第117話 怒り
大会も準決勝を迎え会場が盛り上がるなか、パメラは会場の周りを走り回っていた。
引率役のブルーノが宿屋の部屋にいなかったので、先に会場に行っているのかと思っていたのだけれど、どこにも見あたらないので探し始めたのである。
「ん? あっ!? パメラさん!」
ブルーノを探して辺りを見渡しているパメラの前に、ティノとロメオを連れたマルコが現れた。
「あっ!?」
それを確認すると、パメラは勢いよくマルコ達に近付いていった。
「あの! 昨日ブルーノは飲みに行ってからどうしましたか?」
ブルーノと飲みに行ったティノに対して、ブルーノの行き先を知っているか聞いてきた。
「……いや、俺は先に帰ったから分からないけど? 帰ってないのかい?」
飲みに行くとは言っていたが結局は腕試しのような事になって、疲労で倒れたブルーノを置き去りにして帰った為、その後の事をティノは全然知らない。
それを上手く隠してパメラに告げると、パメラは小さく頷いた。
『あれ? あの後何かあったのか?』
ティノは一応チリアーコに狙われている存在なので、警戒は怠っていない。
しかし、それも自分に対する悪意への警戒であって、マルコ以外の他人への悪意に対しての警戒は全くしてない。
なので、昨日ブルーノを放置した後に、何かが起きたのではないかということに思い至った。
「……そろそろ試合の時間が近い。俺が探してみるから君は先に控え室に向かいな」
「…………はい」
ティノに促されたパメラは弱い返事を返した後、控え室に向かって歩いて行った。
「ティノ様……」「先生……」
「大丈夫だ。会場周辺を探してくるからお前らは席に着いてろ」
パメラにつられたのか、不安そうな顔のマルコとロメオに指示をしてティノは会場の周りを探して回った。
「ん~……、いないか?」
会場のなかを探してみたティノだったが、ブルーノらしき人物はどこにも見あたらなかった。
『もしかして……、拐われた?』
あんなおっさんを拐う人間なんているはずがないと内心思っていたのでこの事が思い付かなかった。
王子のイラーリオに勝たせる為に動いている奴等が、ティノと別れた後の状態のブルーノを見付けたら、手っ取り早く捕まえる事はあり得るという事に……。
『……まぁ、幾ら何でも殺しはしないだろ?』
パメラとイラーリオの試合が始まる時間になったので、ティノはブルーノ探しを中断して客席のマルコ達のもとに向かって行った。
◆◆◆◆◆
【準決勝第1試合……始め!】
「!? ティノ様! どうでしたか?」
「いや、見付からなかった」
「そうですか……」
ティノが席に着いたのは、丁度試合が始まった所だった。
ブルーノを探しに行っていたティノが現れたので、マルコは当然の質問をしてきた。
しかし、見付からなかった事を聞かされると、若干不安な顔をしながら試合を観戦し出した。
◆◆◆◆◆
試合開始と同時にパメラとイラーリオはお互い距離を詰め、鍔迫り合いの形になった。
すると、イラーリオが小声でパメラに話しかけてきた。
「くっ!? ……良いのか? 引率の教師が死んでも……」
「……!!? あんた……!!?」
イラーリオの言葉を聞いたパメラは、ブルーノがいなくなった原因がイラーリオの指示によるものだとすぐに理解し、驚きと共に怒りが込み上げてきた。
「おいおい、大きな声を出すな……、バレたら始末しなくてはならなくなるだろ?」
怒りの表情のパメラと違い、にやけた表情でイラーリオは呟いた。
「くっ!? 何でこんなことを……?」
「当然、勝つためだ! 俺は今年も優勝して華々しく次のステップに進みたいんだよ」
「だったら……」
「しかし、俺は訓練が嫌いでね。だからもっと手軽に勝利しようと考えたのさ!」
最後の台詞を合図にしたように、パメラとイラーリオは鍔迫り合いの状態から距離を取った。
「……ふざけるな。…………ふざけるな!!!」
イラーリオが話した内容に怒りが頂点の達したパメラは、殺意も込めて一直線にイラーリオとの距離を詰めた。
「……それで良いのか?」
「!!!?」
殺さんとばかりに迫り来るパメラに対して、未だににやけた表情のイラーリオが一言呟いた。
その言葉に人質のブルーノの事を思い出し、パメラの勢いが急激に失速した。
「隙あり!」
「ふぐっ!?」
雑念で勢いが失速したパメラの空いていた左胴を目掛けて、イラーリオは木剣による渾身の攻撃を放ってきた。
辛うじて胴への直撃を免れたパメラだったが、咄嗟に出した右腕は骨が折れたのか、ぶらついていた。
「へへッ……」
片腕を使用不能にすることに成功したイラーリオは、嬉しそうに笑っていた。
「ハッ!」
「ぐっ!?」
それからは、イラーリオによるパメラのなぶりが始まった。
片腕ではさすがにイラーリオの攻撃を防ぎ切れず、細かい攻撃がパメラの手足に打ち込まれて行った。
「ハッ!」
そうしている内に次第に動きが鈍っていったパメラを見て、イラーリオは距離を取り、今度は水魔法による水弾連射攻撃を繰り出し始めた。
「ッ!?」
最初のうちは水弾を躱し、防いでいたパメラだったが、痛め付けられた手足の動きがついて行かなくなっていった。
「ガッ!?」
そしてとうとう水弾の連射を至るところに喰らって吹き飛んだパメラは、そのまま倒れて気を失った。
【勝者イラーリオ!】
そして勝利したイラーリオは、いつもと同じように爽やかな笑顔を作って、王子の勝利に喜ぶ観客に手を振りながら闘技場を後にした。
「…………おかしいです。何故パメラさんが負けたのですか!?」
マルコは実力的にパメラの勝利を疑っていなかったのだが、蓋をあけたらこの結果に納得がいかないような怒りの表情でティノに尋ねてきた。
「…………お前の試合が終わってから話す」
ティノはそう言ってマルコの頭を撫でて、怒りを収めたのだった。