うことですか?」
ヴィーゴが言った事の意味が分からず、チリアーコは首を傾げていた。
「あぁ、それはな……」
ヴィーゴは、ティノの出現によって起きる可能性を2人に説明したのだった。