第127話 君主
マルコの4年間の初等部生活は、初年度のいざこざが嘘のように平穏に過ぎて行った。
ハンソー王国の初等部学校の対抗戦の大会では、初の4連覇を果たし国中に名前が知れ渡っていった。
そして初等部卒業を控えた今、ケトウ大陸情勢は、少しずつ変化をしていっていた。
まず現在最大の領土を有するデンオー帝国は、西に隣接するリューキ王国を支配することに成功する。
帝国とリューキの間には、高くそびえ立つ山脈が壁になってどちらからも侵攻する事が出来ないでいたのだが、帝国はそれを力尽くで可能にした。
数年前からその作戦は開始されていたのだが、それがようやく成功したのである。
帝国が行ったのは、山脈を突き破るトンネルを土魔法で作る、完全な人海戦術であった。
支配した領土の市民から土魔法の使い手を選んで、奴隷として使い潰す事をし続けて、完成したトンネルから大軍団を率いてリューキ王国を支配していったのである。
次にリンカン王国だが、以前手に入れたラーオ王国の王都ナカヤを、新たな王都として再建を図ることに集中しつつ、帝国の侵攻に戦々恐々とする日々を送っていた。
王を操っている状況のコレンナ、オルチーニの両公爵家にも力関係が変わりつつあった。
後継ぎを失い、他の後継者が存在しない状況のオルチーニ家はじわじわと権力を失い、コロンナ家に強く意見を言えなくなっていた。
更に次期王でパメラの異母兄と、コレンナ家の長女が婚約を発表したことが決め手になり、オルチーニ家は飾りの公爵家に落ちていった。
ティノの協力もあり、帝国から領土を奪い返した元ミョーワ王国は、ティノから聞いた大統領制を利用して国の再立国を宣言し、ミョーワ共和国として国の整備に力を尽くしていた。
元反乱軍のリーダーが、国民投票によって初代大統領に任命され、元々協力関係にあったハンソー王国と共に発展をし始めていた。
隣接する帝国領土を少しだが侵略に成功し、その成功により大統領としての権威を確固たるものにしていた。
ハンソー王国は、長年に渡る戦争の傷を癒すかのように静かに国内の発展に力を入れ、侵略に力を尽くすことはなく、他大陸と一番近い特性を利用して貿易を行い、ケトウ大陸の国としては一番豊かな国になって行った。
ティノとしても、このままマルコをこの国で平穏に生きていって貰いたいと思ってしまうほどである。
そしてトウダイの現在は、不穏な空気が流れつつあった。
「我々もミョーワのように立国を宣言すべきだ!」
元ルディチ家領地のツカチを経営しているグリマンディ家当主ダニオは、同じくルディチ家領地だったヤタを経営するカセターニ家当主チリーノと、トウダイを奪還したクランエローエリーダーのアドリアーノの2人と設けた会談の場で、勢い良く自分の意見を発言した。
「……確かに、ハンソーが我々の地に侵攻する気配は全くない。以前のルディチ家領地並の発展を目指すのであれば、ダニオ殿の言う通り立国を宣言して、他国や他大陸と交易するのが望ましいと思われる。」
ダニオの意見を聞いていたチリーノも、その意見に同意を示した。
「少々お待ちください。その場合どのような体制で国を宣言なさるのですか?」
最大の功労者であるアドリアーノではあるが、貴族の血は流れていないせいか、この2人の貴族を相手をするのには若干の気後れが発生してしまう。
なのでほぼ聞き役に徹してしまうのだが、今回の意見は黙っている訳にはいかなかった。
「君主制にするか、ミョーワのように大統領制にするかによって変わって来ますが?」
アドリアーノとしては立国の宣言は賛成の考えではあるが、大統領制にすれば自分にもトップに立つ事が出来るが、君主制となるとどうしたって貴族でない自分は蚊帳の外に置かれ、この2人の対決になってしまう。
アドリアーノは、別に自分がトップに立ちたいと思っているわけではない。
ただトウダイの地を、ルディチ家以外の人間に支配されるのが嫌だからである。
他の人間に支配される位なら自分がトップに立ち、ルディチ家の偉大さを広めるつもりでいる。
「何を言っている? 君主制に決まっているだろう!」
「その通り!」
アドリアーノの意見は、愚問だと言わんばかりの反応で打ち消された。
ダニオもチリーノも、恐らく話が出たときから、貴族である自分が上に立つのが当然だと思っていたのだろう。
そして市民の下になる可能性のある大統領制には、賛成などするはずがなかった。
「そうなると……」
「……私か、ダニオ殿かと言うことになりますな?」
『くっ!!? こいつら打ち合わせでもしていたのか?』
君主制で当然という空気が支配し、貴族2人がにわかに火花を散らすような視線をぶつけ合っていた。
◆◆◆◆◆
「…………と言う事になり、君主をどうするかは先伸ばしにすることで一旦話がついた」
「そんな……」
その時の状況を、アドリアーノはクランメンバーの幹部達に説明した。
その説明によって、幹部達はうなだれて哀しい声を呟いた。
幹部達もアドリアーノ同様、ルディチ家以外の人間に支配されるのは好ましくない。
だからと言ってあの2家と敵対するのは、落ち着きつつある平和にヒビを入れるようなものである。
「…………なるほど」
「!!? ティノ!!? 相変わらず突然現れやがって!」
突如クラン幹部達の集まる場所に現れたティノを見て、アドリアーノは驚きの声をあげた。
「君主制? フッ! 結構じゃないか? 市民の大勢集まる前で誰が君主に相応しいか決めれば良いじゃないか?」
久しぶりにトウダイに帰ってきたティノは、最高のタイミングで来れたと分かり、笑いが抑えきれず顔に出てしまい、笑顔が止まらなかった。
「しかし……」
「以前言ったよな? ここにいるみんなに最高のプレゼントを与えると……」
ティノの提案に、アドリアーノが反論しようとしたのを抑え込むようにティノは話を続けた。
「…………大統領制に持っていってくれるのか? それとも貴族の2人を差し置いて俺を君主にでもしてくれるのか?」
ティノの言うプレゼントを、自分をトップに据えるということだと思ったアドリアーノが問いかけた。
「それは…………」
アドリアーノ達は問いの答えを黙って待った。
「秘密だ!!」
その視線を、イタズラを仕組んだ子供のような笑顔で躱し、この場から去っていった。