第142話 討伐
「チリアーコ、リンカン国王はどうした?」
ムシュフシュがリンカン軍を蹂躙する中、ヴィーゴは数分前までリンカン国王達の近くにいたはずのチリアーコに尋ねた。
「コレンナ公爵と共に逃走を図りました」
チリアーコはリンカン国王達の行動を、馬鹿にしたように話した。
「おいおい、まだ部下が残っているのに逃げるかよ……」
チリアーコの答えに、ヴィーゴは呆れた様子で呟いた。
上に立つものが部下を見捨てるなどありえない。
帝国ですら、失敗をした訳でもないのに切り捨てるなどという事はありえない。
「ヴィーゴ様! 我々も逃走を図るべきでは?」
ダルマツィオは、ムシュフシュがリンカン軍に気が向いている内に撤退するべきだと進言した。
あれ程の魔物相手に戦ったのでは、こちらも被害が甚大になる可能性がある。
「……いや、これは良い機会だ。利用する」
少し考えた後、ヴィーゴはそう答えた。
帝国兵達は、今だヴィーゴの実力を知らない。
今回リンカン軍を潰した事だけで、帝国内でのヴィーゴの株はうなぎ登りである。
しかし、実力ではなく運が良かっただけだと思う者達も多いはずだ。
折角だから、戦闘力の部分でも実力を見せつけておくべきだ。
その相手にムシュフシュは絶好の相手に思えた。
「しかし、あれ程の魔物では……」
ダルマツィオは、ヴィーゴの意図は何となく理解しているが、さすがに相手が相手なので難色を示した。
「大丈夫だ! チリアーコ! ムシュフシュは全くお前の指示を聞かないのか?」
まずは情報を集める。
敵の状況次第で勝率は変わってくる。
「……はい。闇魔法を掛けても、ほんの一瞬止まるだけで、言うことは聞きません」
闇魔法特化のチリアーコをもってしても、あれ程の魔物となると通用しないようである。
「ダルマツィオ! あの魔物に効果的な攻撃は何だ?」
ダルマツィオは、ムシュフシュの名前を知っていた。
見たか聞いたかは知らないが、生粋の軍人のダルマツィオなら何かしらの情報が期待できると思い、ヴィーゴは尋ねた。
「どの攻撃魔法にも耐性があるらしく、期待は出来ません。しかし、体内はどのような生物でも鍛えられないはず、どうにかして内部を攻撃するしかありません!」
ダルマツィオは、考え無しの自分を変えるべく、魔物の書物を調べ尽くした時見たムシュフシュの特徴が書かれたページを思い出していた。
伝説のような話だったが、1人の英雄が挑み、色々な魔法を放ち、剣によって攻撃を加えたが傷付かず、最終的には体内を攻撃して倒したと書かれていた。
「そうか…………」
これまでの情報をもとに、ヴィーゴは少しの間思案した。
「よし! 今から作戦の内容を説明する。」
どうにか作戦を思い付いたヴィーゴはダルマツィオ達を集めて作戦を説明した。
「行くぞ!」
「はいっ!」
ヴィーゴの作戦を聞いたダルマツィオ達は、ムシュフシュ討伐の可能性が見えて、意を決したように行動を起こし始めた。
「我は大将軍ヴィーゴ! 帝国兵よ! 例えあのような化け物でも、帝国軍は負けはせぬ! 総員! あの化け物の動きを止めることに集中しろ! 後は我自らあの化け物を退治してくれる!」
ヴィーゴは、ダルマツィオ達によって集められた帝国の大軍団を見下ろす位置に立ち、大きな声で兵に指示を出した。
「「「「「オオオォォォーーー!!!」」」」」
ヴィーゴの堂々とした態度に奮い立ったのか、帝国軍の兵士達は気合いと共にムシュフシュに向かってあらゆる魔法で足止めを図り始めた。
「良いぞ!! そのまま抑えておけ!!」
攻撃魔法には強いムシュフシュだが、四方八方からの捕縛系の魔法には耐えきれず、じわじわと拘束され動きが鈍って行った。
そしてとうとう顔以外の体が拘束され、身動きが出来ない状態になった。
「ハッ!!」
誰もが離れて拘束を図る中、ヴィーゴは只1人ムシュフシュに向かって走り出した。
「「「「「ヴィーゴ様!?」」」」」
懸命に拘束をしている兵達は、軍のトップの突撃に驚きが隠せないでいた。
ヴィーゴは、ムシュフシュに近付くと頭部に向かって一気に飛び上がった。
しかし、そこにはムシュフシュが火を吹こうと口を開けて待ち構えていた。
「!!? チリアーコ!」
その姿を見たヴィーゴは、作戦通りチリアーコの名を呼んだ。
「ハイッ!」
「グワッ!?」
チリアーコの闇魔法によって、ムシュフシュの口に集まっていた炎は霧散して、口を開けた状態で一瞬停止した。
「喰らえ、化け物!! 俺の全力爆裂魔法!!」
ムシュフシュの開いた口の中に、ヴィーゴはありったけの魔力玉を大量に放り込んだ。
「エスプロジオーネ・インフェルノ!!!」
ヴィーゴが叫ぶと共にムシュフシュの体内が所々膨れ上がり、大爆発を起こした。
「どうだ!?」
ムシュフシュは口から煙を出し、白目を向いて動かないでいた。
「!!?」
しかし、まだ辛うじて生きていたのか、ヴィーゴに向かって尻尾を突き刺して来た。
魔力を使いきったヴィーゴは動きが鈍り、躱す事が出来ずにいた。
「防壁!!」
そこにダルマツィオが現れ、ヴィーゴの前に立つと全力で魔力の防壁を何重にも張って、尻尾の針を防ごうとした。
じわじわと防壁が弾かれていき、残り二枚と言うところでムシュフシュは力尽きたように動きが止まった。
「助かった…………」
残り二枚の内、針と触れていた部分は毒で腐食し、実質防壁一枚の所で治まった事にダルマツィオは大量の冷や汗と共に防壁を解いた。
「済まんな、ダルマツィオ。助かったぞ!」
座り込むダルマツィオに、ヴィーゴは笑顔と共に感謝の言葉をかけた。
「いえ、主君を守るのも部下の務めですので……」
ダルマツィオは当然といった表情で答えた。
「……それよりも、兵達に一声頂けますか?」
周囲を見ると、これまでムシュフシュの拘束に専念していた兵達が、ヴィーゴのもとに集まりだしていた。
「皆の者! リンカン王国に勝利し、化け物も退治した! 我々の完全勝利だ! 勝鬨を上げよ!」
「「「「「ウォーーー!!!」」」」」
ヴィーゴの言葉を聞いて、兵達は堰を切ったように声をあげていった。
この戦争とムシュフシュ討伐によって、ヴィーゴは帝国内で英雄の扱いを受け、誰もが次期皇帝として認める存在になったのだった。