第136話 リリアーナ
帝国の意識をリンカン王国へ向ける事にある程度成功したティノは、今度はミョーワ共和国に来ていた。
ミョーワ共和国は、帝国の領土を奪い取ってジワジワと拡大し始めていた。
1度は帝国に滅ぼされた国だったせいか、敵は帝国ただ1国といった感じで突き進んでいる。
「副大統領ってどこいるんだ?」
帝国の軍を退け、ミョーワの国を独立に導いた反乱軍のメンバーのほとんどは、現在この国の中枢を仕切る政治家になっている。
その中で反乱軍のリーダーが選挙により大統領になり、副リーダーだったセコンドが副大統領の職についている。
セコンドとは面識があるので、何とか接触して情報を与えたいのだが、忙しいらしく、どこにいるのか分からないでいた。
「ん!? この酒場……」
以前セコンドが店主をしていた酒場が、まだそのまま営業しているらしく、まだ昼間だがティノは何となく入ってみることにした。
「いらっ……!!?」
店員らしき女性は、ティノの顔を見て挨拶が途中で止まった。
「……あれっ? もしかしてまだやってないのかい?」
その店員の態度から、ティノはまだ開店前なのかと問いかけた。
「……いえ! 開店してます! どうぞこちらへ!」
その女性は何故か緊張したような態度に変わり、ティノをカウンターに招き入れた。
「……?」
店員の態度に疑問を持ちつつ、ティノはカウンターに座った。
「ビルラ1つ!」
ティノはお酒を頼み、セコンドとどうやって会おうか考えていた。
「あの! ティノさんでしたよね?」
「……えぇ、そうですけど、どちらさんでしたっけ?」
お酒を持ってきた先程の店員が、ティノに話しかけてきた。
しかしティノは、何故自分の名前をこの女性が知っているのか分からず、そのまま問い返した。
「あの私、以前貴方に助けて頂いたセコンドの妹です!」
顔を覚えて貰えていないことに若干曇った顔をした女性だったが、すぐに気持ちを立て直した様に話してきた。
「…………あぁ、そう言えば……」
そう言われて少しの間考えたティノは、ようやくこの女性の事を思い出した。
この地を支配していた帝国軍の将軍オルラルドを、反乱軍が暗殺しに行動した時、策を読まれて死にかかっていた女性隊員をティノは助けた。
そして助けたすぐ後、セコンドの妹だということが分かったのだった。
その事を思い出して、ティノはこの出会いは運が良かったと思った。
「確かリリアーナだったっけ? ちょうど良かった! セコンドに会いたいんだけど、どうしたら会えるか分かるかい?」
妹ならば分かるだろうと思い、ティノはすぐにセコンドの事を問いかけた。
リリアーナは、自分の事を思い出して貰えたと思い表情が一瞬明るくなったが、すぐまた落ち込んだ。
「兄は今内政を主に担当していて、色々な内容の書類を精査するのに毎日いっぱいいっぱいになっています。面会する事は難しいと思いますよ」
「そうか……、困ったな……」
酒場のマスターから副大統領になり、馴れない仕事に躍起になっている姿が目に浮かび、ティノは面会の難しさを感じていた。
帝国に痛手を加える機会があることを伝えようと思っていたのだが、諦めて他に行こうか考え始めた。
「あの! もし良かったら私が何とかしてみますよ!」
考え込んでいたティノに、リリアーナはアピールチャンスと言わんばかりに身を乗り出してきた。
「……そう? じゃあ、頼むよ……」
リリアーナの勢いに若干引きつつ、ティノは頼んでみることにした。
半ば諦めていたので、この提案はありがたかった。
来たその日に副大統領に会おうなんて、虫のいい話があるはず無いと思っていたら、結構あるようである。
「仕事終わりにここに寄るように言っておきますので、夜にまた来てください! ……それともここでずっと待たれますか?」
「いや、俺の都合で迷惑かけるんだ。少しでも店の邪魔にならないように出て行く事にするよ!」
「……そうですか」
リリアーナの気持ちとしては、少しでも長い間ティノと話をしたい。
なので、頑張って誘ってみたのだが、すげなくあしらわれてまた落ち込んだ表情になった。
「それじゃあ、夜にまた来るよ!」
そう言ってティノは、支払いを済ませて酒場から出ていった。
「随分好かれたものだな……」
取りあえず今日は、このナンダイトーの町に泊まることにしたので、酒場から宿屋を探して歩きながら、ティノは呟いた。
リリアーナの態度から、どうやら好意を持たれているのは理解している。
ティノは妻のラウラが亡くなってから、そういった色恋沙汰はなるべく避けてきた。
愛する人が亡くなる姿を見るのは、幾ら長いこと生きてきても馴れないものである。
だから女性関係の関わりは極力避け続けてきた。
「ラウラにも悪いし……」
それに、ティノは未だにラウラの事を忘れられないでいる。
他の人からしたら、ドン引きするほど一途な男らしい……
不老の能力を得て、長いこと生きていくにつれ、性欲だけはどんどん下降して行く一方である。
ティノ自身、それが自分にとって好都合だったので気にしていないのだが、普通の人からしたら地獄のような人生に思えてしまう。
ティノが何を楽しみに生きているのか分からないと感じてしまう。
ティノが今単純に楽しんでいるのは、マルコの行く末である。
自分が鍛えに鍛えたマルコが、どんな王になって行くのか遠くから見ていたいのである。
「……さて行くか」
宿屋で仮眠を取り、そろそろちょうどいい時間だと思ったティノは、また酒場に向かっていった。
マルコが少しでも平和に暮らせるように策を弄す為……