第116話 お試し
「さてと、行きますか?」
「おうっ!」
マルコの2回戦が終わり、その後開始された本日の最終戦を観戦した後、ブルーノと待ち合わせの会場入り口で会い、子供達をそれぞれ宿屋に送り届けてから飲みに出かけた。
「……ところでお店へはまだ着かないのですか?」
ブルーノのおすすめの店に行くとの事だったので、唯ブルーノの後に付いていっていたティノだったが、一向に着かない様子に疑問の声をかけた。
「……あぁ、もうすぐ着くよ」
ブルーノはそう言って、町のはずれに向かって歩いて行っていた。
「…………ここで良いかな?」
漸くたどり着いた言葉を出したブルーノだったが、そこはかなりの広さの空き地だった。
「……飲みに行くのでは無かったのですか?」
予想は出来ていたティノは、当たり障りのない質問をした。
「悪いな……、あんたの事をちょっと試したくてな……」
ブルーノはここに着いてから、手首や足首を回したりして準備運動をしつつ、ティノと話しをしていた。
そして魔法の指輪から大剣を取り出し、ティノに対して剣を構えた。
「……良いですよ。元リンカン王国宮廷護衛団団長殿……」
「!!? 俺の事を知ってるのか?」
「勿論! パメラ王女の事も知っていますよ」
「!!? …………リンカンの王家と、2公爵家当主しか知らない事をなぜ知っている!?」
剣を構えてから真剣な顔をしていたブルーノだったが、ティノの発言によって怒りの表情に切り替わった。
「情報収集にはかなりの自信があるので……」
ティノは、これまで同様にこやかな顔で淡々と答えた。
「……知っているなら、悪いが消えてもらう!」
この言葉と共に、一気に殺気が膨れ上がったブルーノは、身体強化してティノに襲いかかった。
「!!?」
「……大丈夫ですよ」
高速で横に薙いだブルーノの大剣を躱しながら、ティノは呟いた。
「くっ!?」
「別に他の人間に話すつもりはありませんよ……」
袈裟斬り、左切り上げ、左薙ぎと連続で攻撃を繰り出すブルーノに対し、ティノは攻撃を危なげなく躱しつつ呟いた。
「それに俺は気に入りましたよ、あの娘も貴方も……」
「…………俺は逆に気に入らんわ! 本気の攻撃を余裕で躱しやがって!」
開始時と変わらずにこやかな表情のティノとは違い、額に汗をかきつつブルーノは愚痴った。
「………こうなったら、ヌンッ!!」
ブルーノは一言呟くと、身体強化の魔力を今までの倍まで放出して更に肉体を強化した。
「……そんな事したらあっという間に魔力切れ起こしますよ?」
「忠告どう、も!」
最後の言葉と共に、ブルーノは今までの数倍の速度でティノとの距離を詰めた。
「!!?」
「こっちですよ!」
ブルーノが大剣による唐竹を放ったが、ティノは消えたようにブルーノの背後に現れた。
「クソッ!」
それから少しの間、ブルーノが大剣で攻撃を繰り出し、それをティノが平然と躱し続ける事を繰り返した。
そして、
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ブルーノは大剣を手放し、大の字になって息を切らしていた。
結局ブルーノの攻撃がティノに当たる事はなく、魔力が少なくなって来た所を投げ飛ばされて倒されていた。
「危うく魔力切れを起こすところでしたね?」
倒れているブルーノを見下ろしつつ、ティノは話しかけた。
「はぁ、はぁ、汗もかかねえなんて……」
「これでも鍛えているので……、貴方も十分強いですから気落ちしないで下さい」
「はぁ、はぁ、励ましにもならねえよ!」
言葉とは裏腹に、ティノに全く歯が立たない事にブルーノは落ち込んだ様子はなかった。
「今日はもう帰りますね。大会が終わったら今度こそ飲みに行きましょう」
そう言ってティノは、倒れているブルーノを置いて宿屋に向かって歩いて行った。
「……ハ、ハハ、奢りで頼むぜ!」
ブルーノは横になったまま、去っていくティノに片手を上げて返事を返していた。
◆◆◆◆◆
「ハア~……、何だよあの強さは……」
ティノが去ってからだいぶ時間が経ち、漸く起き上がれるまで回復したブルーノは、得物の大剣を拾いに立ち上がって歩き出した。
「!!?」
「…………動くな!」
気が付くと、ブルーノと大剣の間にローブを被った男達が音もなく現れた。
昨日パメラが揉めた男達もいて、全部で10人の男達が短刀を構えブルーノを取り囲んでいた。
「ハハ……、あいつに気を取られて気が付かなかったぜ……」
ブルーノは、この瞬間までこの男達の存在に気付かなかった事に自嘲の笑みを浮かべた。
「………大人しく従えば手出しはしない」
威圧的な気を飛ばしながら、ローブの男は命の保証をした。
その態度から信用することは出来ないが、魔力の残り少ないブルーノがこの人数を相手にするのは勝ち目がない。
「仕方ねえな……、大会後に飲みの予定があるんだからそれまでに帰してくれよ?」
「……賢い選択だ」
そう言ってローブの男の1人が、魔力封じの手錠を取り出し、ブルーノの両手にかけて連行していった。
『悪いな、お嬢……、下手打っちまった……』
ブルーノは内心パメラに謝罪をしながら、大人しく男達に付いていったのだった。