第137話 予想
「……お前! 久しぶりだな?」
リリアーナに言われた通りティノが夜に酒場に行くと、セコンドがカウンターで夕食をとっていた。
リリアーナが断っていたのか、店内には他に客がいなかった。
ティノを見たセコンドは驚いた後、懐かしい表情でティノを隣の席に招き寄せた。
「妹に聞いたが、忙しいようだな?」
セコンドの隣の席に座って、ティノは話しかけた。
「まあな。書類の精査に毎日四苦八苦してるよ」
疲労が見える表情だが、どこか満足しているような顔でセコンドは返事を返した。
「今日もちょっとした話を持ってきたんだが……」
多忙から疲れた表情に見えるセコンドに、これ以上悩みを増やすのも気が引けたティノは、少し言葉を濁した。
「お前が持ってくる話は、大体この国の為になっている。今回も内容次第じゃ使わせて貰うぜ!」
セコンドは、これまでの経験からティノとの関わり方を理解しているようである。
ルディチ王国と敵対しない限り、ティノが持ってくる話はこの国の発展に利用する価値が高い話ばかりである。
現在ミョーワは、ルディチとは全く関わりがない。
なので、今回も利用させて貰おうとティノの話を聞くことにした。
「そうか。じゃあ…………」
セコンドが聞きたがったので、ティノはリンカン王国と帝国が数ヶ月後にぶつかる事を最初から説明した。
「魔物兵器……? 人を魔物化させる……? そんな奴がリンカンと組んでるのか?」
ティノが話した事が信じられず、セコンドは何度も聞き返してきた。
チリアーコを殺すのは、ティノにとっても手間がかかる事である。
周囲に結界を張り巡らせ、察知したならどこかに転移して逃げるという方法をチリアーコはとっているので、中々近付けないでいる。
転移されたらまた探しだすのは面倒臭い。
しかしチリアーコの事を色々な人間に広めておけば、逃げられても探し易くなると思ったので、細かく説明をしておいた。
「聞いといて良かったよ……」
セコンドからしたら驚愕の話だが、これ程危険な人物の事を聞けたのはとても良かった。
この事を話し合って対策を練る必要がある。
「それに……」
憎き帝国を削る機会が巡って来たことに、セコンドは口の端を釣り上げて笑った。
ティノの話から、リンカンとの戦争だけでも大打撃を受けるだろう。
リンカンと帝国のどちらが勝とうとも、どちらもただでは済まないはずだ。
勝ち残った方の国を潰せば、この大陸はほぼミョーワの物になる。
そこまで行けば、隣に座るこの男と言えど消し去ることは難しくなくなる。
内心そこまで計算通りに行くとは思っていないが、帝国を潰すことが出来れば御の字だろう。
「……どちらが勝つと思う?」
自分としてはミョーワが帝国を叩き潰す事が出来れば良いのだが、リンカンの魔物兵器の話を聞くと、どちらが勝つか分からない状況である。
なのでセコンドは、ティノの意見を聞いてみることにした。
「……五分五分ってところだな」
ティノは少しの間考えた後、セコンドに答えを返した。
「そうか? その魔物兵器ってのもあるけど、数の利で帝国が優勢だと思うが……」
ティノの話でしか聞いていないが、リンカンの魔物兵器も万能ではないはずだ。
沢山の強力な魔物をホイホイ造れるようなら手に負えないが、そんな事が出来るなら先日のルディチ王国襲撃に、もっと多数の魔物を送り込んだはずである。
セコンドの中では、チリアーコという男しかその技術が使いこなせないと考えている。
闇魔法を使って魔物を製造するなんて、闇魔法に特化していないと出来ない技術だ。
その闇魔法は攻撃の魔法が無いせいか、この世界で闇魔法を懸命に訓練している人間なんて、セコンドは見たことがない。
なので造れる魔物も数に限りがある。
帝国には奴隷が溢れるほど存在している。
奴隷を使い潰せば、強力とは言え魔物を倒すことは可能だ。
魔物を倒せば、後は純粋に人間同士の戦いになる。
そこでも数の差で帝国有利だとセコンドは考えている。
「ルディチの時はまだ実験段階だったんじゃないかと思うと、帝国と戦うときはもっと強力な魔物を出してくる可能性がある……」
あの程度の魔物で国1つ潰せることが出来ないのは、チリアーコにも分かっていたはずだ。
ルディチの時は1匹SSランクが混じっていたが、あれクラスの魔物を大量に送り込まれたら、帝国とは言え手こずる事は目に見えて分かる。
数の有利でどこまで行けるか分からない。
もしかしたら、奴隷も兵士も大量に損失してしまう可能性がある。
そうなった時も考えて、ティノは五分五分だという考えだ。
「……まあ、どちらが勝っても最後はうちが勝つけどな!」
どちらにせよこれまでの話から、ミョーワは勝った方を叩けばいい。
この大陸の支配が簡単に近付いた事に、セコンドは高鳴る気持ちを抑えるのに必死になった。
「……じゃあ、話も済んだし帰る事にするよ」
「えー!? まだ良いじゃないですか! 兄の奢りですので飲んでいって下さいよ!」
ティノが帰ろうとしたら、これまで邪魔をしないように静かにしていたリリアーナが、残念そうな声をあげてティノを引き留めた。
「明日も出掛ける所があるんでね……」
「……そうですか。残念です……」
適当な嘘でリリアーナをあしらって、ティノは酒場から出ていった。
ティノが出ていった扉を眺めて、リリアーナは暗い表情になっていた。
「……リリアーナ! あいつはやめとけ!」
今は味方だが、ミョーワにとってはティノも要注意人物なのは変わらない。
妹共々命を救って貰ったが、ミョーワにとって邪魔になればティノと敵対する可能性がある。
セコンドとしては、今となってはたった1人の家族である妹をティノに渡すのは好ましくないので、注意しておくことにした。
「兄さんには関係ない!」
リリアーナからしたら、命の恩人のティノに惚れて何が悪いといった感じで、セコンドの注意に腹を立てて店の奥に入っていってしまった。
「……ふ~! 全く分からん!」
妹とは言え、女心を理解できないセコンドは、リリアーナの態度に溜め息をついたのだった。