第121話 醜態
決勝戦の開始の合図を期に、イラーリオは一気にマルコに向かって行った。
そして得物の木剣を、マルコの脳天目掛けて思いっきり降り下ろした。
「……………」
開始線から一歩も動かないでいたマルコは、ただ黙って得物の木刀で受け止めた。
「くっ!?」
そのまま鍔迫り合いのようになったが、身長差を活かして上からのし掛かるようにするイラーリオに対して、マルコはビクともしなかった。
マルコとイラーリオでは身長差が頭1つ分以上あるのにも関わらず、マルコを押しつぶせないイラーリオは苛立ちの声をあげた。
そして鍔迫り合いを止め、イラーリオはバックステップして距離を取った。
「…………どうした? そんな攻撃じゃ負けてやる訳には行かないぞ?」
「!!? この餓鬼が……」
マルコの挑発のような呟きに、イラーリオは腹を立て怒りの表情に変わった。
一方マルコの、開始のうつ向いた状態から上げた顔は、いつものように冷静のように見えた。
「俺はお前のような奴が大嫌いだ。王や貴族は市民の上に立つ存在……、その力は民を導くために与えられた物であり、決して自分の満足の為に使うものではない!」
確かに表情自体はいつも通りのマルコではあるが、内心は腸が煮えくり返るような気分だった。
小さい頃から他国とは言え、自分は貴族の血を受け継いでいると言われ、その為の心の持ちようをティノからしっかり学んで来たマルコは、目の前の男のこれまでの言動と行動に完全にキレて、言葉使いが変わっている状態だった。
「……くっ!? 平民風情のゴミ虫が!! 次期王たる俺様になめた口をきくんじゃねえ!!」
マルコの発言にやや気押されたイラーリオは、焦ったように水魔法による掌大の水弾を連射してマルコに放った。
「…………」
次から次に迫り来る水弾の攻撃を、マルコは表情を変えずただ無言で、持っている木刀で弾き飛ばしていた。
「……何だと!?」
自分の中では自信があるこの連射攻撃を、全く苦にせずにいるマルコに対して、イラーリオは更に焦っていた。
「……この程度で俺は倒せないぞ! もっと真面目にかかってこいよ!」
「…………おのれ、くそ餓鬼が!!!」
余裕で水弾を弾きながら嘲笑の笑みを向けるマルコに、イラーリオは魔法を止め、目を血走らせた憤怒の表情で向かって行った。
「死ねーーー!!!」
今までの爽やか王子の仮面を脱ぎ捨てたように、イラーリオは強力な殺意を持ってマルコに木剣を振り回してきた。
「…………フッ!」
「!!? 貴様ーーー!!!」
ありとあらゆる方角からマルコに向かって懸命に木剣を振るイラーリオに対して、マルコは攻撃を防ぎつつ馬鹿にしたよな笑みを浮かべた。
それを見たイラーリオの攻撃は、剣撃の型を忘れたようにどんどんメチャクチャになっていった。
そして全ての攻撃を防がれ、息切れから距離を取り、
「貴様ーー!! 人質がどうなってもいいのか!!?」
イラーリオは、完全に我を忘れて大きな声で叫んでいた。
その為、気付いていなかった。
「……人質?」
「……何だよ人質って?」
「……王子は何を言っているんだ?」
イラーリオの発言に、会場はざわつきが起きていた。
開始線から動かずにイラーリオの攻撃を防ぎ続けるマルコに、会場が驚きと称賛の表情で静まっていた所に、王子のイラーリオが人質発言をしたからである。
「………………」
イラーリオはようやく自分の犯した愚の骨頂に気付いて、ざわめく会場を滝のような冷汗を流しつつ見渡した。
「どういう事だ!?」
「対戦相手の人質を取っているのか!?」
「だから少年は反撃出来ないのか!?」
イラーリオの発言から、会場は次第に怒りの熱が広がりつつあった。
そして歴史ある大会に泥を塗るイラーリオに、いくら王子とは言え、怒り混じった問いが会場全体から降り注いだ。
「…………………………まれ!」
自分に向けられた怒りに、イラーリオは言葉を呟くが会場の声にかき消される。
「だまれーーーーー!!!!!」
イラーリオは会場全体に向かって、腹のそこから出したような言葉を吐き出した。
その声に会場の観客は静まり、イラーリオに視線が集中した。
「平民風情が王族のした事に文句をつけるな!!!」
「俺は王子だ!!!」
「俺は常に頂点でなければならない!!!」
「勝つために何をしようがどうでもいいだろうがーーー!!!」
一言一言会場の方角を変えながら、汚ない言葉を吐き出したイラーリオに、会場は水を打ったような静けさが広がった。
そして……、
「ふざけるな!!!」
「何が王子だ!!!」
「テメエなんか王子じゃねえ!!!」
静けさから一気に爆発したかのように、会場からイラーリオに向けて怒号が放たれた。
「愚民共が!!! 貴様ら全員斬首の刑だ!!!」
向けられる怒号に対して、イラーリオは見苦しくわめき散らしていた。
「…………おいっ!」
「!!? 何だ餓鬼!!?」
いつの間にか忘れられたマルコが、イラーリオに対して声をかけた。
マルコの相手などしている状態ではなくなったイラーリオは、ぞんざいに返事を返した。
「お前はこれで終わりだ! ざまあないな!」
「!!? ……そうだった。貴様のせいだったな。貴様ーーーーー!!!!!」
イラーリオは、この状況に陥れた張本人はマルコだと思い、マルコに向かって突っ込んで行った。