第138話 皇帝ダヴィド
デンオー帝国王都ダイーにある王宮の接見の間にて、ダヴィド・ディ・デンオー皇帝と大将軍の地位にある3人の息子、長男セルジュ、次男サウル、三男ヴィーゴが集まって話をしていた。
「父上、リンカンが軍を率いて帝国領土ブリューに向けて進軍を開始したという報告が入りました」
長男のセルジュが、片膝をついて皇帝に報告した。
権威主義の意識が強いこの国では、親子と言えどきちんとした分別をわきまえた行動をとらなければならない。
「フッ! リンカンごときが何を考えているのか……」
皇帝ダヴィドはリンカンが行動を起こしたことを、鼻で笑って呟いた。
これまでの長い間リンカン王国と戦って来たが、多少の敗けはあっても、帝国は大敗を喫した事はない。
最近では、帝国もミョーワに領土の1部を奪われたが、リンカンは王都をハンソー王国に奪われるという、とんでもなくみっともない事態になっている。
帝国はリューキ王国という、損失以上の領土を手に入れて成長を続けているが、リンカンはじわじわと衰退していっている。
そのリンカンが、どう考えても勝ち目のない戦争をしようとするのか理解に苦しむ。
「あの噂が本当なのではないでしょうか?」
続いて、次男のサウルが皇帝に話しかけた。
体格が良く、武闘派のイメージの強いセルジュとは違い、知的な頭脳派のイメージの背の高い男である。
「あの噂とは?」
弟の発言に、セルジュが問いかけた。
階級的には同列に置かれているが、兄の立場から上からの話し方である。
「……SSランクの魔物を人工的に製造する技術が出来たようです」
そんな兄の態度に内心納得いかないサウルだったが、皇帝の前だということで顔に出さず素直に答えた。
「確かギルマスが将軍のダルマツィオに話したらしいな?」
ミョーワの反乱軍によって起こった反乱で、ミョーワから撤退したダルマツィオは、現在王都で雑務をこなしている。
反乱軍に殺された将軍オルランドのせいとはいえ、領土を奪われた罰として奴隷の管理などを任されている。
落ちた信用を取り返す為に情報を集めていたダルマツィオに、ティノから聞いた話をギルマスが話したらしい。
その話を、セルジュはサウルに確認した。
「そうです」
その確認に、サウルは頷いて答えた。
「その事が本当なら、こちらもかなりの痛手を負うかも知れませんね?」
兵数の量では桁違いに勝っているが、強力な魔物を相手に闘うには相当数の奴隷兵を失う可能性かある。
その事をセルジュはダヴィドに問いかけた。
「その事なら大丈夫です! 例え強力な魔物が出てこようと我が軍が打ち倒して見せます!」
ダヴィドが答える前に、サウルは胸を張って高らかに声をあげた。
次代の皇帝はまだ決まっていないが、兄弟の中から選ぶと皇帝は言っている。
実力主義の帝国なので、3人の兄弟のうち領土獲得の貢献度で決定されると部下の将軍達は噂している。
「魔法が通用すればだろ?」
「……何が言いたいのですか? 兄さん……」
「魔法でしか戦わないお前らは遠くから攻撃するだけだからな! 魔法が通用しなければ尻尾巻いて逃げるだけだろ?」
「何だと!?」
皇帝に大きく出たサウルに対して、若干弱気な発言をしてしまったセルジュは、やっかみの気持ちでけしかけた。
それに腹を立てたサウルが、セルジュに向かって睨み付けた。
武に優れ、魔法も多少使いこなすセルジュに対して、魔法に特化したサウルは離れた場所からの魔法攻撃が基本である。
その事で昔からセルジュに色々言われていたせいか、サウル自身コンプレックスに思っている部分がある。
その為、サウルは簡単に腹を立てたのである。
「うるさいぞ! お前ら!」
リンカンとの闘いに対して考え事をしていたダヴィドが、騒ぐ二人を一喝した。
「……すいません」「……申し訳ありません」
ダヴィドの一喝で、言い争っていた2人は大人しくなった。
「……父上!」
3人が黙った所で、今まで黙っていた幼い顔をした中肉中背の三男、ヴィーゴがダヴィドに話しかけた。
「……何だ?」
兄達とは違い、ヴィーゴは皇帝の地位にこだわっていないように誰からも思われている。
なので、戦争が始まっても我先にと功をたてようとする兄達と違い、役割以上の事はしないタイプの人間だ。
しかしどういう訳か下からの人望は厚い。
こう言った話し合いの場でも兄達に任せることが多く、あまり意見を言わないのだが、珍しく意見を言おうとしたので、ダヴィドは気になって聞いてみることにした。
「セルジュ兄さんはリューキへの道路整備で、サウル兄さんは景気回復の政策に忙しい身です……」
「……それで?」
話を促すダヴィドにヴィーゴは続けた。
「リンカンの撃退は僕の軍に任せて頂けませんか?」
「「なっ!?」」
その言葉に、セルジュとサウルはヴィーゴに驚きの声をあげた。
ヴィーゴはセルジュ程の武はなく、サウル程の魔法能力もない。
更に、兄達の軍より兵の数が少ない。
そんなヴィーゴが珍しく意見を言うと思ったら、自分の軍だけで撃退すると言うとは想像もしていなかった。
「……くくくっ! 面白い! やってみろ!」
「「なっ!? 父上」」
真面目な顔で大見栄切ったヴィーゴに対して、ダヴィドは何か考えがあるのだろうと思い、任せてみることにした。
その事にセルジュとサウルは、今度はダヴィドに驚きの声をあげた。
「その代わりと言っては何ですが……」
「何だ? 言ってみろ!」
「ダルマツィオを任せて頂けませんか?」
ヴィーゴが出した条件とはダルマツィオ将軍の使用権限であった。
「その程度の事なら構わん! 好きに使え!」
何かしらの条件があるのは分かっていたので、ダヴィドはその条件を簡単に受け入れた。
ダルマツィオは、元々ヴィーゴの下に付いていた将軍である。
サウルの下に付いていたオルランドのせいで雑務をさせられているが、ヴィーゴからしたら最も使える将軍の1人である。
「ありがとうございます。では、準備を始めさせて頂きます!」
ダヴィドに一礼して、ヴィーゴは物言いたげな兄達を放っといてその場から去っていった。
「父上! よろしいのですか? あいつに全て任せて……」
「そうです! ただですら全軍率いて挑む所を……」
先程の言い争いが嘘のように2人は息の合った意見をダヴィドに放った。
「あいつが珍しく大見栄切ったんだ。策があるのだろう?」
「いや……」「しかし……」
策があるとは言え、それだけで任せるのは気が引けた2人は、まだ納得行かず意見を言おうとした。
「成功すればこれ程の武功は無い! それに……」
「「……!!?」」
口を釣り上げ恐ろしい笑顔を作ったダヴィドに、息子とは言え背筋に冷たいものを感じた2人は息を飲んだ。
「失敗したら奴を消せばいいだけだ!」
息子であろうと使えない奴は切り捨てる。
実力だけで皇帝に登り詰めたダヴィドは、結果が全てである。
もし、オルランドが生きてミョーワから逃れていたら、恐らく死ぬより辛い目に遭っていただろう。
失敗者には息子であろうと容赦はしない。
それがダヴィドの考えである。
その事に気付いた2人は冷や汗をかきつつ、黙ってダヴィドを見つめていることしか出来なかった。