第119話 前夜
「昨日拐ったおっさんは生きてんのかい?」
ティノは、自分の周りを囲んでいるローブを被った男達に話しかけた。
その態度はそれほど緊迫した感じはなく、平常運転といった感じである。
「……大人しく付いてこい!」
「はい、はい……、何ならおっさんと同じ場所に連れてってくれるとありがたいんだけどなぁ~」
ティノは男に言われた通り、大人しく魔力封じの手錠を付けられた。
しかし、探す手間が省けるので、ブルーノの所に連れていくように話しかけた。
「……いいから付いてこい!」
まるで焦った様子の無いティノに、若干違和感を覚えつつ男達は歩いていった。
◆◆◆◆◆
「!? あんた、何で!?」
ある建物の一室にある牢屋のなかで、ブルーノは1日座り込んでいた。
護衛役の自分がまんまと捕まっている状況に、いつもはだらけているブルーノも流石に反省していた。
そんなブルーノの目の前に、昨日自分が手も足も出なかったティノが、自分と同じ様に連れて来られてきた。
「おっ!? 良かった生きてたか……」
流石に王子の勝利の為とはいえ、命までは取らないとは思っていたが、ティノも実物を見るまでは確信出来ないでいた。
「大丈夫ですか? 何かボロボロですよ?」
「こりゃ、あんたにやられたんだ!」
「そうでしたっけ?」
ボサボサな髪と埃まみれの服装に、抵抗でもしたのかと思ったティノだったが、言われてみたらそうだったと思い出した。
ブルーノと話をするなか、ティノもブルーノの隣の牢屋に入れられた。
「悪かったですね。あの状態で放置したせいで捕まってしまって……」
見張りを2人程置いて、他のローブの男達が出ていった後、ティノはブルーノに見張りに聞こえないような大きさの声で謝罪の言葉を投げかけた。
「いや、あんたが謝る事じゃねぇよ。気付かなかった俺が甘かったんだ……」
ブルーノは自分の未熟さが招いた結果だと、今日1日反省していた。
その為、ティノが謝罪することを拒んだ。
「…………それより、お嬢はどうなった?」
今日は、その事も頭から離れないでいた。
自分が捕まった事で、パメラはきっと勝利をすることは出来なかったであろうと分かりつつ、ティノに試合の事を聞いてきた。
「……負けたよ。かなり痛め付けられて……」
「…………そうか」
パメラの予想通りの結果を聞いて、ブルーノは音がするぐらい歯を噛み締めて呟いた。
人質である自分のせいで、町の為にと頑張っていたパメラに申し訳ない気持ちで一杯だった。
「……それより、あんたまで何で捕まったんだ? そんなタマでは無いだろ?」
パメラの事ばかり考えていたブルーノだったが、ようやくティノが捕まった事の違和感を口にした。
「いや~、町中探し回ろうとしたんだけど俺をつけてる奴等がいたんで、昨日ブルーノさんと別れた空き地で捕まれば同じ場所に連れてってもらえると思って……」
「俺を探す為に捕まるって……、どうすんだよこの状況!?」
ティノの手にも魔力封じの手錠が付けられていて、わざと自分と同じ様に捕まってきたティノに、ブルーノは若干イラッと来ていた。
自分のせいで、マルコまでパメラのように負けてしまうのではないかと思った為である。
「あんたの所の坊主まで負けちまうぞ!?」
「あぁ、大丈夫! マルコは俺の事なんて心配しないから……」
「そんな訳……」
自分とパメラとは違い、ティノとマルコが教師と生徒の関係だけだと思っている為、それもあり得るのかと頭をよぎり、ブルーノは反論を中止した。
ティノは、本心でマルコが負けるとは思っていない。
赤ん坊の頃から自分の実力を側で見てきたマルコが、自分を人質にしたと聞いても、嘘だと信じないと思っているからである。
「それと……」
「?」
「見てみたいんだ。マルコがキレたとこ」
ティノはいつも優しいマルコが怒った所をあまり見たことが無かった。
赤ん坊の頃から知っているのにも関わらずである。
しかし王子のイラーリオの行いを知ったマルコは、久々に腹を立てている感じだった。
ルディチ家の血なのか、権力者の横暴がスイッチのように思える。
怒りが頂点に達したときのマルコの事も知っておこうという考えも少しあって、今は大人しくしている。
「見るって、どうやって?」
「あぁ、試合が始まってから会場に入ればいいでしょ?」
「だからどうやって?」
「よっ! こうやってです」
そう言ってティノは、手首に付けられている手錠を外して見せて、また自分で付け直した。
「…………え!? 何で魔力が封じられているのに……」
その現象をブルーノは驚きで理解できずにいた。
自分も力一杯外そうと試みたが、全く壊れる様子も無かった手錠を、目の前であっさり外して見せられたからである。
「まぁまぁ、明日の朝にでもここからのんびり出ていきましょう」
「…………そ、そうか?」
まだ混乱から回復しないブルーノは、黙ってティノの指示に従うことにしたのだった。
そんな事が起こっているとは知らず、マルコは大会の決勝戦を迎えたのだった。