第122話 地獄行き
観客から王子に向けた怒号が飛び続ける中、いつも作っていた顔とは違い、怒りの表情でマルコに襲いかかろうとしているイラーリオに、マルコは木刀を構えて待ち受けた。
しかし表情に出しはしないが、マルコも内心では怒りに満ちていた。
マルコは、怒りながらも冷静に戦うことを自然と身に付けていた。
冷静にそして、
「地獄を見せてやる!」
徹底的にイラーリオを痛めつけるために……
襲いかかるイラーリオに向けて、マルコは以前ティノに使用を禁止された魔法を発動させた。
「!!? 何だ!!?」
マルコが魔法を発動させた事により、イラーリオは周囲の変化に戸惑いを持ち、キョロキョロと辺りを見渡した。
会場の観客達は、時が止まったように動かなくなり、動いているのはマルコとイラーリオだけであった。
「貴様!!! 何をした!!?」
見たことも聞いたこともない状況に陥ったイラーリオは、自分以外で唯一動いているマルコに向かって問いかけた。
「フー……、時を止めた」
マルコは汗を大量にかき、やや疲れた声でイラーリオに答えを返した。
「時を……、止めた…………???」
マルコの答えを聞いて、その言葉の意味が理解できないのか、イラーリオは更に混乱に陥った。
いや、意味は理解できるが、そんなことを可能にする人間が存在するなどという非常識さに頭がついてきていない状態である。
「現在この世界で動けるのは俺とお前だけだ。これで心置きなくお前を痛めつけられる」
マルコは顔にかいた汗を拭いつつこの状態をイラーリオに説明した後、いつもの優しい笑顔ではなく、殺意に満ちたやや歪んだ笑みをイラーリオに向けた。
「………貴様が、……俺を? 馬鹿を言うな!! 大体人質がどうなってもいいのか!!?」
自分の優位を疑わないイラーリオは、観客が止まっているのをいいことに、再度大きな声でマルコを脅迫した。
「……馬鹿はお前だ!!」
「何!?」
「ティノ様が人質になるわけがないだろ!? もし本当に捕まっているとしたら考えがあっての事だ!! 俺が心配する必要なんて全く無いわ!!」
そう、最初からマルコはティノの心配は全くしていない。
一見薄情に思えるが、物心ついてすぐにティノの戦闘技術に持った憧れや尊敬は、年月を重ねても全く薄れる事はない。
マルコからしたら神、とまでは言わずとも、それに近い崇拝に似た存在である。
一国の王子風情が相手に出来る存在ではない、とマルコはティノの事を思っている。
「ぐっ!!? ……例えそうでも貴様のような餓鬼に負ける俺ではないわ!!!」
ようやく状況に理解し、慣れたのか、イラーリオはマルコに攻撃を再開した。
「こんなイカれた魔法が魔力を喰わない訳はない!! 魔力が少ない貴様に何が出来る!!?」
こんな状況でも辛うじて分析は出来ているようで、イラーリオはマルコに木剣で攻撃をしつつ言葉を吐き出した。
「…………右手」
「……!? 何か言ったか!?」
魔力を使いすぎたのか、イラーリオの攻撃を少し危うく躱すマルコは、聞き取りにくいほどの小声で呟いた。
それに対して、マルコが予想通り自分の攻撃を寸でのところで躱している事に余裕が出てきたイラーリオは、やや上機嫌になりながら問いかけた。
だが、その機嫌もすぐに消え失せる。
マルコが今日始めて攻撃をしたからである。
「ぐあっ!!?」
バキッと音を立て、イラーリオの右手の手首がへし折れる。
マルコは、咄嗟に距離を取って痛がるイラーリオを黙って眺めた。
「次は右腕だ……」
マルコは痛がるイラーリオに、今度はちゃんと聞こえるように呟き、ゆっくりと近付いていった。
その顔は、確実に痛め付けて行くことを計算するかのように、冷静な感じに戻っていた。
「ぐぅ……」
イラーリオは痛みに耐えつつ左手で剣を構え、近付くマルコから後退りした。
「……おのれ、おのれーーー!!!」
自分が年下の平民に気圧されていると恥じたイラーリオは、破れかぶれといった感じで剣をマルコに向かって振り回した。
「ぎゃあ!!?」
そんな攻撃どこ吹く風と言わんばかりに、マルコはイラーリオの攻撃を躱して、宣言通り右腕をへし折った。
「フー……、フー……」
イラーリオは折れた右腕を押さえ、脂汗をかきつつ荒い呼吸を繰り返し、どうにかマルコから距離を取ろうと蠢いた。
その姿は恥も外聞もなく、王子と呼ぶには値しない程みっともない姿だった。
「動かれると面倒だ……、次は左足にしよう……」
蠢くイラーリオを害虫を見るような目で見ながら、マルコは冷静に近付いていった。
「……や、やめろ!」
宣言通り今度は左足を折られると思ったイラーリオは、辛うじて放さずにいた左手の木剣で左足を庇うように動かした。
「うぎゃー!!」
しかし、そんな事は関係ないと言わんばかりに、マルコはまた骨をへし折った。
「……な、……何で??」
左手首を折られたイラーリオは、木剣を落として疑問を口にした。
「…………はっ? まさか宣言通りに攻撃すると思ったのか?」
何を言っているのだと言わんばかりの口調で、マルコはイラーリオに問いかけ返した。
「……そんな、うぅ……」
イラーリオは痛みで涙を流しながら、なおも木刀を振りかぶるマルコから逃げようと必死になって立ち上がり、背中を向けて走り出した。
「まだ少し時間がある。それまでお前の手足の骨を徹底的にへし折ってやるよ!」
そう言ってマルコは、逃げるイラーリオを追いかけていった。